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整形灰かぶり王子の二度目の遺言 〜義実家に殺されたので、10年前に戻って顔を変え、別人として御社を買収することにしました〜  作者: U3
第4章:二度目の遺言

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第43話 赤絨毯の乱闘

 帝都ホテルでの「断罪ショー」が進行する中、一足先に地下のセキュリティ制御室を撤収した木村心は、アマン東京のスイートルームへと帰還していた。

 すでに彼女の「情報拡散」という任務は完璧に果たされ、ネット上は西園寺家のスキャンダルで炎上状態となっている。残るは、現場の井上たちによる直接的な制圧だけだ。


「……ふぅ、疲れたー」


 心はリュックサックをソファに放り投げ、大きく伸びをした。

 すると、寝室の方からトテトテという軽い足音が聞こえてきた。


「ミャウ!」


 お留守番をしていた仔猫のハイだ。

 美しいシルバータビーの毛並みを揺らし、尻尾をピンと立てて心を出迎える。

 だが、ハイは心の足元まで来ると、ピタリと動きを止め、鼻をクンクンとひくつかせた。

 見知らぬ匂いがする。それも、自分と同じ「猫」の匂いだ。


「あ、そうだ。ハイちゃん、紹介するね。今日からアンタの弟分だよ」


 心は着ていたパーカーの大きめのポケットから、黒い小さな毛玉を取り出した。

 地下制御室で拾った、漆黒の野良猫。

 先ほど心が直感で「ロー」と名付けた仔猫だ。


 心を介して、ハイとローは床の上で向かい合った。

 生後数ヶ月のハイに比べ、ローはさらに一回り小さい。

 だが、路地裏で生き抜いてきたローは、警戒心剥き出しだった。全身の黒い毛をタワシのように逆立て、背中を弓なりに反らせる。


「シャーッ!」


 威嚇の鳴き声。

 ハイはビクッとして耳を伏せ、後ろに数歩飛び退いた。

 温室育ちのハイにとって、こんなに攻撃的な同族を見るのは初めてだ。オロオロと困ったように心を見上げる。

 心は笑いを堪えながら、床に座り込んだ。


「大丈夫だよ、ハイちゃん。ローはちょっと人見知りなだけだから。……ほら、ローも威嚇しないの」


 心がローの背中を優しく撫でると、ローは少しだけ毛の逆立ちを収めたが、まだ金色の瞳でハイを睨みつけている。

 すると、ハイが勇気を振り絞ったように、再びゆっくりとローに近づいていった。

 へっぴり腰で、いつでも逃げられる体勢だ。

 ローが小さく「フゥーッ」と唸るが、ハイは立ち止まらず、ギリギリまで顔を近づけた。


「……ニャッ」


 ハイが小さく、友好的な声を出した。

 そして、自分の湿ったピンク色の鼻先を、ローの黒い鼻先にチョンとくっつけた。

 猫の挨拶、ノーズキスだ。


 ローは目を丸くして固まっていたが、ハイから敵意がないことを悟ったのか、徐々に体の力を抜いていった。

 そして、今度はローの方から、ハイの首筋の匂いを嗅ぎ始めた。

 ハイはされるがままに立ち尽くし、やがて安心したように喉をゴロゴロと鳴らし始めた。

 数分後には、ハイのふわふわの尻尾にローがじゃれつき、二匹でラグマットの上を転げ回るという、平和で尊い光景が繰り広げられていた。


「……うん、仲良くなれそうでよかった」


 心は冷蔵庫からコーラを取り出し、ソファに座って二匹の戯れを眺めた。

 路地裏で死にかけていたハイと、地下室で震えていたロー。

 自分たちと同じ、捨てられた者同士の小さな家族。

 

「おっさんが帰ってきたら、またデレデレに甘やかすんだろうなぁ」


 心はクスリと笑い、手元のタブレットを開いた。

 画面には、帝都ホテル『孔雀の間』の監視カメラ映像が映し出されている。

 こちらの平和なリビングとは対極の、血と絶望に塗れた修羅場の映像が。


 帝都ホテル、メインバンケット『孔雀の間』。

 井上健太郎から冷酷に『チェックメイト』を宣告された西園寺貴子は、床に這いつくばったまま、ピクリとも動かなくなった。

 招待客は逃げ去り、忠実だったはずのメイドは裏切り、ホテルの正規警備員はすでに制圧されている。

 全てを失い、完全に詰んだ状態。

 誰もが、女帝の心が折れたのだと思った。


 だが。


「……く、くくっ……あはははは!」


 貴子の口から、乾いた笑い声が漏れた。

 それは徐々に大きくなり、やがて狂気を帯びた哄笑となって、高い天井に響き渡った。


「チェックメイトですって? 思い上がるな、小僧……!」


 貴子は血走った目で井上を睨み上げ、ゆっくりと上体を起こした。

 その顔は、薬の副作用と極度のストレスで異様に歪んでいる。


「私が、この程度のことで終わるはずがないでしょう! 私は常に『最悪の事態』を想定しているのよ!」


 貴子は、ドレスの胸元――その裏地に縫い付けられていた、極小のスイッチを強く押し込んだ。

 それは、茉莉の身体検査や監視の目すらも潜り抜けていた、貴子自身しか存在を知らない「最後の保険」だった。


「お前たちが警備を排除したことくらい、計算済みよ! ……来なさい! 帝都の掃除屋たち!」


 その絶叫が響いた、直後だった。


 ドォォォン!!


 施錠されていたはずの『孔雀の間』の重厚な両開きの扉が、外側から爆発したように蹴破られた。

 土足で踏み込んできたのは、黒いタクティカルスーツに身を包んだ10名以上の男たちだった。

 彼らはホテルの正規の警備員ではない。

 顔には目出し帽を被り、手には特殊警棒やスタンガン、さらには殺傷能力のあるボウガンまで構えている。

 

 西園寺貴子が、多額の裏金を使って飼い殺しにしている、裏社会の私兵部隊。

 企業の暗部を物理的に消し去るための、真の暴力装置だ。


「なっ……!?」

「奥様、いけません!」


 想定外の伏兵の登場に、茉莉が驚愕の声を上げ、南が反射的にアタッシュケースを盾にして優香を庇う。

 麗華は悲鳴を上げて頭を抱えた。


「やれ! こいつらを全員殺せ! 証拠も何もかも、跡形もなく消し去りなさい!」


 貴子の命令を合図に、私兵たちが一斉に井上たちに向かって殺到してきた。

 殺意の塊。ただのチンピラとは違う、実戦に慣れたプロの動きだ。

 井上は一歩も引かず、冷ややかに迫り来る男たちを見据えていた。

 

 彼が動くより早く、黒い影が前に出た。

 森舞永だ。


「……退屈してたところよ。ちょうどいいわ」


 舞永はブラック・ベルベットのイブニングドレス姿のまま、優雅な足取りで男たちの前に立ち塞がった。


「女ァ! 邪魔だ、引っ込んでろ!」


 先頭の男が、容赦なく特殊警棒を舞永の頭部へ振り下ろした。

 だが、舞永はそれを片手で軽く受け流すと、ニヤリと笑った。


「いい運動になりそうね」


 次の瞬間。

 ビリィッ!

 舞永はドレスの長いスリットを両手で力任せに掴み、太ももの付け根まで一気に破り捨てた。

 可憐なドレス姿が、一瞬にして戦闘用の装いへと変貌する。

 露わになった美しくも引き締まった脚には、タクティカルホルスターが装着されており、そこには黒光りするカランビットナイフが収まっていた。


 シャキンッ。

 舞永は流れるような動作でナイフを引き抜き、逆手に構えた。


「さあ、踊りましょうか」


 そこからは、文字通りの蹂躙だった。

 男が突き出してきたスタンガンを紙一重でかわし、舞永は懐に潜り込む。

 刃の付いていないナイフの柄で、男の肘の関節を正確に打ち抜く。

 ゴキッ! という鈍い音と共に、男の腕があり得ない方向に曲がる。


「ぎゃあぁぁぁっ!」

「はい、一人」


 悲鳴を上げる男を蹴り飛ばし、舞永は次の標的へ向かう。

 ボウガンを構えた男に対しては、壁を蹴って三角跳びの要領で宙を舞い、ハイヒールの踵を男の側頭部にクリーンヒットさせた。

 男は白目を剥いて吹き飛び、高級なビュッフェテーブルを粉砕して沈黙する。


「な、なんだこの女! 強すぎ――」

「バカ野郎、囲め! 囲んで叩き潰せ!」


 残りの男たちが連携し、前後左右から一斉に襲いかかる。

 だが、元傭兵として中東の最前線を渡り歩いてきた舞永にとって、この程度の包囲網は児戯に等しかった。

 彼女は蝶のように舞い、蜂のように刺す。

 美しいブロンドの髪を振り乱し、狂気に満ちた笑い声を上げながら、男たちの急所――膝、顎、肩関節――を次々と破壊していく。


 刃で殺すことはしない。

 だが、再起不能の絶痛を与える。

 舞永の蹴りが男の顎を砕き、肘打ちが肋骨を陥没させる。

 血飛沫が舞い、元々赤かった絨毯を、さらに濃い真紅へと染め上げていく。


「アハハハハ! もっと! もっと本気でかかってきなさいよ!」


 アドレナリンが沸騰し、狂犬の本性を完全に剥き出しにした舞永は、歓喜の声を上げながら男たちを蹴散らしていく。

 その光景は、恐ろしくも美しく、圧倒的な暴力の芸術だった。


 わずか3分。

 ホテルの広大なバンケットには、10人以上の重武装した私兵たちが、一人残らず床に転がり、苦痛に呻く肉の塊と化していた。

 立っているのは、ドレスの裾を血で汚した舞永だけだ。


「……ふぅ。少しは汗かいたかな」


 舞永はナイフについた汚れを倒れている男の服で無造作に拭い、ホルスターにカチャリと戻した。

 そして、乱れた髪をかき上げながら、井上に向かって艶然とウインクをした。


「お待たせ、ボス。……お掃除、完了よ」

「お疲れ様、舞永。……完璧な仕事だ」


 井上は静かに称賛し、再び貴子を見下ろした。

 

 貴子は、膝をついたまま、信じられないものを見るような目で、倒れ伏す自慢の私兵たちを見つめていた。

 彼女の最後の切り札。

 絶対に負けるはずのない裏の軍隊が、たった一人の女によって、赤子の手をひねるように全滅させられたのだ。


「……あ、あ、ああ……」


 貴子の口から、乾いた空気が漏れる。

 現実を処理しきれず、脳が完全にフリーズしている。

 金も、権力も、暴力も、全てが通じない。

 目の前にいる井上健太郎という存在は、彼女の理解が及ばない、絶対的な「絶望」そのものだった。


 力が抜け、床に這いつくばる女帝。

 その耳元へ、メイドの茉莉が音もなく近づき、しゃがみ込んだ。


「……お分かりいただけましたか、奥様」


 茉莉の鈴を転がすような美しい声が、冷たく、そして残酷に響く。

 彼女は、かつて仕えていた女主人の耳元に唇を寄せた。


「貴女様が隠し持っていた最後の駒も、今、盤上から取り除かれました」


 茉莉は能面のような顔のまま、しかし確かな愉悦を込めて、最後の宣告をした。


「今度こそ、本当のチェックメイトです、奥様」


 その言葉が、女帝の精神に最後のトドメを刺した。

 貴子の口から、獣のような、あるいは壊れた楽器のような悲鳴が上がり、煌びやかなシャンデリアの光の下へと空しく溶けていった。

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