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整形灰かぶり王子の二度目の遺言 〜義実家に殺されたので、10年前に戻って顔を変え、別人として御社を買収することにしました〜  作者: U3
第3章:侵食と誘惑

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第34話 高速道路の死闘

 アマン東京のスイートルームに、パチン、パチンという小さな音が響いていた。

 井上健太郎は、リビングのソファに座り、膝の上に仔猫のハイを仰向けに乗せていた。

 猫用爪切りでの、メンテナンスの時間だ。


「……ミャウ! ミャー!」


 ハイは必死に抵抗していた。

 前足を引っ込めようとし、体をくねらせ、井上の手から逃れようともがく。

 だが、井上のホールドは完璧だった。

 傷つけないように、しかし絶対逃がさない絶妙な力加減で、一本ずつ爪を露出させ、鋭い先端をカットしていく。


「暴れるな。……爪が伸びると、カーテンに引っかかって危ないぞ」


 井上は宥めながら、手際よく作業を進める。

 パチン。最後の小指の爪を切り終えた。


「よし、終わりだ」


 拘束を解くと、ハイは脱兎のごとく井上の膝から飛び降りた。

 そして、部屋の隅にあるキャットタワーの最上段へ駆け上がり、そこで丸くなった。

 背中を向け、尻尾をパタンパタンと不機嫌そうに叩いている。

 完全にふてくされていた。


「……嫌われたか?」


 井上が苦笑すると、ハイは耳だけをピクリと動かしたが、決して振り返ろうとはしなかった。

 そして数分後。

 井上が様子を見に行くと、ハイはそっぽを向いた体勢のまま、顔を前足に埋めて爆睡していた。


 「もう知らない!」という抗議の意思表示をしたまま、眠気に勝てずに落ちてしまったようだ。


 そのあどけない寝姿に、井上の胸に温かいものが広がる。


「……平和ボケしそうね、ボス」


 背後から、森舞永が声をかけてきた。

 今日の彼女は、動きやすい黒のライダースジャケットにデニムというスタイルだ。腰にはホルスターが見え隠れしている。


「時間よ。……『大株主』様との会食の時間」

「ああ、分かっている」


 井上は表情を引き締め、ジャケットを羽織った。

 今日は、帝都グループの株式を密かに買い集めている投資家との極秘会談がある。

 場所は横浜のホテル。

 この会談が成功すれば、井上陣営の持ち株比率は過半数に迫る。


「行ってくる。……ハイ、留守番頼むぞ」


 井上は眠るハイの背中に小さく声をかけ、部屋を出た。

 その背中には、冷徹な復讐者の空気が戻っていた。


 首都高速湾岸線。

 夕暮れの東京湾を左手に、銀色のマイバッハ S680が滑るように走っていた。

 運転席には舞永。後部座席には井上。

 車内は静寂に包まれている。


「……妙ね」


 舞永がルームミラー越しに後方を確認しながら呟いた。


「どうした?」

「後ろの黒いSUV。……さっきからずっと付いてきてる」


 井上が振り返ると、確かに距離を置いて追従するランドクルーザーが見えた。

 スモークガラスで中の様子は伺えない。


「……マスコミか?」

「いいえ。あの車間距離の取り方、プロよ。……それに、もう一台いる」


 舞永の視線がサイドミラーに向く。

 右車線後方から、別のSUVが接近してきていた。

 さらに前方にも、減速して道を塞ごうとするワンボックスカー。

 包囲されている。


「……来たか」


 井上は冷静に呟いた。

 西園寺貴子。

 薬で判断力が鈍っているとはいえ、腐っても女帝だ。

 井上の素性に疑念を抱き、探偵を使って身辺を探らせていたが、ここに来て実力行使に出たらしい。

 拉致して拷問にかけるか、あるいは事故に見せかけて消すか。


「ボス、シートベルトを締めて。……少し揺れるわよ」


 舞永が不敵に笑い、シフトレバーをスポーツモードに入れた。

 その瞳が、獲物を見つけた猛獣の色に変わる。


「かかってきなさい。……ダンスの時間よ」


 ドォン!!

 鈍い衝撃音と共に、右側のSUVが幅寄せをしてきた。

 マイバッハのボディに激突し、火花が散る。

 普通の高級車なら横転していただろう。だが、この車は違う。

 毒島の手配でフルカスタムされた防弾・防爆仕様の装甲車だ。


「硬ってぇ! 何だこの車!」


 ぶつかってきたSUVの方が大きく揺れ、体勢を崩しかけた。

 舞永はハンドルを巧みに操作し、衝撃をいなす。


「甘い! この車重3トン舐めないで!」


 舞永はアクセルを踏み込んだ。

 V12ツインターボが咆哮を上げる。

 マイバッハは巨体を感じさせない加速で、前方を塞ごうとしたワンボックスカーの隙間をすり抜けた。


「逃がすかぁ!」


 後方のSUVから、男が身を乗り出した。

 手にはサブマシンガンが握られている。

 ダダダダッ!

 乾いた発砲音。

 銃弾がマイバッハのリアガラスに突き刺さる。

 だが、ガラスはヒビが入るだけで砕け散ることはない。


「……チッ、本気で殺す気か」


 井上は身を低くしながら舌打ちした。

 日本で銃撃戦とは、貴子も焦っている証拠だ。

 あるいは、探偵が雇った「掃除屋」が暴走しているのか。


「ボス、頭下げてて! ……反撃する!」


 舞永はコンソールボックスを開け、スイッチを押した。

 リアバンパーの下部が開き、そこから何かがばら撒かれた。

 撒菱だ。

 タイヤをパンクさせるための、特殊金属製の棘。


 パンッ! パパンッ!

 後方のSUVのタイヤが破裂し、車体が大きくスピンした。

 制御を失った車はガードレールに激突し、白煙を上げて停止する。

 一台脱落。


「ナイスだ、舞永」

「まだよ! しつこいのが残ってる!」


 右側のSUVが、執拗に食らいついてくる。

 銃撃を続けながら、再び体当たりを仕掛けてくる。

 カーブに差し掛かる。

 舞永はブレーキを踏まず、逆にアクセルを踏んだ。


「振り落とす!」


 ドリフト。

 タイヤが悲鳴を上げ、白煙が上がる。

 巨体が物理法則を無視した挙動でカーブを曲がり切る。

 だが、敵もプロだ。食らいついてくる。


「……なら、こっちを使うしかないわね」


 舞永はダッシュボードから一丁の拳銃を取り出した。

 愛用のシグ・ザウエル。

 運転しながら、サイドウィンドウを開ける。


「ボス、耳塞いで!」


 ゴォォォッ!

 風切り音と共に、轟音が車内に入り込む。

 舞永は片手でハンドルを握り、もう片手で銃を構えた。

 並走するSUVの運転席を狙う。

 揺れる車内、高速移動中。

 狙撃など不可能に近い状況。


 だが、彼女は「狂犬」だ。


 タンッ!

 一発。

 弾丸は正確にSUVの運転席側のタイヤハウスを貫いた。

 さらに二発目。

 タイヤがバーストする。


「ぐわぁぁっ!?」


 SUVはバランスを崩し、大きく蛇行した。

 そして、そのまま中央分離帯に激突し、横転した。

 激しい金属音と、粉砕音。

 車体は数回回転し、ルーフを下にして停止した。


「……ふぅ。一丁上がり」


 舞永は銃を仕舞い、ウィンドウを閉めた。

 車内には再び静寂が戻る。

 バックミラーには、炎上する敵の車両が小さく映っていた。


「……派手にやったな」


 井上は冷や汗を拭った。

 この女、本当に楽しんでやがる。


「だって、向こうが仕掛けてきたんだもの。正当防衛よ」


 舞永はケラケラと笑った。

 その顔には、死線をくぐり抜けた恐怖など微塵もなく、スポーツを楽しんだ後のような爽快感が浮かんでいる。


「で、どうする? 警察呼ぶ?」

「いや。……ここからは南の仕事だ」


 井上はスマートフォンを取り出し、清水南に連絡を入れた。


『……あら、無事でしたか。残念ですわ』


 スピーカーから聞こえる南の声は、相変わらず冷たかった。


「襲撃者の処理を頼む。……おそらく、貴子が雇った『掃除屋』だ。生きていれば、証言を引き出せるかもしれない」

『承知しました。……警察上層部への根回しと、マスコミ封鎖の手配を行います。貴方はそのまま目的地へ』


 通話を切る。

 井上は、炎上する車の方角を振り返った。


「焦ったな、貴子」


 井上は冷徹に呟いた。

 武力行使に出たということは、それだけ追い詰められている証拠だ。

 茉莉の「毒」と、心の「情報操作」、そして優香の「告発」。

 それらが効いている。

 女帝は理性を失い、獣のように暴れ始めている。


「……だが、お前の爪はもう届かない」


 井上は前を向いた。

 舞永がアクセルを踏む。

 銀色のマイバッハは、傷だらけのボディを夕日に輝かせながら、再び走り出した。


 その夜。

 アマン東京に戻った井上たちは、ささやかな祝勝会を開いていた。

 とは言っても、缶ビールとピザだけの簡単なものだが。


「……まったく、ボスといると退屈しないわね」


 舞永がビールを煽りながら、上機嫌で言った。

 彼女の頬には、飛んできたガラス片で切ったかすり傷があるが、本人は勲章のように思っているらしい。


「おかげで車は修理行きだ。……修理費は貴子の隠し口座から引いておくか」


 井上は苦笑し、ソファを見た。

 そこでは、仔猫のハイが相変わらず「へそ天」で爆睡していた。

 昼間の不機嫌さはどこへやら、幸せそうな寝顔だ。

 外でどんな死闘が繰り広げられていようと、この部屋だけは平和そのものだ。


「……守るべきものがあるってのは、悪くないな」


 井上はハイの肉球をそっと突いた。

 プニッ。

 ハイは「ムニャ」と寝言を言い、尻尾を振った。


 スマートフォンの通知が鳴る。

 心からのメッセージだ。


『南さんから連絡あり。……襲撃犯のリーダー、意識を取り戻したよ。貴子の秘書からの依頼だって吐いたみたい』

『録音データ、ゲット。……これで貴子を「殺人教唆」で脅せるね』


 証拠は揃った。

 襲撃という失敗は、貴子にとって致命的なオウンゴールとなった。

 これで、彼女を追い詰めるカードがまた一枚増えた。


「……チェックメイトが近いぞ」


 井上はグラスを掲げた。

 窓の外には、東京の夜景。

 その光の海の中で、西園寺家の灯火だけが、今にも消えそうに揺らめいているように見えた。


 死闘を乗り越え、チームの結束はさらに強固になった。

 貴子を孤立させる包囲網は、確実に狭まっている。

 復讐のフィナーレへ向けて、物語は加速していく。

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