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整形灰かぶり王子の二度目の遺言 〜義実家に殺されたので、10年前に戻って顔を変え、別人として御社を買収することにしました〜  作者: U3
第2章:再会と潜入

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第18話 生意気な秘書

 アマン東京のスイートルーム。

 広大なリビングのフローリングを、円盤型のお掃除ロボットが静かに滑っていた。

 ウィーン……という微かな駆動音を立てて、部屋の隅々までゴミを吸い取っていくハイテク家電。

 だが、この平和な掃除風景を、世界の終わりのような形相で見つめる小さな生き物がいた。


「……フッ! フーッ!」


 仔猫のハイだ。

 全身の毛を逆立ててタワシのようになり、背中を弓なりに反らせている。

 青い瞳は極限まで見開かれ、得体の知れない侵略者を威嚇している。


 ロボットが方向転換し、ハイの方へ向かってきた。

 センサーが障害物を検知して減速するが、ハイにはそれが「襲いかかってくる」ように見えたのだろう。


「ギャッ!」


 ハイは垂直に飛び上がると、着地と同時に猫パンチを繰り出した。

 ペチッ!

 小さな肉球がロボットの硬いボディを叩く。

 だが、無慈悲な機械はダメージを受ける様子もなく、そのまま直進してくる。


「ニャーーッ!」


 ハイはパニックになり、ソファの上に緊急避難した。

 そして、安全圏から身を乗り出し、通り過ぎていくロボットの背後を、恨めしそうに見送った。


「……ははは。敵わないな」


 キッチンでコーヒーを淹れていた井上健太郎は、その一部始終を見て笑いを漏らした。

 復讐の鬼と化した井上にとって、この小さな同居人の挙動だけが、唯一の癒やしであり、人間らしい感情を取り戻せる瞬間だった。


「ほら、ミルクだ。機嫌を直せ」


 井上が温めたミルクを小皿に入れて床に置くと、ハイはソファから飛び降り、ロボットの方を警戒しつつも、ミルクの誘惑には勝てずに舌を伸ばし始めた。


 ピンポーン。

 インターホンが鳴った。

 井上は表情を引き締め、モニターを確認した。

 映っていたのは、大きなリュックサックを背負った少女と、その後ろに立つ森舞永の姿だった。


「……来たか」


 井上はドアを開けた。


「よう、おっさん。……ここがアンタの城?」


 木村心が、生意気な口調で入ってきた。

 昨日のボロボロのパーカー姿とは違い、今日は井上が用意させた新しい服を着ている。黒のスキニーパンツに、オーバーサイズのグラフィックTシャツ。首にはゴツいヘッドフォンをかけている。

 その背中には、彼女の全財産とも言える機材が詰まったリュックが重そうに揺れていた。


「いい部屋じゃん。……でも、セキュリティは甘いね。Wi-Fiのパスワード、ロビーからハックできたよ」

「……挨拶代わりか」

「ま、これくらいはね。……で、私のデスクは?」


 心は遠慮なくリビングに進み、窓際の特等席を陣取った。

 リュックを開け、中からノートPCを3台、タブレット、そして複雑に絡み合ったケーブル類を取り出すと、手際よくセッティングを始めた。

 わずか数分で、優雅なホテルのデスクが、サイバーパンクな司令室へと変貌する。


「ここが君の職場だ。……飲み物は?」

「コーラ。ゼロじゃなくて赤いやつね。糖分がないと頭回らないから」


 心はPCを起動し、キーボードを叩き始めた。

 その指の動きは、ピアニストのように滑らかで、目で追えないほど速い。


「さて、と。……契約通り、働いてあげるよ。ターゲットは?」


 心はモニターから目を離さずに尋ねた。

 井上はコーラの缶を彼女の横に置き、スマートフォンを取り出した。


「帝都グループ本社、および西園寺家のプライベートサーバーだ」

「うわ、デカい山。……正面から行ったらハニーポット(囮)に引っかかって即逮捕だよ?」

「正面から行く必要はない。……すでに『裏口』は開けてある」


 井上は、以前茉莉から受け取ったUSBメモリを心に渡した。


「この中のプログラムを使ってくれ。西園寺家の屋敷内にあるメインPCに、協力者が物理的に仕掛けたバックドアへのアクセスキーだ」


 心はメモリを受け取り、PCに差し込んだ。

 画面に無数の文字列が滝のように流れ始める。


「……へえ。やるじゃん、おっさんの仲間。屋敷のローカルネットワークに直結してる。これならファイアウォールも関係ないね」


 心はニヤリと笑い、ヘッドフォンを装着した。

 スイッチが入る。

 17歳の少女の顔が消え、冷徹なハッカーの顔になる。


「オーケー。……狩りの時間だ」


 モニターの中で、西園寺家の秘密が次々と暴かれていく。

 表の家計簿とは別に存在する、膨大な裏帳簿。

 海外のペーパーカンパニーを経由した資金洗浄のルート。

 政治家への献金リスト。

 そして、義兄・猛が関わっている違法薬物の取引履歴。


「……真っ黒だね。よくこれで捕まらないもんだ」


 心はコーラをストローで啜りながら、呆れたように言った。


「警察上層部にも手が回っているんだろう。……だが、デジタルタトゥーは消せない」

「うん。削除されたメールも、ログも、全部復元したよ。……あ、これ面白いかも」


 心が一つのフォルダを開いた。

 そこに入っていたのは、数枚の画像データと、音声ファイルだった。


「猛のスマホのバックアップデータだね。……これ、愛人との密会写真じゃん。うわ、趣味悪っ」

「それだけじゃないはずだ。……もっと奥を探れ」


 井上は画面を指差した。

 猛という男は、用心深いようでいて、どこか脇が甘い。自分の悪事を「武勇伝」として記録に残したがる性癖がある。


「了解。……っと、あった。隠しフォルダ『TopSecret』。パスワードは……誕生日かよ、単純すぎ」


 ロックが解除された。

 中から出てきたのは、一枚の念書のスキャンデータだった。


 『誓約書』


 日付は10年前。

 内容は、ある建設事故の遺族に対する示談金支払いと、口止め料に関するもの。

 そして、その事故の原因が「手抜き工事」によるものであり、その指示を出したのが当時現場責任者だった西園寺猛であることまで記されていた。


「……ビンゴだ」


 井上の目が光った。

 10年前、帝都建設が請け負ったトンネル崩落事故。

 作業員3名が死亡した悲惨な事故だったが、当時は「地盤の緩みによる自然災害」として処理され、現場監督が自殺して幕引きとなっていた。

 だが、真実は違ったのだ。

 猛が利益を優先して資材をケチり、安全基準を無視させた結果の人災だったのだ。


「これは使える。……猛を社会的に抹殺する核弾頭になる」

「おっさん、顔怖いよ」


 心がヘッドフォンをずらし、井上を見上げた。


「でも、これだけじゃ決定打にならないかも。データなんて捏造だって言われたらおしまいだし」

「ああ。だから、これを『本物』にするための証人が必要だ」


 井上は舞永の方を向いた。

 舞永はソファでハイと戯れていたが、視線を感じて顔を上げた。


「出番? ボス」

「ああ。……猛の愛人リストの中に、金に困っていそうな女はいないか? 心、検索しろ」


 心がキーボードを叩く。


「んーと……いるよ。林優香、21歳。売れないモデル。……消費者金融に多額の借金あり。最近、猛からの手切れ金が振り込まれてるけど、全然足りてないみたい」

「決まりだ」


 井上はジャケットを掴んだ。


「その女を確保する。……舞永、行くぞ」

「了解。……お留守番頼むわね、チビちゃんたち」


 舞永はハイの頭を撫で、心にウインクした。

 心は「チビって言うな」と膨れっ面をしたが、すぐに画面に向き直った。


「行ってらっしゃい。……私はこっちで、もっとエグいネタ掘っとくから」


 ハイヤーの中。

 井上は後部座席で、タブレットに表示された林優香の顔写真を見つめていた。

 白い肌に、大きな瞳。儚げで、どこか幸薄そうな美少女だ。

 モデルとしては華が足りないかもしれないが、男の庇護欲をそそるタイプだ。猛が好むのも分かる。


「……ボス、その子をどうする気?」


 ハンドルを握る舞永が尋ねた。


「仲間に引き入れる。……猛を陥れるための『ハニートラップ』の演者としてな」

「へえ。女優志望なら適役ね。……でも、断られたら?」

「断れないさ」


 井上は冷たく言い放った。


「彼女は追い詰められている。金にも、将来にも。……そこに救いの手を差し伸べれば、悪魔の手でも握るはずだ」


 かつての自分がそうだったように。

 井上は自嘲気味に笑った。

 今の自分は、あの頃の自分を救う「神」なのか、それとも絶望を利用する「悪魔」なのか。

 おそらく後者だろう。

 だが、それで構わない。復讐のためなら、喜んで悪魔になる。


 車は世田谷の古いアパートの前で止まった。

 林優香の自宅だ。

 郵便受けには督促状が溢れている。


「……行くぞ」


 井上は車を降りた。

 これで、役者は揃いつつある。

 ハッカーの心。ボディガードの舞永。潜入工作員の茉莉。

 そして次に手に入れるのは、悲劇のヒロインを演じる女優だ。


 井上の復讐劇は、着々と進行していた。

 

 一方、アマン東京のスイートルームでは。

 心がお掃除ロボットをハッキングし、ハイを乗せて部屋中を走り回らせていた。


 「ニャー! ニャー!」


 最初は怯えていたハイも、今ではロボットの上で王様のようにふんぞり返っている。

 平和な光景。

 だが、心のPC画面には、西園寺家のサーバーから吸い上げられたどす黒い闇のデータが、絶え間なく流れ続けていた。

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