第5話 父の転移が多すぎて、友達ができない マルチリンガルは零歳児の夢を見るか
突然英語を話せるようになった私だけど、当然英語圏での生活経験がない。
言葉の背後にある民族の歴史、文化や習慣など、多くのことを私はまるで知らない。世界一頭の悪い賢者なのだ。
ただ改めて思い返してみると、過去に私は様々な世界を渡り歩いている。強くて優秀な両親のおかげで一か所に何年も滞在をしていたことは少ないけれど、ずいぶんあちらこちらへと行きましたよ。
平均すると、一年の四分の一しかこちらの世界にいない。しかも異世界から戻ると、こちらでは半分から三分の一程度の時間しか経過していない。そんな繰り返しだった。だから一年が長いんですよぅ。
私は十五歳なのに、二十八年位を異世界で過ごしていたことになる。日本にいたのは四年足らず。ナニコレ。あくまでも計算上のことだけど、意味わかりますか?
だとすると、げげっ、私の実年齢は三十台かよ。そんな馬鹿な。でも現実の肉体は普通の十五歳なんですよ。いや、心も十五歳だって。嘘じゃないって。私って、世界一若いアラサーなの?
冗談じゃないよぅ。私がこっちにいた期間はたったの四年足らずだ。だから私はまだ三歳だとも言える。そうだ、言えるったら言える!
ではここに、賢者絵里は宣言しよう。我はまだ三歳じゃ。
異世界へ召喚された時に発動していた自動翻訳機能というのは、どうやら未知の言語を日本語へ翻訳する機能ではないようだ。
なぜなら、私がまだ言葉を話す前に召喚された異世界では、その言葉を完全に理解していた記憶が残っている。これは記憶と呼ぶよりも、記録に近い。
この自動翻訳機能が三か月ほど前にこちらの世界でも有効化されるまでは、異世界専用のチート能力であった。私は疑問も沸かず、当然のように受け止めていたけど。
恐ろしいことに私は新生児のころから両親と共に異世界へ赴き、日本語を覚えるより前に、異世界の言語を理解していたらしい。
その時の異世界知識が、今も私の頭の隅っこにストックされているのだ。
異世界知識というのは、ほぼこちらでの実生活には何の役にも立たない。でも最近これに気付いて、鳥肌が立った。私が日本語を覚えるより先に理解していた異世界の言語は、一つや二つではない。
一般的に、子供が簡単な文章を話し始めるのは一歳半から二歳前後と言われている。(らしいです)
私は異世界生活が長いので、地球年齢で一歳のころには結構な長文を理解して話していたと両親から聞いている。天才とか早熟とかそういうのではなくて、単に異世界で過ごした時間が長かっただけなのだ、きっと。ちょっと残念。
その後の精神的な成長とか学力の上昇とかを思うと、そのころが私のピークだったのかもしれない。残念過ぎる。
そして、そんな私の特殊事情を少しも理解しようともしない奴がいる。異星人の作ったAIだ。いや、もしかすると私の妄想が作ったのかもしれないけど。
(この世界には、絵里の言う魔法とやらが実在しないことは確認済みです。伝承や創作物の中にのみ存在する概念ですね)
もう消えたのかと思ったら、突然現れて皮肉たっぷりにそんな事を言っている。ただ、今回は私の聴覚に介入しているので少し安心した。言語中枢とかに入って来られるのは、心が落ち着かない。
(それなら、あんたの生まれた星とやらは、この世界で見つかったの?)
(……)
(何だ、フィクションにすら存在しないのかぁ)
(……)
よし、答えがないぞ。これでまたきっと、当分現れないだろう。今のうちにこのAIを抹消する方法を考えないと。ただ、疑惑の生体チップをどう扱えばいいのやら。
そろそろ、私立高校の推薦入試が始まっている。一般入試の私も、願書を提出した。
元々私の志望校は、家から近く歩いても通える公立高校と、隣の駅近くにある私立高校だった。
でも冷静に考えると私の場合、同じ中学出身の生徒がいない方がありがたい。そこでなるべく人気のない、家からちょっと離れた学校を探してみた。気付くのが遅いって?
だってほら、世界一頭の悪い賢者だし。
通学が楽な学校とか日和ったのが間違いで、願書提出の寸前で志望校を二校とも変えた。
どちらも私鉄沿線の少し郊外にある中の上レベルの学校で、学力だけなら余裕で合格可能なのだが。
ただ私の場合は出席日数が極端に少なく、定期試験すら受けられないことが多かった。今年なんて、独りぼっちの補修が続く夏休みが終わった途端に、召喚だったもの。
運よくこっちの時間にすると一か月ほどで帰って来られたけど、冷や冷やでしたねぇ。長ければ、一年二年は帰れないこともあるから。
お情けの補修と追試でどうにか卒業はできそうだけど、私の成績は最悪だよ。
先生からは帰国子女向けの特別枠入試を勧められたけど、そもそもインチキ帰国子女なのでまともな履歴が書けません。一応パスポートは持っているけど、真っ白だし。
私には、一般入試しか道はないのです。
このままだと、次の召喚はきっと合格発表後になるでしょう。卒業式なんてどうでもいいけど、入学式には出たいよねぇ。高校デビューで最初から出遅れたくないし。
春休みの間にぱっと行ってぱっと帰って来る。難しいかぁ……そもそも高校進学自体が、結構な無理ゲーなんだよね。
うちの両親みたいな出会いは、奇跡のようなもの。だって私は他の召喚者に一度も会ったことがないし、いつも親子三人セットで召喚されているので、今後もそんな出会いは期待できそうにない。
だから日本で、友達を作りたい。
じゃぁ今まで何をしていたんだと言われると、返す言葉がない。私はただ黙って下を向いていただけだから。はぁ。
そうして私の中学生活の最後が過ぎていく。
一番の難関は、私立高校の面接であった。一応、対策はしていたんだけど。
「松丘さんは、ご両親の仕事で幼少の頃より海外各地を転々としていたとありますが、どこの国が一番好きでしたか?」
いきなり無茶振りされた。凶暴なタイやヒラメと戦っていた、サンゴ礁に囲まれた海底王国、とか答えられないし。
「人見知りの私には、国というより中南米の明るく賑やかでフレンドリーな雰囲気がとても好ましく思えました」
無難に答えられたかな。そういう陽気な異世界にも行ったんだよ。中世西洋風の冷たい石の砦に閉じ込められて過ごすよりは、ずっと楽しかったし。
「その時の友達とは今でも交流を?」
無茶を言うな~
「みんなとは、後に起きた内戦で連絡が取れなくなってそれきりで……」
嘘です。でもどうだ、まだこの手の話題を続けたいのか?
「そうですか、すみませんでした。話を変えましょう」
そりゃそうですよね。少女のトラウマを抉った責任を感じてほしい。嘘だけど。
「外国語が得意のようですが、ご両親のように海外で仕事をしたいと考えていますか?」
いや、できることならもう日本から出たくない。何なら、ずっと地元で暮らしてもいいくらいだ。
「私はできることなら、国内でこれまでの経験を活かすような仕事ができればと望んでいます」
いや、これ本当。
「なるほど。本校ではオーストラリアの姉妹校との交換留学制度がありますが、それについてはどう考えていますか?」
いや、恐らく私にはそんな暇がないでしょう。
「海外からの留学生をおもてなしするのは、とても楽しみですね」
いや、この学校はただの滑り止めですから、お気遣いなく。とは言えないよなぁ。私のような生徒を受け入れてくれればとても有り難いのですが、何しろ出席日数が問題ですからね。
まぁ、こんな感じでどうにか面接を乗り切った。私にしては上出来だったのではと思う。
そして公立高の入試前に、この学校の合格通知を受け取った。しかも、入学金と学費免除の特待生扱いである。どうして?
ただ、特待生として入学するには、公立高の合格発表前に入学手続きを終える必要があった。
それでも私は、普通の公立高校へ通いたい。
だって、私のような怪しい子供を特待生にするなんて、この学校は頭がおかしいでしょ。
ただし滑り止めなので、特待生の権利を捨ててでもこの学校の入学金を納めてキープしておく必要があった。両親も、それでいいと言ってくれたから。
あとは期待に胸膨らませて、公立高の合格発表を待つばかりだ。
そして、公立高校の合格発表前日。
私は両親と共に、場所も知らぬ深い森の中を歩いていた。熱帯のジャングルである。
……どうしてこうなった?
「緊急転移って、今まであった?」
「これで二度目か?」
「違うわ。三度目よ」
召喚された先が、この森である。しかも、周囲に人が誰もいない。どうすれば帰れるのか、何と戦うのかも不明だった。
「こりゃ長くなりそうだな」
「あああああ、明日合格発表なのにぃ!」
「でも私立の入学金を払っておいて、良かったわね」
「それは、入学式までにちゃんと日本へ帰ってから言ってよ!」
「そうだな」
「そうねぇ。今度は何年かかるかしらね」
「え?」
どうやらこの事前通告のない緊急転移とやらは、かなり厄介なクエストらしい。
「近くに全く魔物の気配がないぞ」
父が周囲を見回して言った。背の高い樹木が強い日差しを遮り、薄暗い森の中は意外と開けてはいる。でもこの森の中で、私たちは何をすればいいのでしょう?
「魔物の気配って、わかるんだ……」
「ああ。絵里にも教えてやりたいが、近くに魔物がいないからな」
「あ、じゃぁ人とか獣の気配とかもわかるの?」
「そりゃもちろん」
「すごいね」
「いや、絵里にもできるだろ?」
「まさか?」
目を閉じて感じようとしたが、何もわからないよ。あ、そうだ。
(あのさ、AIのひといる?)
(わたしですか?)
(ここがどこだかわかる?)
(一瞬で文明の痕跡のない場所へ来ました。これが魔法ですか?)
(たぶん、召喚魔法じゃないかな)
知らんけど。
(で、ここがどこだかわかる?)
(さあ。ただ電磁波や重力波などの不自然な干渉や異常、それに信号なども、一切感知できません)
(えっと、私の体の中でどうやって電磁波を感知しているのかね、君は?)
腹立ちまぎれに、私は足元の土を蹴り上げる。
(ああっ、そんなことをすると未知の有害物質や微生物などが空気中へ拡散し、生命の危険が高まります!)
それは私の生命というより、あんたの危険という意味だろ?
「さて、日が暮れる前に結界を張っておくわね」
母が手を挙げるとまばゆい光が直径百メートルほどの範囲を覆い、内部が浄化されて結界が生まれた。
中央に、父がテントを張っている。
(で、未知の微生物がどうしたって?)
(いえ、別に……)
(私はあんたを浄化するウィルスをどうやって作ろうか、悩んでいるのだけど)
(……)
役立たずのAIは、再び無言になる。これが本当に、宇宙を侵略する異星人のオーバーテクノロジーなのだろうか?
「で、これからどうするの?」
「とりあえずこの森から出て、この世界のどこかで滅びそうになっている誰かを救いに行くことになる」
「ああ、もう。この緊急転移っていうのは、面倒なの。緊急ならもっとしっかりした座標へ送ってくれればいいのに、やることが雑なのよ!」
「あの、お母さんは誰に対して怒っているの?」
「誰って……私たちを弄んでいる、くそったれの誰かよ」
「それって、神様?」
「さぁ、なんかわからないけど、このおかしなユニバーサル互助会システムを管理してあちこちに勇者を派遣しているブラック企業の誰かさんよ。ねぇ?」
「そうだな」
「……っって、二人とも知らないの?」
「ああ。何も知らないまま、もう二十年以上もこんな暮らしを送っているんだ」
そうだったのかぁ。特定の国家や政府の犬じゃないのか。
それからこの森を出るのに一か月。その後なんだか見た目が恐ろしくて見るからに邪悪そうな軍団に追われている犬顔の可愛い人の群れ(コボルト?)を救出し、邪悪軍団との戦闘に明け暮れる。
私もなんか適当にファイヤーとかバリアーとか言って、魔法で攻防することを覚えちゃった。
二か月後にやっと邪悪軍団との軍事衝突を終結し、私たちは過酷な緊急召喚任務から帰還した。
日本へ戻れば、三月も終わる時期である。公立高校の合格発表どころではない。急いで合格していた私立高校へ連絡して入学手続きを終え、どうにか私の進路は決まった。
いや、入学金を払い込んでいたとはいえ、よく入れたものだ。
「絵里、あんたの評価、すごく高かったみたいね」
「え、そうなの?」
そういやぁ、特待生だったものなぁ。なんでやろ。
「面接で流ちょうな英語とポルトガル語で会話をしていたって、事務員さんも驚いていたわよ」
母が電話をしたときに、学校側からそう言われたらしい。
「入学してから頑張れば、来年から特待生になれるらしいし」
「いや、もういいです……」
何じゃこれは?
あと一週間もすれば入学式である。
まあでも、どうにか高校へ進学することはできた。卒業式なんて知らん。
さらば中学。来たれ、高校デビュー。だよ。
終




