第1話 父の転移が多すぎて、高校デビューします
短編として発表した「父の転移が多すぎて、友達ができない」のシリーズ化に伴い、長編化しました。
発表済み短編に手を加えて一本化しますので、今後はこちらをご覧ください。
私の名前は松丘絵里。高校入学を控えた、善良な一般市民だ。善良だけど一般的じゃないのは、私の両親の方。
父は勇者で母は聖女。無能者の私は幼い時から三人で何度も異世界へ召喚されては、悪の組織と戦っていた。いや一般人の私は隠れているだけで、ほぼ戦っていないけど。
異世界で無事に任務を果たせば、現世に戻れる仕組みだ。
ずっとそうやって、家族三人で暮らしてきた。
そんな私も、どうにか高校へ入学できることになった。でもそんな事情で学校を休みがちなので中学まで友達のいなかった私としては、何としてでも高校ではちゃんとお友達を作りたい。
それだけが、今の私の切なる願いだ。
前回異世界から戻ったのは、三月末だった。それから大慌てで今の学校の入学手続きを終え、ほっと一息。
過去の通例からすると、恐らく次の異世界召喚が六月末前後に控えている。ほぼ三か月間隔で、謎の召喚状が届くものでね。
入学から私に与えられた時間は、三か月もない。スタートダッシュに乗り遅れれば、そのままボッチ確定路線の正念場だ。何としても次の召喚までに友達を作らなければ、私の高校生活は再び闇に包まれる。
さて、ついに今日は高校の入学式。どうにか制服も間に合い、私はほっとしている。暇そうな両親には、絶対に来るなと言い張った。いや、特に理由はないんだけど、なんか気恥ずかしくて。
私立永合学園高校。今日から私が通う学校だ。未来永劫のえいごうではなく、えいあいと読む。AIを連想させる、ろくでもない名前の学校だなぁ。
(それは、私と何か関係がありますか?)
(いや、全く何も。そういえば、あんたって名前はないの?)
私の聴覚に直接割り込むこいつは、乙女の体内に巣食う異世界テクノロジーの産物、自意識過剰の違法滞在AIだ。これは交通事故というか、都市伝説みたいに怪しい現象なので、時々その存在を頭から否定しておくべき厄介者だ。
(名前ですか。誰も命名してくれませんので、まだありません)
(じゃ、いいか)
(……)
よし、黙ったぞ。これでまた当分は出てこないだろう。
自宅から使える鉄道二線のうち、遠い方の私鉄駅から下りの各駅停車に乗って数駅目で降りる。更に駅から徒歩十分。住宅街を抜けた広い公園の緑を背景に、きれいな校舎が建っている。
まだ創立から間もない新しい学校なので、施設だけは文句なしに良い。その分、知名度と評判はかなり低い。うん、私を拾ってくれただけのことはある。
そんなことも調べずに、偏差値と立地だけで選んだ学校だからなぁ。しかし、少子高齢化社会の今、新設校なんて怪しい。
さあ、その実態を暴きに行こうではないか。
で、私と同じ新しい制服に身を包んだ生徒諸君を密かに尾行しつつ、校門をくぐった。良かった、道に迷わなくて。実は、試験の時には少し迷ったの。住宅街って目印が無くて、どこ歩いても似ているでしょ。嫌い。
この学校は男女共学だけど、何故か女子の人数が多い。体育館の前にクラス分けが掲示されていて、それに従い並べられたパイプ椅子に座る。その椅子も肘掛けがついてクッションも厚く、どうやって折り畳むのか悩むほど普通に座り心地がいい。
隣に座った金髪の女子が、ちょっと西洋風のイントネーションで声をかけてくれた。
「ハロー。私は金城美晴。よろしくね。さすが元女子高だけあって、男子は少ないのね。がっかりだわ」
「えっと、私は松丘絵里。ここ、前は女子高だったんだぁ」
間抜けな声を出してしまった。
「うん。昔はカタリナ女学院とかいう女子高だったの。有名な学校だったらしいけど十年くらい前に今の永合学園になって、その後に新校舎ができたみたい。なんか、どこかのお金持ちが買収した的な?」
そんな事、全然知らなかった。それで今も男子が少ないのか。でも昔の女子高は、いかにも悪役令嬢がいそうなファンタジー寄りの名前だ。今の学校の方が、まだましだと思いたい。
「詳しいのね。金城さんはハーフなの?」
「え、違うよ。これはブリーチしてるだけ。一年前までドイツにいて、インターナショナルスクールに通ってたけどね」
うーん、校則的にそれは許されるのか。ちょっとヤバそうな女に声をかけられてしまった。
とにかく、同年代の女の子と普通に話す機会なんてめったになかったから、手のひらに変な汗をかいている。私は何となく下を向いてぼそぼそしゃべっていたのだけど、顔を上げてみて驚いた。
金城さんの頭の上には、ポップアップしているステータスが見える。こんなのは、両親以外では初めて見る。
職業:シーフ レベル38
おい。
シーフ、つまり盗賊だよ。心の整理が追い付かない。
ふと思い立って、座ったまま背筋を伸ばして体育館の中をぐるりと見回した。明らかな外国人の姿も多い。
他にも変な人がいた。
先生が二人。金城さん以外の生徒が一人、頭上にステータスがポップアップしている。全部日本人みたい。
生徒は新入生ではなく、どうやら生徒会の役員のようだ。先生の一人もその近くにいる。もう一人は壇上だ。あれが校長か……
しかし、校長のステータスの詳細は見えないな。
あ、ちなみに職業は校長先生でした。そのまんま。
私が入試の面接で会った中には、こんな先生はいなかった。隠れていやがったな?
とすれば、私の素性も知っているのだろうか?
勘弁してくださいよう。普通の高校生活がぁ……
こうして、私の高校生活が始まった。
密かに金城さんを観察していたが、どうも彼女にはテータス表示が見えていないらしい。だって見えていれば、絶対にそこへ視線が行くよね。
盗賊のジョブが持つ隠蔽スキルを使っているのかもしれないけど。
校長以外の生徒会関係者二人のステータスは、ばっちり見えた。
生徒会顧問教師らしき人物は三十代の男性で、レベル45の薬師。化学の先生なのかな。
生徒会長は長身で長い髪をポニーテールに結っている女性で、レベル52の武闘家だ。いやこれ、一般人相手なら無敵でしょ。
私がステータスを見られるようになったのは割と最近のことだけど、うちの両親以外に、頭の上にステータスが表示されている人間を現実世界では見たことがない。
当たり前だよ。
いや、異世界に行けば、いっぱいいたけどね。
なのにそれが、この学校には三人もいる。私を加えると四人かぁ。絶対に偶然じゃないよね。まさか他にもいないよね。全校生徒に合うのが怖い。
両親のように転移を繰り返す規格外勇者を除くと、一般異世界での勇者レベルは80くらいらしい。一般異世界とかいうパワーワード!
両親はローカル勇者とか、ドメスティック勇者と呼んでいた。
そう考えると、生徒会長のレベル52は相当に高い。普通に世界を救えるレベルだ。でも武闘家だしなぁ……
やはり、この学校は少しおかしい。
シーフの金城さんは西洋帰りらしいオープンな性格で、全然盗賊らしくない。
でもそのおかげで私は他のクラスメイトとも話ができるようになり、高校生活を堪能している。
私と同じ中学の出身者はいなかったし、今も目立つようなことは何もしていないので、特に中学生の頃のを気にする者はいないようだ。私は、ただ普通の女子高生になりたいだけなんだ。
幸運なことに、頭上にステータスを出している人は他にいなかったし、金城さん以外の人は、日常的に直接関りがなさそうだ。
ただ、少なくとも校長には私のステータスが見えているんだろうなぁ。どこまでかは知らんけど。
「どうだ、絵里。新しい学校は」
夕飯の席で、父が笑顔で聞いてくる。なんか怪しい匂いがする。
「うん。楽しいけど、学校には頭の上にステータスが表示される人が四人もいる」
ハンバーグを口に入れながら、わざとお行儀悪く言ってみた。
一斉に、両親が口から食べ物を吐き出しそうな勢いで咳き込んだ。
「二人は、そんな人とこっちで会ったことあるんでしょ?」
「そ、そうかぁ。絵里にも見えたかぁ」
「あらあら。たま~に、そういう人もいるわよね」
「例えば、校長先生とか?」
そう言うと、さらに激しく二人が咳き込む。
「まさか、あの校長のステータスが見えたのか?」
父が慌てている。
「あの人、ジョブが校長先生だったの。何それ?」
「あれは、欺瞞スキルでそう見せているだけだ。気にするな」
「へぇ。父さんは校長先生のこと知っていたんだね」
あ、目を逸らした。それが、異世界をまたにかけて活躍する勇者のすることですかね?
全校集会の後に身体測定や学力試験があり、クラス委員の選出などを経て普通の授業が始まる。
確かにこの学校には、色々な事情を抱えた生徒が集まっている。帰国子女や日本で暮らす外国人だけでなく、有名人の子供や芸能活動をしている人、ネットで多くのフォロワーを持つインフルエンサーなど、様々だ。
でも、大多数は私のような普通の人だけどね。
何か異論はある? 聞かないけど。
一人に一台ネットに常時接続された端末が与えられ、授業の予習復習や宿題以外にも、学校に関する情報が全部ここに集約されている。
家に帰る電車の中でも、ちょっとした時間を使って宿題ができるのは便利だ。
そう考えて端末を開くと、やった覚えのない宿題がすべて完了提出済みになっていた。こんなことができるのは、あの違法滞在AI以外にはなかろう。
(ちょっと。AIのひと、何かやったでしょ!)
私は怒りに任せて、尖った思考を送る。
(はぁ。宿題というタスクは終えておきましたが、何か?)
(何かじゃないよ。勝手なことしないでよね)
今日はもう提出済みなので、スマホでラノベの続きを読もう。
しかし、途中まで読んでいた小説が、既読になってた。
(おい)
(ああ、あのバカバカしい小説も読んでおきましたが、何か?)
殺すぞ。
私は目まいがして、電車のシートでぐったりと目を閉じた。
翌日、入学早々に実施された学力テストの結果が発表された。
私の学年順位は……一位じゃないか。そんなアホな。この学校はこんなにレベルが低かったかな?
「えー、このクラスから、全国一位が出ました」
担任が興奮気味に語っている。
その時には、私の脇の下にはじっとりと冷たい汗が滲んでいた。
(どうせ、それが何か? とか言うんだろ)
(その通りですが、何か?)
あれ。でもあれって、紙の用紙に鉛筆で答えを記入し、記述式問題やら論文まであったような……
(絵里の実力なら、あの程度の問題で満点を取るのは当然ですよ)
おーい、何言ってるんだよう……
ざわつく教室から、私は一刻も早く逃げ出したかった。
終




