夜のプール
昭和から平成になろうという頃の話。
私は中学生で、文化系の部活に所属していた。
地元は田舎で、当時の生徒数は120人程。
私が所属する部活は部員数10人足らずの部だった。
野球部や陸上部みたいな活気とは無縁ではあったが、少数という利点を生かした独自の活動はあった。
その一つが、校舎を使った夏合宿である。
引率の先生が当直となり、部員たちは食材と布団を持参。
家庭科室で夕飯を調理し、教室でザコ寝し、盛り上がった記憶がある。
そんな中でも一番盛り上がったのは、校舎~体育館までの肝試しと夜間プール開放だ。
どちらもおいそれと体験できない夜の学校施設ということで、十代の子供達には大ウケだった。
特に夜のプールだ。
昼は全校解放しているが、夜は閉鎖される。
が、私達合宿組は夜も使用可能だった。
無論、先生の監視があるし、時間制限もある。
それでも、夏の暑い日にお風呂も無い学校で宿泊するとなれば、プールの使用はありがたい。
それに少数でのびのびと使えるし、他の皆は使えないプールを使うことが出来るという特別感を得ることが出来た。
私達は水着に着替えると早速プールに突入。
普段は出来ない飛び込みや、ボール遊びも満喫していた。
先生も水着になり、監視を兼ねて涼を取っていた。
こんなプール開放は令和となった現代では、絶対に許されないだろう。
しかし、当時は規律も緩く、こうした楽しみ方が出来たのだ。
そうして色々と騒いでいると、そのうち部員の一人が悪ふざけをし始めた。
水の中に潜ったその部員は、他の部員の足を引っ張り、コケさせて溺れさせるという真似をし始めたのである。
皆さんは知らないかもしれないが、ナイター設備も無い夜のプールは本当に真っ暗だ。
頼りになる灯りは、校内にある外灯くらいで、それも少し離れているのでプールの周囲を照らすほどでもない。
そんな状態でいきなり足首を掴まれ、引っ張られたら本当にパニックになる。
実際、驚いてプールから上がったまま、二度と入らない部員もいた。
かく言う私もその部員の標的になり、鼻に水が入る格好で溺れたし、ちょうど疲れたのでプールサイドで休んでいた。
その夜は月も無い闇夜。
風も生暖かく、また汗をかきそうだったので、先生に言って先に更衣室で着替え始めた。
その時だ。
プールの方が妙に騒がしい。
何だろう、と着替えた姿で向かうと、先生を中心に皆がプールの中にいた。
状況が分からなかった私は、遠間からその様子を見ていたが、私の姿に気付いた後輩部員の一人が慌てたように言った。
「○○先輩がいないんです…!」
私はその言葉の意味が拾えず、立ち尽くした。
○○とは先程まで皆に悪ふざけをしていた当人だ。
その◯◯が、皆が一斉にプールから上がる時間になった時、姿を消したという。
私は自分がプールからあがった後も、◯◯は水の中に潜っていたから、どうせまだ悪ふざけをして潜って隠れていて、皆を慌てさせているんだろうと思った。
しかし、必死に○○を探す皆の様子を見て、私はようやくただごとではないことを察した。
咄嗟に、持参した懐中電灯のことを思い出し、再び更衣室へ。
で、懐中電灯を点けて、プールサイドからプールの中にいるであろう○○の姿を探す。
水は透明だし、特別深くもない。
潜って隠れていても、光さえあればすぐに見つかるはずだ。
しかし、25mプールの隅から隅まで探したが、○○の姿は無かった。
そんな緊急事態に、先生も慌て始める。
部員達もパニック状態になり、全員でプールの中で○○のことを探した。
私も神隠しという言葉が頭をよぎり、心音が高鳴っていた。
そうして、まるでドラマの中にいるような非現実的な時間が過ぎていく中、
「みんな、どうしたの?」
と、○○が姿を見せる。
全員が無言になった後、いっせいに騒ぎ始めた。
そんな皆の様子に、○○はキョトンとしており「今まで何処にいたの!?」という追及には、
「トイレに行っていた」
と答えた。
それで全員が脱力した。
皆はそろって「○○はプールの中にいる」という認識を持っていて、誰もそれを疑いもしなかった。
そうなれば、確かにトイレは盲点だ。
タネあかしをすれば、どうということのない空騒ぎだったわけで、○○の無事もできた安堵から全員に笑顔が戻る。
そんな和やかな空気の中、皆で着替え、プールを後にした。
その後、布団を敷いた教室に戻り、あとは寝るだけとなった。
で、消灯前にトイレに行きたい人は行くことに。
その時名乗り出たのは、私と「○○がいなくなった」と告げてきた後輩部員だけだった。
なので、連れ立ってトイレに向かう。
そうして用を足して終わり、皆の待つ教室に戻る時、後輩部員が私を呼び止めた。
「…実は聞いて欲しいことがあるんです」
と切り出す後輩部員。
青ざめたその表情に、私は思わず聞き返した。
「どうしたの?何かあった?」
私の言葉に頷く後輩部員。
そしておもむろに話始めた内容に、私は絶句した。
「○○の姿が見えなくなった」と皆が騒ぎ始める少し前、後輩部委員はプールの中で足首を掴まれて溺れそうになった。
その時は後輩部員は「○○先輩の仕業に違いない」と思ったそうだ。
実際、後輩部員も○○の悪ふざけは目にしていたし、他に真似をするような部員はいない。
が、その後、あの騒ぎになり、トイレに行っていたという○○が姿を見せた時、後輩部員は背筋が凍りついたという。
何故か?
「…実は○○先輩の姿が見えなくなったのに気付いて、先生や他の皆に報告したのは私なんです」
後輩部委員は震えながらそう言った。
でも、それは妙な話だ。
プールで後輩部員に悪ふざけをしたタイミングと、○○がトイレまで行く距離・往復時間を考えれば、時系列的に○○はトイレには行けるはずがない。
そう指摘すると、後輩部委員は頷いた。
「そうなんです。私が足を引っ張られた時、プールの中にいたのは私と○○先輩だけだったはずなんですよ。だから、私もてっきり○○先輩はプールの中にいるもんだと思い込んで、皆にそう伝えたんですが…」
じゃあ、あの時…一体、誰が後輩部員の足を引っ張ったのだろうか…?
この怖い真実は、今も私と後輩部員の二人しか知らない。
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