樹海の遺跡を抜けて
獣人の女が目を覚ますと、そこはベットの上だった。寝たまま首だけを何とか動かし辺りを見回す。ここは診療所のようだ。なぜ自分がここで眠っていたのか思い出せなかったが、窓から吹いてくる心地いいそよ風と、久しぶりに味わうベットの柔らかい感触でもう一眠りしてしまいたかった。しかし、そんな快楽を差し止めるようにコンコンッとドアがノックされ開かれる。
「あ、目が覚めました?」
ドアからヒョコッと顔を出したのは、黒髪で童顔の旅人の服装をした、どこかで見たことあるような少年だった。
「無事で良かったです。遺跡で途端に気を失っちゃうんですもん。ビックリしましたよ」
少年の遺跡という単語で気を失う前のことを思い出した。獣人の女は飛び起き、慌てながら自身の体を何かを探すようにまさぐった。
「おい、オーブはどこだ?」
「お、落ち着いてください……!」
少年が腰の剣を抜くと、あの時大蛇を屠った蒼い刃が出てきた。よく見ると刃の空いている穴に獣人の女が拾ったオーブが嵌め込まれている。
「これ、実は全然取れなくって」
「はぁ?!お前、騙し……ッ!!」
獣人の女は声を荒らげると、痛そうに自身の腹部を抑えベットに寝転がる。まだあの大蛇に貫かれた傷が癒えていないようだ。
「だ、大丈夫ですか!?」
「ああ……。助けてくれたことには感謝する。だが、私はお前にあれをあげたつもりは無いぞ」
「わ、分かってますよ……!でも俺もオーブが欲しくてあの遺跡に行った訳ですし……。あ、そうだ!」
少年は懐から大きなジャラジャラと鳴る皮袋を取り出した。
「このオーブ、買い取らせてください!」
「おまっ……!これが幾らするか分かってるのか!?」
「正直相場は分かんないですけど、金なら有ります!……一万五千ゴールドでどうでしょう?」
「いちまっ……!」
想像していたよりも好条件での取引に獣人の女は思わず言葉がつっかえた。即決で取引に応じようとした時、少年の首につけているネックレスが目に入った。
「お前、そ、それ……どこで手に入れた?」
獣人の女がわなわなと震えながら、少年の首のネックレスを指さし、少年もその指を追うように自分の首下をみた。ネックレスを見ると「あぁ」と納得したような声を出して話し出した。
「この村の雑貨屋のお婆さんが売ってくれたんですよ魔鉱石の中の魔法を使ってみたんですけど、なーんにも起こんなくて……。はぁ」
少年は露骨にガッカリしたように肩を落とした。
「これ、ハズレだったんですかねぇ?」
「いや、確かに魔法は刻まれている」
獣人の女は確信めいたようにそう言った。彼女にはその魔鉱石のネックレスに心当たりがあった。それは間違いなく自分が売ったものだったからだ。
「オーブの話だが、金はいい。代わりにそいつをくれないか?頼む……!」
「あ、え、ええ……。いいですけど」
少年は首から外したネックレスを手渡した。獣人の女はそれを両手で受け取ると大切そうに胸元で抱きしめた。
「ありがとう。……これは私の無き友人の形見なんだ」
「へぇ、そうだったんですね。……そんな大事なもん売ったんすか!?」
「し、仕方なかったんだ!それに、オーブを売った金で買い戻すつもりだったんだ!」
獣人の女は少年の言葉に慌てたように声を荒らげて反論した。ネックレスを首にかけると話を続けた。
「さっきも言ったように、この魔鉱石にはちゃんと魔法が刻まれている。だが、私にもどんな魔法なのか分からないんだ」
「あぁ、そうだったんですね」
「改めて感謝する。……そういえば、名前をお互い知らなかったな。私はクロエだ、よろしく」
「あ、えっとエドリックです。皆からはよくエドって呼ばれてます」
「エドリック……お前、エドリック・ラインハルトか?」
「あれ!?知ってたんですか!」
「名前くらいはな。それに、前にお前たちの王国に行った時に落ちこぼれ、ラインハルト家の汚点なんて噂話を聞いたしな。……随分と話と違うようだが」
「そ、そんな事ないですよ!」
エドリックは彼女にこれまでのことを話した。小さい頃からラインハルト家では自分が落ちこぼれであったこと、王国が襲撃されその時勇者の剣を引き抜いたこと、女神のお告げで魔王討伐の為世界を旅していること、クロエはエドリックの話を真剣に聞き続けた。話を全て聞き終えると「ふぅ」と息を吐いた。
「……お前、頑張ってたんだな」
「え? あ、まぁ……そうですね。大したことじゃないですよ」
エドリックは少し照れ臭そうに笑いながら、恥ずかしさを誤魔化すように肩をすくめた。
「そんなことないさ、盗賊を生業にしてる私と比べたらな」
クロエは少し苦笑いを浮かべ、気軽に言った。
「それに、あの時私を助けてくれたお前は"落ちこぼれ"には見えなかったよ」
「へへ、なんか照れくさいですね」
エドリックは恥ずかしさを誤魔化すように立ち上がった。
「じゃあ、俺そろそろ宿に戻ります。あ、ここの先生が言ってましたけどまだ身体は本調子じゃないから絶対に安静にしていてくださいね。……それじゃ」
「ああ、分かったよ。じゃあな」
エドリックは軽く手を振って、クロエの病室をあとにした。
ドアが静かに閉まる音が響くと、クロエは一人、ふうっと深いため息をつきながら天井を見上げた。
早朝、村にしばらく滞在し充分に休養がでたのでエドリックはオーブ集めを続けるため村を出発した。
「おい!エド!!」
村を出てすぐ後ろから声がかかる。振り返ってみると、クロエがこちらに向かって走ってきていた。
「はぁ、やっと見つけた」
「クロエさん?」
「もう、行くのか」
「? はい」
エドリックは首をかしげた。クロエの真剣な表情と、どこか決意を秘めた口調に、なぜそんなことをわざわざ聞くのかと疑問を抱く。まるで、何かを決めてきたような――そんな気配を感じ取った。
「そうか。なぁエド、私もついてっていいか?」
その言葉に、エドリックは目を見開いた。
「えっ……いや、ちょっと待ってください。クロエさん、俺の旅はただの冒険じゃないんですよ?魔王討伐の旅なんです。命がいくつあっても足りないくらい危険な――」
「分かってる」
エドリックの言葉を遮るように、クロエが強い調子で言った。鋭い瞳が真っすぐに彼を捉えていた。
「それに、私は死なん」
「いやいや、この前死にかけてましたよね!?」
「細けぇことは気にすんな」
クロエは軽い調子で笑いながら、エドリックの背中をパシンと叩く。エドリックがよろけた隙に、彼女はさっさと前を歩き出した。靴音が朝の空気の中、軽やかに響く。
「ちょ、ちょっと待ってくださいよ!」
慌ててエドリックが追いかけようとしたその時――クロエがくるりと振り返った。手には、どこかで見覚えのある革の財布がひらひらと掲げられている。
「……えっ。なっ、なんで!? それ俺の財布じゃ――って、いつの間に……!」
「ふふっ。こうすれば、一緒に旅できるだろ?」
クロエはいたずらっぽく笑い、財布をポケットに放り込む。
「さーて、早くついてこい。じゃないとこん中のカネは全部私のモノになるぞ」
「ひ、卑怯者!」
エドリックは唖然としながらも、少しだけ口元を緩めると、苦笑を漏らしながらその後を追った。
6話目です。
感想待ってます。




