5話 迫り来る影
柴崎は警察署で日報を整理していた。いつも通りの日常業務のはずが、署内の空気が突然変わった。
「捜査本部が設置されるぞ、手伝え!」
上司の一声に柴崎は慌てて手を止めた。刑事たちが慌ただしく動き出し、署内の雰囲気が緊迫感に包まれる。胸の内にじわじわと不安が広がる。
「捜査本部って……何があったんだ?」
柴崎が会議室代わりの道場へ向かうと、本庁から駆けつけた刑事たちが集まり、険しい表情で資料を手にしていた。柴崎は最も後ろの席に座り、説明を聞く。
「連続誘拐事件だ。被害者は全員オメガだ。」
刑事の一人が地図を広げ、事件の概要を説明する。赤いピンが刺された場所は被害者たちの居住地を示していた。
「3人目の被害者が出た。狙われているのは間違いなくオメガだ。」
柴崎の胸に冷たいものが走る。自分もまたオメガだという事実が頭をよぎる。
「犯人はかなり計画的だ。被害者の共通点はオメガであること以外には見当たらない。」
刑事の言葉が会議室全体に重苦しい空気をもたらす。柴崎は冷静を装おうとするが、内心では手に汗を握りしめていた。
「オメガばかりを狙うなんて……」
これまで、自分がオメガであることを職場で意識することはほとんどなかった。しかし、いざこうした事件が身近で起こると、自分も被害者になる可能性があるという現実に直面させられる。
「怖がってどうする……俺は警察官だ。」
自分に言い聞かせるように、柴崎はペンを強く握りしめた。
その日の夜、柴崎は商店街を巡回していた。昼間の賑わいとは打って変わり、静まり返った通りには自分の足音だけが響く。
「オメガばかりを狙うなんて……犯人はどうしてそんなことをするんだ?」
ふと、遠くからかすかな物音が聞こえた。柴崎は足を止め、辺りを見回す。
「……誰かいるのか?」
人気はない。ただの気のせいかもしれない。それでも、胸騒ぎが収まらない。柴崎は周囲を警戒しながら巡回を続けた。
商店街の一角で見覚えのある姿を見つけた。
「おい、そんな怖い顔してどうした?」
声をかけてきたのは、東条和馬だった。柴崎は驚いたが、冷静を装い、短く返す。
「……何でもない。」
だが和馬の鋭い目が、自分の内心を見透かしているようで居心地が悪い。
「お前、何か隠してるだろう?」
「関係ないだろ。」
柴崎は短く返し、その場を立ち去ろうとした。しかし和馬はその場に立ち止まり、じっと考え込むような表情を浮かべていた。
「気をつけろよ、翔。」
低い声でそう告げられた言葉が、妙に胸に引っかかった。
その夜、巡回中に再び背後から気配を感じた。
「……誰だ。」
振り返っても、そこには誰もいない。しかし、確実に何かが近づいている感覚が柴崎の中に広がる。
「……まさか。」
不安を振り払おうとするが、胸のざわつきは止まらなかった。柴崎は警戒を強め、静まり返った商店街の中を歩き続けた。
その気配がただの気のせいであれば――そう祈らずにはいられなかった。




