1話 再会の夜
静まり返った寂れた商店街。
交番の窓から外を見ていた柴崎翔は、ため息をついた。
「この辺も昔は賑やかだったらしいな……」
先輩たちがよく懐かしそうに話していたが、今ではシャッター街と化している。深夜ともなると、通りを歩くのは酔っ払いか、終電帰りのサラリーマンくらいだ。
そんな静けさを破るように、無線が唐突に響く。
「こちら警察署本部、柴崎巡査、応答お願いします。飲食店『さかえ屋』から110番通報、客同士の喧嘩が発生。至急現場へ向かってください。」
柴崎は受話器を取ると、短く返答する。
「了解しました。」
交番の机から警棒を掴み、深夜の商店街へ駆け出した。
「また酔っ払い同士の揉め事だろう……」
ひとりごちつつも、心のどこかで不穏な気配を感じる。
現場の飲食店『さかえ屋』に到着すると、店内から漂う酒とタバコの匂いが鼻を突いた。
扉を開けると、荒れ果てた光景が目に飛び込んでくる。
テーブルと椅子は倒れ、床には割れたグラスの破片が散乱している。
店の中央にはスーツ姿の男が冷静に立ち、その足元には土下座する男が震えながら謝罪していた。
「アニキ……すみません! 調子に乗っちまいました!」
謝る男の声は震えているが、スーツの男はそれをまるで気にしていない様子だ。ただ静かに、低い声で言葉を放つ。
「俺に謝るのはいいけど、店の人に謝る方が先だろ?」
その一言に、土下座していた男は慌てて顔を上げ、店主に向かって頭を下げる。
「す、すみませんでした! ご迷惑をおかけしました!」
スーツの男はその様子を確認すると、ポケットから分厚い封筒を取り出し、店主に差し出した。
「こいつの片は俺がつける。今日はこれで勘弁してやってください。」
店主は驚いた表情を浮かべながらも、何かを言いかけて口をつぐむ。代わりに黙って頷き、封筒を受け取った。
柴崎は店の奥からそのやり取りを眺めていたが、呆然と立ち尽くすしかなかった。
そのスーツの男が店を出ようとした瞬間、無意識のうちに彼の腕を掴んでいた。
「交番までご同行願えますか。」
そう言いながら見上げたその顔は、黒髪を短く整え、鋭い眼光を持つ冷徹そのものの表情だった。
「……久しぶりだな、柴崎。」
低い声と共に、目の前の男が笑みを浮かべた瞬間、柴崎は言葉を失う。
「和馬……?」
記憶の奥底に眠っていた名前が口をつく。
東条和馬――この辺り一帯を仕切る極道組織『東条組』の若頭。
しかし柴崎にとっては、それ以上にかつての中学時代の同級生。
懐かしさと驚きがない交ぜになりながらも、今の彼は記憶の中の少年とはまるで違っていた。
冷たく、それでいて威厳を纏った男――それが目の前の和馬だった。
和馬は掴まれた腕を軽く振り解くと、冷たい声で言葉を続けた。
「お前が警察官になってるなんてな……面白いもんだ。」
冷たい皮肉を含んだ言葉を残し、彼はそのまま店を後にする。
柴崎はただ、彼の背中を見送るしかなかった。
「一体、何をしてるんだ……あいつは。」
交番へ戻る柴崎の胸には、得体の知れない感情が渦巻いていた。
それは、再会の懐かしさだけではなかった。
極道の若頭として目の前に現れた、東条和馬――
かつての同級生が何を考え、何を背負っているのか。
その答えを知るには、時間が必要だった。