13話 新たな道の選択
柴崎翔が姿を消した。
連絡は一切取れず、官舎も引き払われていることが分かったのは、失踪から数日が経った頃だった。
「……何でだ。」
セーフハウスの中で、一人ポツリと呟く和馬。目の前には、柴崎が置いていった小さな水筒がある。それを手に取ると、ひんやりとした金属の感触が和馬の心を締め付けた。
何も告げずに去った柴崎。何か事情があるのは間違いない。けれど、なぜ一言だけでも残してくれなかったのか。それが、和馬には理解できなかった。
「……何があった、翔。」
◇
和馬はすぐに舎弟たちに命じて柴崎の行方を捜索させた。
「警察官が行きそうな場所、すべて調べろ。」
「分かりました!兄貴。」
交番、近隣の警察署、そして柴崎が訪れそうな商店街や住宅街を手分けして探したが、どこにも彼の姿はなかった。
和馬自身も車を走らせ、柴崎とよく歩いた商店街や、公園を巡った。しかし、手掛かりは皆無だった。
「お前、どこに行ったんだよ……。」
窓越しに見る曇天の街並みが、和馬の胸をさらに重くした。
◇
捜索を続ける一方で、和馬は東条組の若頭としての役割に追われていた。
対立組織との交渉、縄張りの管理、不始末を起こした部下への指導。どれも極道としての日常ではあったが、今の和馬にはその全てが虚しく思えた。
「兄貴、大丈夫ですか?」
舎弟の一人が心配そうに声をかける。
「問題ない。次の会合の準備を進めろ。」
表向きは冷静を装っていたが、心の中は柴崎への思いでいっぱいだった。
「俺が、もっと早くお前を守れる立場になっていれば……。」
ふと目を落とすと、手には小さな擦り傷と包帯が巻かれている。先日の対立組織とのいざこざで負った傷だ。
これが自分の日常だと改めて思い知らされ、和馬は唇を噛んだ。
◇
その夜、和馬はセーフハウスのベッドに腰掛けて考えていた。
「……このままでいいのか。」
柴崎がいなくなった理由を想像するたび、和馬は自分の存在が原因なのではないかと思い至った。
警察官と極道――その関係がどれだけ柴崎に負担をかけていたか。
「俺が、この世界にいる限り、あいつは俺を選べないのかもしれない。」
その考えが、和馬の心に決意を芽生えさせた。
「……やめるか、極道を。」
声に出してみた瞬間、驚くほど気持ちが軽くなった。
◇
翌朝、和馬は東条組の舎弟たちを集めた。
「今日をもって、俺は若頭を降りる。」
その一言に、全員が騒然とする。
「兄貴、何を言ってるんですか!」
「極道の世界で俺がやれることは、もうない。」
和馬の強い視線に、誰も逆らえなかった。
「これ以上俺についてくる必要はない。それぞれの道を探せ。」
◇
和馬はフロント企業を立ち上げるため、知人たちに連絡を取り始めた。合法的なビジネスの経験はなかったが、極道時代の人脈と知識を総動員し、一つの会社を設立する計画を進めた。
「表の仕事で、もう一度人生をやり直す。」
それが、和馬が柴崎のために選んだ新たな道だった。
◇
夜、オフィスとして借りた小さな部屋で、一人設計図を見つめる和馬。
「これで、翔を迎えに行ける……その時が来るまで、俺は俺を変えるだけだ。」
静かな部屋に響くその言葉は、和馬の決意を物語っていた。
そして、遠い場所で眠る柴崎の存在が、彼の心に小さな希望の光を灯していた。




