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灰色の檻の中で  作者: セピア色にゃんこ
灰色の檻の中で
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12話 新たな命と選ぶ道

診察室の空気は、いつもより静かに感じた。


「柴崎さん、検査の結果が出ました。」

医師の声は穏やかだったが、その次の言葉が彼の世界を揺るがした。

「妊娠反応が陽性です。おめでとうございます。」


柴崎翔は瞬きも忘れたように、医師を見つめたまま固まった。

「……妊娠……ですか?」

自分の声が自分のものではないように聞こえる。


「はい、間違いありません。週数としてはまだ初期段階ですが、胎児は順調に育っていますよ。」


医師の説明が耳に入るものの、頭は真っ白だった。妊娠など考えたこともなかった。いや、考えられるはずがなかった。

「俺が……親になる……?」


ふと、胸に手を当てた。そこに新しい命が宿っているという事実が、じわじわと現実味を帯びていく。



診察を終えた柴崎は、ぼんやりとした足取りで官舎に戻った。

ドアを閉めると、その場に崩れ落ちるように座り込む。狭い部屋の中、静寂が耳を刺した。


「……どうすればいい……」


ポケットから診察結果の用紙を取り出し、じっと見つめる。そこに書かれた「妊娠」の二文字が、今の自分の立場を鮮明に突きつけてくる。


「和馬……」


あの夜を思い出す。災害の混乱の中で、ヒートに陥った自分を必死に助けてくれた和馬。

――「お前を守るのは俺の役目だ。」

その言葉が耳に蘇るたび、胸が締め付けられる。


「でも……この子を守るためには……」


柴崎は机の引き出しを開け、辞表の用紙を取り出した。

警察官であり続ける限り、いずれ妊娠は周囲に知られる。そして和馬のことも露見するかもしれない。そんなリスクを負わせるわけにはいかない。


辞表の用紙を前にして、ペンを握りしめた。



夜、柴崎は和馬のセーフハウスを訪れた。

「どうした? 顔色が悪いぞ。」

和馬の声に一瞬、胸が揺れる。それでも柴崎は、「ただ顔を見たくなった」とだけ答えた。


和馬と二人で過ごす静かな時間。それがどれほど大切なものか、柴崎には痛いほど分かっていた。

――でも、これは最後だ。


和馬がソファで眠りにつく頃、柴崎はそっと立ち上がり、彼の寝顔を見下ろした。

「……ありがとう、和馬。」


小さな声で呟き、扉を静かに閉めた。胸が締め付けられるような感覚に耐えながら、柴崎は夜の街に消えた。



翌日、警察署で辞表を提出した。

「最近、体調を崩していて、職務に支障をきたしそうです。迷惑をかけたくありません。」


上司は驚きつつも、柴崎の強い決意を感じ取り、渋々ながらも辞表を受理した。


その日の夕方、柴崎は最低限の荷物をまとめ、官舎を後にした。向かったのは郊外にある実家。これからの生活を考え、一人で新しい命を育てる覚悟を決めた。



実家の静かな部屋。窓の外では木々が風に揺れている。

柴崎はベッドに座り、小さな命を宿した自分の腹に手を当てた。


「……お前は俺が守る。」


その言葉には、和馬への思いも込められていた。だが、彼には言えなかった。いや、言わなかったのだ。


「和馬……ごめんな……」


遠く離れた場所で、和馬が自分の不在に気づくことを想像し、涙が頬を伝う。

だが、柴崎はその涙を拭い、前を向いた。


「俺が選んだ道だ。この子と一緒に、生きていく。」


新たな命を守る決意を胸に、柴崎はそっと目を閉じた。

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