11話 番としての関係
和馬のセーフハウスで迎えた朝、薄明かりが差し込む部屋の中で柴崎は目を覚ました。
ヒートの苦しみは嘘のように消え、身体の重さも和らいでいる。
しかし、胸の奥には、言葉にしようのない感情が渦巻いていた。
「あれが、番……」
そっと自分の首筋に触れる。そこにある噛み跡は、小さな痛みと共に、和馬との深い繋がりを刻んでいた。
◇
番となった二人は、それ以来、定期的に会うようになった。
柴崎が交番での勤務を終えた後、人目を避けて和馬のセーフハウスに足を運ぶのが日常になりつつある。
その夜も、柴崎は和馬と共にセーフハウスの小さなキッチンにいた。
和馬は不器用ながらも食事の準備を手伝っている。
「お前、こんなこと得意そうじゃないな。」
柴崎が笑いながら言うと、和馬は眉間に皺を寄せた。
「馬鹿にするな。やればできるんだよ。」
言いながらも、包丁を持つ手はぎこちなく、野菜を切る度にカウンターに小さな音が響く。
柴崎は笑いをこらえながらも、そんな和馬の姿にどこか温かさを感じていた。
ふと、和馬が無意識に柴崎の頭を軽く撫でた。
「……お前、こうやって笑ってる時が一番らしい顔してるな。」
和馬の何気ない言葉に、柴崎は一瞬動きを止めた。
「……何だよ、それ。」
照れ隠しのように言い返すが、心臓が早鐘を打つのを止められない。
◇
しかし、日常に戻れば、柴崎の胸には常に葛藤が付きまとった。
交番の業務をこなす中、ふとした瞬間に和馬との関係が頭をよぎる。
「もし上司にバレたら……」
「和馬が何か問題を起こしたら、俺はどうすれば……」
柴崎はデスクに広げた資料を見つめながら、心の中で何度も自問していた。
「俺は、警察官で……和馬は……」
その時、同僚が肩を叩いた。
「おい、柴崎。最近元気ないけど、何かあったのか?」
「……いや、別に。」
笑顔でごまかしながらも、その言葉が胸に刺さる。
◇
一方、和馬もまた、自らの立場に苦しんでいた。
柴崎との時間を終えた後、彼は東条組の事務所に戻り、いつものように指示を飛ばしていた。
「この取引には一切手を出すな。何か問題があれば俺に報告しろ。」
舎弟たちは緊張感を滲ませながら頷き、即座に動き出す。
その日、対立組織からの挑発が入り、和馬は対応に追われた。
荒々しいやり取りの末、和馬の右手は傷つき、汚れた包帯で覆われている。
「これが……俺のいる世界だ。」
彼は包帯を巻いた手をじっと見つめ、低く呟いた。
◇
その夜、再びセーフハウスで会った二人。
和馬は窓の外をぼんやりと眺めていた。
「……お前、本当にこれでいいのか?」
突然の問いかけに、柴崎は驚いたように和馬を見つめた。
「どういう意味だよ?」
和馬は視線を外さずに続けた。
「お前が俺といることで、失うものもあるだろう。」
「……失ってもいいものだってある。」
柴崎の言葉に、和馬は少しだけ目を丸くした。
「俺が決めたんだ。この関係を選んだのは、和馬じゃなくて俺だ。」
静かに告げる柴崎の声には、確固たる決意が込められていた。
和馬は少しだけ苦笑を浮かべ、続けた。
「お前は昔から、変わらねぇな。」
「それ、褒めてるのか?」
「さあな。」
二人の間に小さな笑いが生まれた。
◇
しかし、その一瞬の安らぎの後、和馬は再び真剣な表情に戻った。
「お前の未来を奪いたくない。」
柴崎はその言葉に一瞬沈黙したが、やがて微笑みを浮かべて答えた。
「俺の未来には、和馬が必要だ。」
その言葉に和馬は何も返さず、ただ静かに柴崎を見つめていた。
窓の外には、柔らかな月明かりが二人を照らしていた。




