10話 大規模災害の発生
その日は朝から雨が降り続いていた。
深夜、静まり返った街を激しい雨音が襲った。窓を叩きつける雨、遠くで鳴り響く雷鳴、そして川が氾濫したという緊急警報が街を駆け巡る。
その日は非番で自宅にいた柴崎は、窓の外を見て異様な光景に気づいた。街や道路が濁流に飲み込まれ、浸水が始まっている。街全体が水害の恐怖に怯えていた。
「こんな雨……まずいな。」
柴崎はすぐに警察署へ参集し、指示に従って避難誘導を開始した。近くの学校や公園には住民たちが避難してきており、次々に助けを求める声が飛び交う。
「柴崎さん! こっち、浸水して動けない人がいます!」
「川の近くは危険だ! みんな、高台に避難してください!」
柴崎は体力の限界を感じながらも、住民たちの安全を守るために奔走した。老人を背負いながら避難所まで運び、次の救助依頼へと向かう。
しかし、濁流の中を動き回るうちに、柴崎の体調は徐々に悪化していった。雨に濡れ、冷え切ったはずの体が逆に熱を持ち始める。額に滲む汗が止まらず、呼吸が荒くなってきた。
「大丈夫だ……まだやれる……。」
何度も自分にそう言い聞かせながら動き続けたが、ふとポケットを探る手が止まる。
「……抑制剤……切れてる。」
体が言うことを聞かなくなり、柴崎は必死に誰にも気づかれないように交番の奥へ逃げ込んだ。
「こんなときに……最悪だ……。」
壁に手をつき、必死に体を支えるが、ヒートの兆候は止まらない。視界が揺れ、頭がぼんやりと霞む。
「誰か……助けて……。」
その言葉が喉に詰まりそうになったとき、外から聞き慣れた声が響いた。
「翔、いるか?」
和馬だ。
交番に現れた和馬は、周囲の様子を見回しながら、柴崎の異変にすぐ気づいた。倒れ込む寸前の柴崎を抱きかかえ、その熱を感じ取る。
「お前、顔色が悪いぞ。」
「……平気だ……。」
柴崎は必死にごまかそうとするが、和馬の鋭い目は真実を逃さない。
「嘘つけ。何があった。」
「……抑制剤が……切れた。」
その言葉を聞いた和馬は、瞬時に状況を理解する。タオルで雨を拭いながら、必死に柴崎を支えるが、体温の上昇は止まらない。
「……無茶しやがって……。」
柴崎は体を震わせながら、弱々しく声を漏らす。
「……和馬……お願いだ……噛んでくれ……。」
その言葉に、和馬は一瞬手を止める。
「本当に……いいんだな?」
柴崎が小さく頷くのを確認し、和馬は彼の首筋に口を寄せる。牙が肌に触れる瞬間、柴崎は体を強張らせたが、次の瞬間には全ての苦しみが和らいでいく。
◇
噛みつきが終わった後、和馬はそっと柴崎を抱きしめた。
「……お前を守るのは俺の役目だ。」
柴崎は微かに笑みを浮かべ、涙をこぼしながら答えた。
「ごめんな……和馬……ごめん。」
謝罪の言葉に和馬は何も言わず、ただその背中を優しく叩いた。
外ではまだ雨が降り続いていたが、二人の間に流れる温かさだけは消えることはなかった。




