表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
灰色の檻の中で  作者: セピア色にゃんこ
灰色の檻の中で
10/16

9話 交わる過去

静まり返ったセーフハウスの一室に、二人の気配だけが漂っていた。

柴崎はベッドに腰掛けたまま、和馬の動きを静かに見つめている。

ヒートの影響はようやく収まり、身体のだるさも薄れてきた。

だが、心の中にはまだざわめきが残っていた。


和馬は机の上に置いた水のボトルを取ると、無言で柴崎に差し出した。

「……飲めるか?」


柴崎は頷き、受け取ったボトルの水を一口飲む。その冷たさが身体に染み渡ると同時に、和馬の視線の鋭さを感じ、思わず口を開いた。

「和馬……なんで俺を助けに来たんだ?」


問いかけられた和馬は、短く息を吐き、椅子に腰を下ろした。そして、天井を見上げるように顔を上げる。

「なんでか……お前があの犯人どもに捕まったと聞いた瞬間、身体が勝手に動いてた。」


柴崎はその言葉を聞き、微かに胸が温かくなるのを感じた。だが、和馬の次の言葉がその感情を引き裂いた。


「俺がアルファだからかも……」


唐突な告白に、柴崎は一瞬言葉を失った。

「アルファ……?」


「隠してたわけじゃない。ただ、話すタイミングがなかった。」

和馬は視線を逸らしながら、不器用に言葉を続ける。

「正直、今だって言うべきか迷った。でも、お前に嘘をつきたくなかったんだ。」


柴崎は和馬の表情を見つめた。

その目は、かつて中学時代に見たどこか寂しげな少年のままだった。

「そうだったのか……。」


「怒ってるか?」

「いや、怒ってるわけじゃない。ただ……驚いただけ。」


和馬は微かに眉をひそめたが、どこかほっとしたようにも見えた。


やがて、和馬はふと視線を窓に向けたまま、低い声で言葉を漏らす。

「俺の母さんのこと、話したことあったか?」


柴崎はその問いに首を振った。和馬がぽつぽつと話し始める。


「俺の母親、病気で死んだんだ。中学3年の頃だった。あの日、母さんの手を握ってて、何もできなかった自分が悔しかった。」

和馬の声は穏やかだったが、その裏に隠された深い苦しみが伝わってきた。


「その後、俺は親父――東条組の組長に引き取られた。そいつが初めて俺に言った言葉が、『今日からお前は東条だ』だ。」

和馬はかすかに笑みを浮かべるが、それが本心でないことは明らかだった。


「俺に選択肢なんてなかった。ただ、母さんを守れなかった俺にできることは、父親の言う通りに生きることだけだった。」


柴崎は何も言えなかった。ただ、和馬の言葉に耳を傾けることしかできなかった。


「でもさ、俺が東条になる前、唯一救われたことがあったんだ。」

和馬はふと視線を柴崎に戻した。

「小学校5年生の時、廊下に貼られてた作文、お前が書いたやつ。」


柴崎は一瞬驚き、思い出したように顔を上げる。

「……僕の将来の夢はヒーローになることです、ってやつ?」


「そうだ。」

和馬は短く笑った。

「あんな子供っぽい夢、普通なら笑うだろ?でも俺にはそれが支えになったんだ。」


柴崎は思わず顔を伏せる。

「そんなの、もう忘れてくれよ……恥ずかしいだろ。」


「俺には忘れられない。」

和馬は静かにそう言った。



やがて、柴崎も口を開いた。

「俺も、お前には感謝してるんだ。」

「俺に?」


柴崎は小さく頷く。

「中学の頃、俺、オメガって診断されてから引きこもってた。それでも、毎日お前がノートや宿題を届けに来てくれたこと、覚えてる。」


「そんなの大したことじゃねぇよ。」

「俺にとっては大したことだったんだ。」


柴崎の言葉に、和馬は一瞬だけ言葉を失った。そして、目を細め、口元に笑みを浮かべた。


ふいに、和馬の表情が引き締まる。

「けど、お前が俺に近づけば近づくほど、周りから危険が迫るのも事実だ。」

「それは……。」

柴崎は何も返せなかった。ただ、和馬の言葉の重さに押し黙るしかなかった。


「俺たちの立場が違うことを、忘れるなよ。」

そう告げると、和馬は立ち上がり、部屋を出て行った。


窓から差し込む月明かりが、柴崎の顔を薄く照らす。

「お前がいなかったら、俺はどうなってたんだろうな……。」


静かな部屋に、その呟きだけが響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ