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「まったく分からん……」
ライアンとの4年間を思い返して、私はうーんと唸りながら首を傾げた。
――――あいつは、本当に私のことが好きなのか?
彼の態度や周囲の反応から、もしや本気なのかと思ってしまったけれど。
よくよく考えるとおかしすぎる。
男並みの上背に、がっちりとした体つき。四六時中、くたびれた訓練着を着て過ごす私は、色気もなければ可愛さも皆無である。
言葉遣いも酷いものだし、手だって剣だこだらけでお世辞にも綺麗とは言えない。
自分で言うのもなんだが、ライアンが惹かれる要素がないと思うのだ。
確かに以前は仲が良かったけれど、でもそれは男友達と変わらない種類のものだったはず。甘い雰囲気になったこともなければ、それらしい言葉をかけられた記憶もない。彼の態度は、同じクラスの男たちが私に向ける遠慮のない態度と、全く同じものだった。
断言してもいい。あの頃のライアンは、間違いなく私のことを女として意識していなかった。
それでも、あのまま友好的な関係が続いていたなら、友人としての好意が異性としての好意に変化したと言われても、まだしも納得はできる。しかし、彼との関係には一度亀裂が入っているのだ。
それからはずっと棘のある態度を取られていたし、すっかり剣の相手もしてくれなくなった。ライアンは沢山の女の子たちに囲まれてチャラチャラと過ごすようになったし、とてもじゃないが好かれているとは思えない状態が続いている。
一体いつ、ライアンが私のことを好きになったというんだ……?
何度頭をひねっても、全く心当たりがない。
そんな瞬間はどこにもなかったように思えるのだが。
やっぱり、あの告白は何かの間違いではないだろうか。
ただの罰ゲームだったと言われた方が余程しっくりくる。
ま、考えても、今更もう意味のないことだけど。
あの日から約一週間。
私はライアンに避けられていた。
「……今日もいない、か」
朝や放課後の自主練習に、彼は現れなくなった。
教室は同じだから顔を合わせる機会はあるものの、目が合うとすぐに逸らされてしまう。
以前のように、くだらない嫌味を言いにやってくることもない。
もちろん会話を交わすこともない。
ライアンとの仲に亀裂が入った後も、憎まれ口を叩かれつつも彼との関りは途絶えなかった。だから、こんなにも長い間ライアンが側に居ないのは、これが初めてのことだった。
もう2度と、来ないつもりなのかな……。
別にライアンが来なくたって、何の問題もない。鍛錬なんて一人でも出来る。そもそも彼とは打ち合いをしていたわけでもなく、同じ空間で別々の練習をしていたのだ。何の影響もない。
ただ、彼のいない訓練所が、やけにがらんとして見えるだけで……。それだけだ。
ライアンの本音は、いくら考えても私には分からない。
本気で好きだったのか。それとも偽物だったのか。
しかし、本当はどちらでも同じことなのだ。私はライアンの手を取らなかった。彼の本音も、私の気持ちも、今更考えても意味がない。
彼にとって、私はもう「終わったこと」だろうから。
避けられているのが全ての答えだ。
それに私の気持ちは……たぶん、ただの友人だと思う。
女の子たちに囲まれている彼を見ても、少しも嫉妬を感じなかったし。
ライアンのことなんて、なんとも思っていない。
異性として好きなわけじゃない。
だから、これで良かったのだ。
好きでもない相手と付き合うつもりはない。そもそも、私は色恋ごとより剣の方に邁進したいと思っている。ただ……ライアンに避けられているのは、仕方がないとはいえ、気分のいいものじゃない。
「はぁ…………」
剣が重い。
昨日もあまりよく眠れなかったせいかな。
どんな時でも、剣を振えばすべての煩わしいことから解放されていたのに。
いくら身体を動かしても、今日も少しもスッキリしなかった。
…………あれ?
放課後、珍しく先生に用事を頼まれた私は、普段よりも少し遅れて訓練所へ向かった。
その道中でぴたりと足を止める。
校舎から訓練所に向かう道中で、ライアンの姿が見えたからだ。
久しぶりに訓練所に来てくれるのだろうか……。
さり気なく声でも掛けてみるべきか。そわそわしながら躊躇っていたら、他にも人がいるのが見えた。ブラウンの髪をした男子生徒に、ツインテールをした桃色の髪の女子生徒。
ライアンは彼らと3人で立ち話をしている。
男子生徒の方は見覚えがあった。書記のルディだ。彼は生徒会に所属していて、確か学年は私の一つ下だったはず。淡白なタイプである彼のことをライアンは気に入っていて、声をかけている姿を何度か見たことがある。
ルディの隣で、にこにこと幸せそうに笑う女子生徒はルディの恋人だろうか。
可愛い子だな。
ぱっちりとした大きな目に、柔らかそうな白い頬。小柄で華奢ないかにも女の子らしい体つきをしていて、制服の赤いリボンやスカートがとてもよく似合っている。訓練着の方が似合う私とは、明らかに違う人種だ。
しかし、どうしよう。
3人の横を通り過ぎないと訓練所に行けないのだが、この状況で姿を現すのは気まずい。
だってさっきから、ちらちら聞こえてくるんだ!
私の名前が……
「レティシアさんって、あのレティシアさんですよねっ!」
ツインテールちゃん。君は何故、私の名前を知っているんだっ!
「知っているのか?」
「えー、ルディ知らないの? 女の人なのに、Aクラス入りしているすごい人なんだよ。剣術大会で見たことあるけど、すっごくカッコ良かったの!」
……それは……ありがとう。
きらきらとした瞳で語られると気恥しいものがあるが。そして、ますます出ていけなくなったのだが。
ちなみに私は今、木の陰に身を隠している。
正直ギリギリなので、いつ見つかるか冷や汗を垂らしている。
「それよりも、ルディ。お前の言う通り真面目に動いてみたけど、レティシアにはぜんっぜん響かなかったぞ」
「確実に上手くいくとは言ってないだろ」
「ぐっ……いいよな余裕の勝利者は」
「俺だって、余裕なんかちっともなかったよ。ライアンだって知ってるだろ?」
「いーや、余裕たっぷりに見えたぞ。実際、アリスちゃんと付き合えているじゃねーか! はぁ、お前が羨ましいぜ」
アリスちゃんか。名前まで可愛い子だな。
ライアンがため息をつき、ルディの肩にポンと気安く手を置いた。
ルディは表情を変えないまま、その手を容赦なくべりっと剥がしている。
「まぁ、思ったより元気そうで良かった」
「いつまでも落ち込んでいられないからな。もうちょい足掻いてみるぜ」
「じゃあ、俺たちは帰るよ」
「おう、またな」
別れ際に、アリスちゃんがライアンにぺこりと頭を下げた。桃色のツインテールがぴょこんと揺れる。それもまた可愛らしい。
「お邪魔しました、ライアンさん」
「いやいや、アリスちゃんならいつでも歓迎だよ。またね~」
ライアンがにこりと笑ってひらひらと手を振った。
……こいつ、ほんっと女の子には愛想いいよな……。
じとりとした目で見ていたら、ライアンが不意にポツリと呟いた。
「はぁ……ルディはいいよなぁ……」
ハッとしてライアンの顔を見た。
彼は、遠ざかる2人の後ろ姿を羨望の眼差しでじっと見つめている。
……なんだよ、その切なそうな目は。
ライアンの視線の先にいたのは、幸せそうな恋人たちだった。アリスちゃんは蕩けそうな笑みを浮かべて、ルディの腕にぎゅっと抱き着いている。彼女に左腕を絡め取られたルディは、困惑しつつもうっすらと頬が緩んでいるのが分かる。
仲の良い2人を目で追いながら、ライアンがくっと口元を引き結ぶ。
まるで、何かを堪えるように。
……もしかしてお前、本当はあの子のことが好きなのか?
友人の彼女だから諦めたのか?
私への告白は……やっぱり嘘だったのか……