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騎士科は他の科とは違い、男女の割合がいびつである。女子生徒は自分を含めて、学年に4名ほどしか在籍していない。
圧倒的な人数差にもかかわらず、これまでの4年間、私は一度もモテたことがない。そんなことはないだろうと友人達には言われるが、今まで口説かれたことはおろか、女扱いすらされたことがない。
まあ、当然の帰結だと思う。
ちょっと考えてみて欲しい。男のように荒い口調で、自分と変わらない背丈をした、鋭い目つきで剣を振り回すような女を果たして可愛いと思えるだろうか。答えは否だ。
クラスメイト達には性別が一応女というだけの、男と変わらない人種だと思われている。
あいつらは私がいても、平気で着替えもすれば猥談もする。軽口のさなかにバシッと背中を叩かれることもあるが、勢いに手加減もなければ痛いと顔をしかめても、カラカラと笑いながら上辺だけの謝罪が返ってくるだけだ。
現実はこんなものである。
こんな私を、煌びやかな令嬢たちに囲まれているライアンが、本気で好きなワケがないだろう。
そもそも、あいつは私のことを嫌っているはずだ。
そうか。これはきっと、嘘の告白だな。
うんうん。そういえば噂で聞いたことがある。罰ゲームで告白だっけ? ライアンなら面白がってふざけてやりそうなことだな。
――――と、思っていたのだが。
……く、暗い……
翌日。恐る恐る斜め前を見たら、背中にどんよりと暗い雨雲のようなものを背負った赤い髪の男が、力なく頭を垂れていた。時折、深い溜息まで聞こえてくる。
なんだ、この反応は。まさか、昨日の告白が本気だったなんて言わないよな……
まさかな。はは。まさか。
元気のないライアンに、クラスメイト達が声を掛けている。
「どうしたライアン、暗いじゃねーか」
「もしかしてフラれたのか?」
「うっせーな、放っといてくれよっ」
非常に居たたまれないものを感じる。
いや、落ち着け私。なにも昨日の件が原因だとは限らないじゃないか。腹の調子が悪いのかもしれないし、首を寝違えたのかもしれない。
他にも……ほら。可愛がっていた猫が家出してしまったとか。
うん、それはショックだよな。
……猫を飼っていたなんて話は、聞いたことがないけれど。
どうにもライアンの様子が気になって、ちらちらと彼の方を見てしまう。
そうしているうちに、ふっと目が合った。気まずい、とこちらが目を逸らすよりも早く、彼の方が辛そうに眉を寄せながらプイっと顔を背けた。
…………やっぱり私が原因なのか?
むくむくと罪悪感が沸き起こる。落ち込んでいるライアンと同じ空間にいることに耐えられなくなり、廊下に出ると生徒会の面々とすれ違った。
金髪碧眼のいかにも王子様然とした、生徒会長のエリオット王弟殿下。漆黒の髪と瞳をした、艶やかな色気を放つ会計のブレッド・ハーソン子爵令息。落ち着いたブラウンの髪に深い蒼の瞳、クールで淡泊な印象を受ける書記のルディは裕福な商家の子息である。
3人ともタイプの違う美形で、女子生徒の人気を集めている。
彼らは私と入れ違うように、開け放たれた窓から教室の中を覗いている。
「あ~あ。大本命に振られちゃったみたいだね」
「ライアンでも女に振られるんだな」
「大丈夫か……あいつ」
「仕方ない。慰めてやるか」
「僕たちがけしかけたせいでもあるしね。骨は拾ってあげようか」
ぐ…………!
なんなんだこの会話は。まるで、ライアンが私に失恋したみたいじゃないか!
あれは罰ゲームじゃなかったのか!?
「僕はいけると思ったんだけどね」
「まあ、デートを断られたと言っていたしな。あいつの認識通り、勝算は薄かったんだろう」
「あんなに元気のないライアン、初めて見るな……」
またもやぐっと呻きそうになる。
まさか。
この間のアレは、真面目なデートのお誘いだったのか?
とてもそうは見えなかったが。
昨日の告白も、真面目なものだったのか?
確かに昨日のライアンは、いつもと様子が違っていた。
別人のように真剣な顔をしていた。
ライアンは、本気で私のことが好きなのか?
それならそうと言ってくれたら……!
…………。
……言ってくれたら?
私は、……一体どうしたというんだ?
ライアンの告白に、どんな返事をするつもりだったのか。
自問自答をしてみたけれど、答えは出てこなかった。
◆ ◇
レティシア・エインズワース、16歳。
特技は、剣を振うこと。
足の速さにも自信がある。柔術の類も身に着けているので、力でねじ伏せようとする相手を上手くいなすことも得意だ。以前、街でひったくりが出没した際に、全力で逃走する犯人を捕まえたことがある。
苦手なのは女らしいこと全般。
淑やかな言葉遣いや、可愛らしい仕草。足首まで隠れるようなドレスを着て、裾を踏まずに優雅に歩くこと。
刺繍なんてもってのほかだ。あれは指に針を刺して、血を滴らせるものだと思っている。
基本的な所作やマナーは厳しく躾けられたので、一応、その気になれば淑女のフリくらいはしてみせる。しかし長時間になるとまるで自信がない。デビュタントは、化けの皮がはがれる前に退散した。
年頃の令嬢たちとの会話も苦手だ。
綺麗なドレスにも、宝飾品にも、噂話の類にも全く興味がないので、会話の糸口になるようなものがない。学園で親しくなった数少ない同性の友人は、同じ騎士科の生徒の他は、商売に強い関心のある商家の娘などだった。
恋愛の話も苦手だ。恋をしたことがないから、上手い合いの手も入れられなければ、気の利いたアドバイスもしてあげられない。
婚約者がいるのに他の人を好きになってしまった……と言われても、諦めろ以外になんと声を掛ければよいのか。私の現実的な意見を聞いてがっくりと肩を落とす令嬢に、他の令嬢たちは「辛いよね」「分かるわその気持ち」などといった、寄り添う言葉を掛けていた。
次第に元気を取り戻していった彼女に、正論は正解ではないのだと気づいた瞬間だった。
「好きな人」でいいのなら、いくらでも挙げられる。
父も母も、兄弟たちも、みな大好きな私の愛すべき家族である。
私のことを理解してくれる友人たちのことも、もちろん大好きだ。気さくな医務室の先生も、厳しいけれど尊敬できる剣術の先生も、たまにおまけをしてくれる学食のおばちゃんも、みんなみんな大好きだ。クラスメイトの皆だって、ライアンのことだって、問われたら迷いなく好きだと答えられる。
けれど、それが男女の好きかと言われたら――――……
自分でもよく分からない。
私はライアンのことを、どう思っているのだろうか。
彼の剣技には間違いなく惚れ込んでいる。憧れであり目標であり、嫉妬の対象でもある。
見目だって良いと思う。背も高いし、鍛え上げられた体にはしっかりと筋肉がついていて、剣を振う姿は非常に様になっている。顔立ちも整っているし、女の子たちに騒がれるのも頷ける。
チャラチャラした服装はどうかと思うものの、正直、彼にはとても良く似合っている。シャツのボタンを首元まできっちり留めたライアンの姿を想像してみたが、違和感しかなかった。品行方正な姿のライアンなど、ライアンの真似をした別人に見えて、気味が悪い。
沢山の女子生徒を侍らせているものの、朝も放課後も自主練は欠かさないし、オンとオフの切り替えはする。普段は不真面目に見える彼だが、剣を構えた時はドキリとするような真剣な顔もしてみせる。
そういったところは好ましいと思っている。
棘のある態度はどうかと思うけれど、彼も複雑な心境だと思えばそこまで気にならない。
少なくとも、悪意は感じないのだから余計だ。
人間としては好きな部類に入る。
じゃあ、男としてみた場合はどうなのか。
…………だめだ、ピンとこない。
だって私にとってライアンは、研鑽し合うライバルであり、気のいい友人であったのだ。
それを突然、異性としてどう思うかと問われても……
「うう……分からない……」
なんだこの難しい問題は。苦手な数学よりも遥かに難解じゃないか。
呻き声をあげながら頭を抱えてしまう。
ふっと、脳裏に浮かぶ。ライアンがいつものように、ニヤリと不敵に笑って私を見下ろしている。くそう、笑うんじゃない。おまえのせいなんだぞ。おまえがあんなに落ち込むから、私だって、もっと真面目に考えなきゃと思ってこうして悩んでいるんじゃないか。
「ええい、明日も早いんだ。もう寝よう!」
こんなの即答なんて出来るわけがない。
ライアンのことはまた明日考えよう――――……
そう思ってベッドの中に潜り込んだのに、数秒も経たないうちに昨日の出来事が頭に浮かんでしまった。
『放課後に……校舎裏まで来い!』
あの時のライアン、真っ赤な顔をしていたな。
私を睨みつけていたから、てっきり決闘かと思ってしまったけれど――――今思うと、あれは照れ隠しだったのだろうか。
ふふっ、意外と可愛いところがあるじゃないか。
『そんな奴のことは、さっさと忘れろ』
あの時も頬がほんのり赤かったな。そっけない言い方だったけれど、ライアンの優しさを感じて懐かしいと思った。昔からそうだった。私が落ち込んでいると、ライアンはいつもさり気なく慰めてくれていた。
差し出された手のひらは、変わらず温かいと思った。
『レティシア、好きだ』
っ!! だからもう、寝るって言ってるだろっ!!
真剣な顔で告白をするライアンが浮かんで、慌てて布団を頭から被った。余計なことを考えている場合じゃない。明日も朝からトレーニングだ。しっかり眠らないと身体が持たないぞ!
『オレと、付き合ってくれ』
…………っっっっ!!!
決意をしたはずなのに。眠ろうとする度にライアンのことを思い浮かべてしまい、その晩はいつまで経っても眠りにつくことが出来なかった。