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放課後、同じ騎士科のDクラスまで足を運んだ。
教室の入口から中を覗くと、奥の方に足に包帯を巻いた男子生徒がいた。彼はふてくされた顔をして、左腕に包帯を巻いた男子生徒と愚痴を言い合っていた。
……たぶん私のことなんだろうな。
自分の実力が周りと比較してどんどん落ちている自覚はあった。だから少しでも腕をあげたくて、放課後や早朝、休日もかまわず騎士科の訓練所にこもり、鍛錬に励んでいる。
昨日も自主練をするべく早朝から学園に出向いていた。王都にある別宅から学園までは近い。いつものように訓練着のまま家を出て、ランニングがてら走って学園に到着し、誰もいない訓練所でひたすらトレーニングに勤しんでいたら、あの2人が私の前に現れたのだ。
最初は、自分と同じように自主練に来たのかと思った。
でもそれは、すぐに違うと分かった。2人とも、私を見てにやにやと笑いながら、剣を向けてきたから。
『お前、女の癖に生意気なんだよッ!』
2人がかりなら倒せると思ったのだろう。
威勢のいい声と同時に、あいつらは2人まとめて私に襲い掛かってきた。さすがに真剣ではなく練習用の刃を潰した剣だったが、怪我をさせるつもりでいたのは明らかで、振り下ろしてきた剣に容赦はなかった。あんなのは打ち合いじゃない、ただのいじめだ。
女の癖に。
そういった嫉妬を向けられたのは、これが初めてじゃない。
でも、敵意をむき出しにして襲い掛かられたのは、これが初めてだった。
理由は何となく察することが出来る。誰しも格上の相手には怯むものだ。それはつまり、今の私の実力ならどうにかなると、こいつらに思われているということだ。
苦いものが胸の内に広がる。
相手は一番下のDクラスの生徒たちである。対する私はギリギリとはいえAクラス。それでも、2対1というハンデは中々キツかった。少しでも加減をするとこちらがやられそうになる。余裕なんて全くなくて、返り討ちにはしたものの、2人には大きな怪我をさせてしまった。
白い包帯が痛々しい。さすがにどちらも折ってない……と思いたい。
ちなみに、剣はしっかり折ってしまっている。
「な、なんだ!」
自分たちの前に現れた私を見て、2人がびくりと肩を揺らした。
「すまなかったな、2人とも。昨日は上手く加減が出来なくて」
「はあ? お前……おれらを馬鹿にしてるのか!?」
「いや、やりすぎたと思って謝りに来たんだ。これ、受け取ってくれ。一応、詫びのつもりだ」
「はっ。詫びだって?」
昨日購入した菓子の包みを2人に差し出すと、足を怪我した方の奴に勢いよく手で払いのけられた。
綺麗に空を舞った紙袋が教室の床に落ち、ぐしゃりと嫌な音を立てる。
もう片方の男が忌々しげにそれを踏みつけた。
「こんな怪しげなもの、おれたちが受け取るとでも思ってんのかよ!」
「いや、王都で有名な菓子なんだが……」
「うるさいっ! 詫びだとか加減だとか、なめんじゃねーよ。こんなもので懐柔しようとするなんて、どこまで俺たちを馬鹿にしたら気が済むんだ!」
「そんなつもりは……」
ざわざわと教室の中にざわめきが広がる。ふっと周囲を見回せば、皆が私に冷ややかな視線を向けていた。ここはもう引き下がるしかない。
言葉をグッと呑み込んで、床に落ちた包みを拾い、教室の外に出た。
◆ ◇
馬鹿にしたつもりはなかった。
私がもう少し強ければ、気を失わせる程度で抑えることが出来たのだ。襲い掛かってきたのは向こうだが、やりすぎたのはこちらだ。怪我をさせて悪いと思った。だから、謝りに行った。
だけど、怒らせるだけで終わってしまった。
――――今の私は、中途半端なんだ。
一目置かれるほど強いわけじゃないけれど、嫉妬心を煽る程度の実力はある。すれすれのAクラス。それは、隙があれば足を引いてやろうと思えるぐらいの、中途半端な位置だった。
これがライアンなら、あいつらも手出しなんてしなかった。
この菓子も大人しく受け取っていただろう。
まあそれ以前に、ライアンの実力なら怪我なんてさせていなかったと思うが。
その日は訓練所に行く気力が起きなくて、私は誰もいない教室で机に頭を伏せていた。視界の端にある埃にまみれた紙袋をじっと眺めていると、がらりと教室の扉が開く音がした。
「レティシア? まだ残っていたのか、お前」
「ライアン……」
ゆっくりと顔をあげる。入ってきたのは、赤い髪をした背の高い男だった。彼は生徒会にも入っていて、副会長を務めている。剣に全力を注いている私はこんなに中途半端なのに、こいつは色々なことをこなしながらもあんなに強いのだ。
深いため息がこぼれる。
「お前の言うとおりだったよ」
「ん?」
「喜んでもらえなかった」
自嘲気味に笑って、机の上に置いた菓子の残骸をじっと見る。こんなもので機嫌を取ろうだなんて、本当に馬鹿だった。私から物をもらって、あいつらが喜ぶはずもなかったのに。
「オレが貰ってやるよ」
「え、ライアン?」
「貰ってやるって言ってんだよ! ほら、早くしろ」
足跡のついた紙袋。中身だって、ぼろぼろになっていると容易に想像できるのに。
びっくりして顔をあげると、ライアンがそっぽを向きながら私に手のひらを向けていた。
頬がほんのり赤い。……もしかして照れているのかな。
すっかり愛想をつかされて、嫌われているかと思っていたけど。
……意外とそうでもない?
「そんな奴のことは、さっさと忘れろ」
「…………うん」
私に向けられた大きな手のひらは、昔のように温かだった。