表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/13


 放課後、同じ騎士科のDクラスまで足を運んだ。


 教室の入口から中を覗くと、奥の方に足に包帯を巻いた男子生徒がいた。彼はふてくされた顔をして、左腕に包帯を巻いた男子生徒と愚痴を言い合っていた。


 ……たぶん私のことなんだろうな。


 自分の実力が周りと比較してどんどん落ちている自覚はあった。だから少しでも腕をあげたくて、放課後や早朝、休日もかまわず騎士科の訓練所にこもり、鍛錬に励んでいる。


 昨日も自主練をするべく早朝から学園に出向いていた。王都にある別宅から学園までは近い。いつものように訓練着のまま家を出て、ランニングがてら走って学園に到着し、誰もいない訓練所でひたすらトレーニングに勤しんでいたら、あの2人が私の前に現れたのだ。


 最初は、自分と同じように自主練に来たのかと思った。

 でもそれは、すぐに違うと分かった。2人とも、私を見てにやにやと笑いながら、剣を向けてきたから。

 

『お前、女の癖に生意気なんだよッ!』


 2人がかりなら倒せると思ったのだろう。

 威勢のいい声と同時に、あいつらは2人まとめて私に襲い掛かってきた。さすがに真剣ではなく練習用の刃を潰した剣だったが、怪我をさせるつもりでいたのは明らかで、振り下ろしてきた剣に容赦はなかった。あんなのは打ち合いじゃない、ただのいじめだ。


 女の癖に。

 そういった嫉妬を向けられたのは、これが初めてじゃない。


 でも、敵意をむき出しにして襲い掛かられたのは、これが初めてだった。


 理由は何となく察することが出来る。誰しも格上の相手には怯むものだ。それはつまり、今の私の実力ならどうにかなると、こいつらに思われているということだ。

 

 苦いものが胸の内に広がる。


 相手は一番下のDクラスの生徒たちである。対する私はギリギリとはいえAクラス。それでも、2対1というハンデは中々キツかった。少しでも加減をするとこちらがやられそうになる。余裕なんて全くなくて、返り討ちにはしたものの、2人には大きな怪我をさせてしまった。


 白い包帯が痛々しい。さすがにどちらも折ってない……と思いたい。


 ちなみに、剣はしっかり折ってしまっている。


「な、なんだ!」


 自分たちの前に現れた私を見て、2人がびくりと肩を揺らした。


「すまなかったな、2人とも。昨日は上手く加減が出来なくて」

「はあ? お前……おれらを馬鹿にしてるのか!?」

「いや、やりすぎたと思って謝りに来たんだ。これ、受け取ってくれ。一応、詫びのつもりだ」

「はっ。詫びだって?」


 昨日購入した菓子の包みを2人に差し出すと、足を怪我した方の奴に勢いよく手で払いのけられた。

 綺麗に空を舞った紙袋が教室の床に落ち、ぐしゃりと嫌な音を立てる。

 もう片方の男が忌々しげにそれを踏みつけた。


「こんな怪しげなもの、おれたちが受け取るとでも思ってんのかよ!」

「いや、王都で有名な菓子なんだが……」

「うるさいっ! 詫びだとか加減だとか、なめんじゃねーよ。こんなもので懐柔しようとするなんて、どこまで俺たちを馬鹿にしたら気が済むんだ!」

「そんなつもりは……」


 ざわざわと教室の中にざわめきが広がる。ふっと周囲を見回せば、皆が私に冷ややかな視線を向けていた。ここはもう引き下がるしかない。


 言葉をグッと呑み込んで、床に落ちた包みを拾い、教室の外に出た。




 ◆ ◇




 馬鹿にしたつもりはなかった。


 私がもう少し強ければ、気を失わせる程度で抑えることが出来たのだ。襲い掛かってきたのは向こうだが、やりすぎたのはこちらだ。怪我をさせて悪いと思った。だから、謝りに行った。


 だけど、怒らせるだけで終わってしまった。


 ――――今の私は、中途半端なんだ。


 一目置かれるほど強いわけじゃないけれど、嫉妬心を煽る程度の実力はある。すれすれのAクラス。それは、隙があれば足を引いてやろうと思えるぐらいの、中途半端な位置だった。


 これがライアンなら、あいつらも手出しなんてしなかった。

 この菓子も大人しく受け取っていただろう。


 まあそれ以前に、ライアンの実力なら怪我なんてさせていなかったと思うが。



 その日は訓練所に行く気力が起きなくて、私は誰もいない教室で机に頭を伏せていた。視界の端にある埃にまみれた紙袋をじっと眺めていると、がらりと教室の扉が開く音がした。

 

「レティシア? まだ残っていたのか、お前」

「ライアン……」


 ゆっくりと顔をあげる。入ってきたのは、赤い髪をした背の高い男だった。彼は生徒会にも入っていて、副会長を務めている。剣に全力を注いている私はこんなに中途半端なのに、こいつは色々なことをこなしながらもあんなに強いのだ。


 深いため息がこぼれる。

 

「お前の言うとおりだったよ」

「ん?」

「喜んでもらえなかった」


 自嘲気味に笑って、机の上に置いた菓子の残骸をじっと見る。こんなもので機嫌を取ろうだなんて、本当に馬鹿だった。私から物をもらって、あいつらが喜ぶはずもなかったのに。


「オレが貰ってやるよ」

「え、ライアン?」

「貰ってやるって言ってんだよ! ほら、早くしろ」


 足跡のついた紙袋。中身だって、ぼろぼろになっていると容易に想像できるのに。


 びっくりして顔をあげると、ライアンがそっぽを向きながら私に手のひらを向けていた。

 頬がほんのり赤い。……もしかして照れているのかな。


 すっかり愛想をつかされて、嫌われているかと思っていたけど。

 ……意外とそうでもない?


「そんな奴のことは、さっさと忘れろ」

「…………うん」


 私に向けられた大きな手のひらは、昔のように温かだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] やれやれ。 強い女性とはいえ女性を相手にしかも二人がかり……その時点で騎士目指すのやめぇやどっちかというと盗賊やん(# ゜Д゜) ライアン。 普段からこんなんだったらのぉ……すれ違いはなか…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ