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 3年目の終わりに行われた剣術大会。

 そこで私はライアンに負けた。それはもう、完膚なきまでに。

 その日から、彼は変わってしまったのだ。


 それまでの友好的な態度から、一転。

 ライアンは、顔を合わせるたびに私に悪態をついてくるようになった。


「なんだよ、そのみっともない前髪は。寝ぐせがついたままじゃねぇか。まったく、鏡も見ずに家を出るとか、それでもお前は女なのか?」


 ――――といっても、内容は非常につまらないものなのだが。


 こんなことを言うために早朝の校門で待ち構えていたのかと思うと、腹を立てるよりも呆れる気持ちが前に出る。得意気に見下ろしてくる彼の前を、スタスタと無言で通り過ぎていくと、後ろからぐいっと腕を掴まれた。


「おい、無視するんじゃねーよっ!」

「早朝から大声を出すなよライアン、近所迷惑だろ。腕も痛いから離してくれ」


 顔をしかめると、ハッとした顔をして手を離してくれた。


 ライアンは気が短くて攻撃的ではあるのだが、意外と優しい。謝りこそしないものの、私の腕を心配そうにじっと見つめている。


「ははっ、気にしてくれてるのか? 心配しなくても、そんなにか弱い腕じゃないから大丈夫だ」

「なっ! 別にオレは気にしてなんか――――」

「もしかして髪のことも気にしてくれたのか? でもどうせこれから鍛錬するんだ。整えてもすぐに乱れるから、後で直すよ。じゃあな!」


 ひらひらと手を振ると、真っ赤になったライアンが私の後を追いかけてきた。


 



 

 あれから結局、授業が始まるまで2人で早朝の鍛錬に励んでいた。

 毎度おなじみのパターンである。


 といっても同じ空間にいるだけで、お互いに別々のことをしていたのだが。


 あの日からライアンは剣を合わせてくれなくなった。弱い私の相手は嫌なのか、声をかけてもいつもすげなく断られてしまう。先程の様子から、以前のような関係に戻れないかと期待をしてみたのだが、やはり今日も駄目だった。


 諦めて大人しく練習用の人形相手に剣を振りかざす。一度断られたら、もうそれ以上私からは何も言えない。

 彼にしてみたら、格下の私とやりあっても得るものは何もないのだろう。


 剣を振り下ろしながら、少し離れた場所で剣を振うライアンを横目でちらりと見た。


 彼は別人のように真剣な顔をして、真っ直ぐに前を見据えてる。そこには私に向けられるような、にやにやとした薄っぺらい笑みや、嘲るような目つきは欠片も存在していない。ひたすら真摯な眼差しが剣の先に向けられている。


 彼が振り下ろす剣の音が、鼓膜に心地よく響く。額からは幾筋も汗が流れて落ちていて、動くたびに辺りに飛び散っている。その光景があまりにも美しくて、しばし見惚れてしまう。


 あの剣の向こうに、私は立っていたかった。

 あの眼差しを受け止め続けていたかった。


 ――――今ではもう、叶わないことだけど。


 私が落ちぶれてしまったことに、おそらく私以上にライアンが苛立っているのだと思う。

 この学園に入学して、初めて彼と剣を合わせた後。ライアンはそれはもう嬉しそうな顔をして私に駆け寄り、太陽のような眩しい笑顔を見せてくれたのだ。


『オレとここまでやり合えるなんて、お前、強いな! あ~~~嬉しいぜ、この学園にお前みたいな奴がいて!』


 それなのに、……このざまだ。


 彼にしてみれば、肩を並べて張り合っていたライバルが、あっけなく脱落してしまったのだ。彼なりに喪失感を抱えていて、それであんなふうに突っかかってくるのかもしれない。


 ライアンは私に、対等に打ち合える関係に戻って欲しいのだろうか。

 ……でも、それはもう無理なんだ。


 手合わせの相手くらいなら、私でもできる。でも……本気で打ち合って、いい勝負に持ち込むことなど、無理だ。


 あの頃に戻るなんて、もう出来ない。




 ◇ ◆




 昼休みに食堂でオムライスを食べていたら、ライアンがやってきた。


「今日も一人か。寂しい奴だな」


 そう言ったライアンも、珍しく一人きりだった。


 彼はチャラチャラとした軽い男だが、これでも顔立ちは整っているので令嬢たちに人気があるのだ。


 確かに背は高いし、剣を振う姿は問答無用でカッコいい。私に対する態度はアレだが、他の子には人当たりの良い態度を取っているので、いつもたくさんの女子生徒に囲まれている。


 ライアンが悪態をつきながらも、食事の載ったトレーを私の目の前に置く。

 ……まさかとは思うが、一緒に食べる気なのか?


「ライアンこそ珍しく一人じゃないか。いつもの取りまき連中はどうしたんだ?」

「オレだって、たまには一人になりたい時もあるさ」


 一人になりたいと言いながら、なぜ私の目の前の席に座るんだ?

 おかしな奴だな。


「――――ん?」


 どこからか、じっとりとした視線を感じる。周囲をぐるりと見回せば、私たちをじっと見つめる複数の女生徒たちがいた。

 顔ぶれにどことなく見覚えがある。あれは、いつもライアンに群がってる子たちじゃないか……?


 心なしか、彼女たちの視線が鋭い気がする。


 ……そりゃそうだろな。一人になりたいと言って去った男が、他の女と一対一で食事をしているのだ。その理不尽さに腹を立ててもおかしくない。


「まあ、たまには一人で静かに己と向き合いたい時もあるよな。安心しろ。手早く食べて、さっさと退散してやるよ」


 ここは早急に撤退した方がよさそうだ。

 そうと決まれば、手早くオムライスを片付けていく。揉め事はごめんだ。


「なっ! そんなに急いで食わなくてもいいだろ……! もっとゆっくり食えよ。ゆっくり!」

「ん? 一人になりたいんだろ?」

「お、お前はいいんだよ。お前は……」

「……え?」


 意味が飲み込めず首を傾げると、ライアンが気まずそうに視線を横に逸らした。


「レティシアは、その…………騒がしくないからな」


 そりゃ、ライアンがいつも連れ歩いている女の子たちのように、キャーキャーと騒ぐことなんてしないけど……


 それって、要するに女カウントされていないということか?


 それならそうと、声を大にしてあの子たちに言ってやってくれ。こうしている間もジロジロと見られていて、非常に落ち着かないのだが。


 ライアンは周囲の視線に気にする様子もなく、食事を続けようとしている。

 慣れか。慣れなのか。すごいな。日常的に沢山の視線に晒されるとか、私なら耐えられん。


「大勢に囲まれるのも大変なんだな。休日まであの集団と過ごすとか、ものすごく疲れそうだ」

「別に大変とか思ったことねーけどな。女の子に囲まれるのは悪い気しねぇし」

「ふーん、そういうものなのか」

「そういうお前はいつも一人だよな。昨日も一人寂しく街を歩いていたが、もしかしていい年してデートの一つもしたことないんじゃねーの?」

「ああ、ないな」

「はっ、やっぱりそうか。哀れな奴だな」


 なんでそんなに嬉しそうなんだ?

 デートをしたいと思ったことがないから、哀れでもなんでもないのだが。

 

「そうだな。お前がどうしてもって言うなら、このオレがデートをしてやってもいい」

「ライアンと、デート?」


 昨日の光景を思い浮かべた。彼の周りにわらわらと、着飾った女の子たちが群がっている。あの中に混ざって街を歩くのか……絶対にごめんだな。


「ああそうだ。このままじゃお前、一生縁がなさそうだからな。慈悲深いこのオレが、男に縁のない可哀想なお前とデートをしてやるよ」

「ははっ、冗談。そんな暇があるなら鍛錬するさ」


 何が悲しくて、あのチャラチャラとした集団に入らねばならんのだ。

 休日の無駄遣いだ。そんなことをする時間があるなら、少しでも強くなるために剣を振るいたい。


 でも……


 目の前の彼をじっと見つめる。いつも大勢の女の子を引き連れて、へらへらと笑っている軽そうな男。


 左耳には瞳の色と同じ金のピアスをつけていて、胸元のボタンは上から3つも外れてる。大胆に開いたシャツの隙間からは、じゃらじゃらとした金のチェーンがちらりと見えた。その様子に、すっと目を細める。


 このチャラチャラした男は、強い。

 

 放課後も休日も必死になって訓練に励んでいる私より、はるかに強い。


 嫉妬でキリリと胸が痛くなる。悔しい。脇目もふらずに頑張っている私よりも、休日に女の子たちと楽しんでいるライアンの方が、ずっと強いのだ。


「……なんだよ、その目は」

「いや、なんでもない」

「やっぱりデートして欲しくなったのか?」

「いや、それはない」


 分かってる。彼だって、みんなが見ていないところで技を磨いてる。早朝も放課後も、毎日のように同じ空間にいて、頑張っているのを知っている。


 何もしていないわけじゃない。


「っっっ!! ほんっっっと、可愛くねー奴だなっっ!!」


 分かっているけど気は晴れない。

 もやもやしながら食べたオムライスは、鉛のように重かった。


ライアンの前をスタスタと通り過ぎるレティシアの図。

練習の時はピアス以外はずしてます。


挿絵(By みてみん)

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― 新着の感想 ―
[一言] おいおい。 構ってほしいヤツの台詞じゃねーな(# ゜Д゜) まず上から目線ってのを。 マウント取ろうとする精神性をどうにかせぇよ(# ゜Д゜) じゃねぇとすれ違うばかりかヘイトを向けられ…
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