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 怪我の痕跡がすっかり消えた、ある日のこと。

 私はライアンを、放課後の誰もいない校舎裏まで呼び出した。


 もちろん彼に告白するため――――ではなく、約束を果たしてもらうためである。


 大きな木にもたれ掛かり、向こうに見える赤髪の彼に手を振った。校舎裏は今日も人の気配を感じない、静かな場所だった。


 頬に当たる風が、とても爽やかで心地良いせいだろうか。以前のようにじめじめとした暗い印象は受けない。

 見上げると、綺麗な青空が広がっていた。

 

 ライアンは愛用している赤い剣を携えていた。服装は私と同じ訓練着。ちゃんと戦う気で来てくれたことに、歓喜のあまり震えが走る。彼と打ち合うのは一年ぶりだ。


 ――――だめだ、嬉しくて口元が緩んでしまう。


「もう体は平気なのか?」

「ああ。痣も消えたし、痛みもない。すっかり元通りだ」

「……適当に誤魔化してないか? 本当に大丈夫なんだろうな?」


 左腕をぐるぐると回してアピールしてみせたのに、ライアンが疑わしそうに眉を寄せている。


 くすっと笑みが零れた。そんなに心配しなくても大丈夫なのに。あれから一月は経っているのだ。あの程度の怪我、万全な状態に戻っているに決まっているじゃないか。

 すっかり綺麗になった横腹を見せてやろうとしたら、ようやく納得したのか慌てて止められた。


「全力でいって、本当にいいんだな?」


 ライアンが鞘から剣を抜く。

 きらりと光るものが目に入り、どくん、と胸が音を立てる。


「ああ。手加減はしないでくれ」

「怪我しても知らねぇぞ」

「望むところだ。たとえ骨が折れても後悔しないから、安心してかかってきてくれ」

「骨なんて折るかっ! ったく、あいつらと一緒にすんじゃねーよ」

「ははっ、そうだな。……ライアンのこと、信じてるよ!」


 その言葉と同時に、地を蹴った。

 剣を構えて、ライアンに向かっていく。


 その瞬間、彼もがらりと表情を変えた。私の剣を真正面から受け止めて、弾き返してくる。記憶に残るものよりも、遥かに重い衝撃。それだけで吹っ飛びそうになるのを、懸命に堪えた。


「覚悟しろよ、レティシア」


 私を真っ直ぐに捉えた、金の瞳にぞくりとする。


 大柄な体格に見合わないスピードで繰り出される素早い剣に、私も反撃の糸口を探りながら必死に身をかわし、弾いていく。彼の一撃は強力だ。たった数合の打ち合いなのに、既に腕はジンジンと痺れて痛くなっていた。

 わずかに見えた隙をついて、こちらからも攻撃を仕掛けてみる。けれど難なく受け止められ、呆気なくねじ伏せられてしまう。


 ……ははっ。まったく敵わないや。


 可笑しくて、笑いが込み上げてきそうになる。

 

 私の攻撃は、何ひとつとして彼を追い詰めていないのに。

 必死に防いでいる攻撃は、彼にとって明らかに序の口であると実感できるのに。


 圧倒的な実力差を見せつけられて、こんなにも爽快な気分でいられるなんて。 


「笑ってるのか? はは、余裕じゃねぇか」

「ライアンこそ、様子見ばかりしてるじゃないか」

「そうだな。――――お望み通り、終わらせてやるよ」


 眇められた金色の瞳にぞくぞくする。

 どこまでも真っ直ぐで、なによりも純粋で、狙いを定めた獣のように獰猛に光る、金の瞳。


 この目に今、私が映っている。


 もっと、もっとその目で私を見て欲しい。

 その想いが全身を駆け抜ける。

 

 ライアンが大きく剣を振りかぶった。

 空いた胴に狙いを定め、私も剣を振りかぶる。


 ――――カキンッ!!


 剣と剣が派手にぶつかる音がした。私の狙いは読まれていたようで、渾身の一撃を防がれてしまう。今までにない大きな衝撃が腕に走り、私の愛剣が青い空へと飲み込まれて行った。

 防ぐものを無くした私に、彼が勢いよく剣を振り下ろす。


 …………完敗だな。



 不思議と、すっきりした気持ちだった。

 呆気なく負けてしまったのに、あの時と違って、今は少しも焦りを感じていない。届かない焦燥感よりも、打ち合える喜びの方が圧倒的に勝っていた。


 戦ってみて、よく分かった。

 私が必死になっていたのは。強くなりたいと願っていたのは。

 いつまでもこんな風に……



 ――ライアンが構える剣の向こう側に立っていたくて、私は頑張っていたんだな。




 口元が弧を描く。

 赤い剣の先は、私に当たる寸前でぴたりと止まった。










「やっぱりお前はすごいな、ライアン」

「レティシアこそ。……最後、目を閉じるかと思ったぞ」

「ははっ、信じてるって言っただろ」


 ライアンは、約束を守ってくれると信じてた。


 あいつらのように女だからと馬鹿にせず、実力差があろうとも真剣に打ち合ってくれると信じてた。


 私に振り下ろした剣の先。あの勢いだってきちんと殺せる―――――そう信じていたから、あいつらの時のように目をつむろうなど微塵も思わなかった。


 むしろ最後の瞬間まで、彼の剣を見ていたかった。


 目を閉じるなんて――――そんな勿体ないこと、する訳ないじゃないか。


「今日は本当にありがとう。ライアンと久しぶりに打ち合えて、楽しかったよ」


 フフッと笑いながらその場に腰を下ろす。

 ライアンも私の隣にどかりと腰を下ろして、ぐしゃぐしゃと照れくさそうに髪を掻き上げた。


「…………オレもだよ」

「えっ」

「オレも、久しぶりにレティシアと打ち合えて……楽しかった」


 ビックリしてまじまじと見てしまう。

 あんなに実力差があったのに。

 自分よりも弱い相手とやり合って、……楽しかったのか?


「なんだよその疑いの目は」

「だってほら、……弱かっただろ?」

「強いとか弱いとか関係ねーよ。前にも言ったろ? お前ほどいい目をしてかかってくる奴は他にいねーって。今でもそうだ。ちっとも変わらねぇなって、ワクワクしながら打ち合ってた」


 ライアンに認められている。

 その事実がたまらなく嬉しくて、胸に熱いものが込み上げてくる。


「ライアンこそ、すごくいい目をしていたぞ」

「そうか?」

「ああ、本気の目をしていた。その目に映りたいと……ずっと、思っていたんだ」

「………オレもだ……」


 そう、いつも。

 訓練所で、剣を振う彼を横目で見ながら私は願っていた。


 この真剣な目線の先にいるのが、他の誰でもなく自分であればいいのに、と……。


 なんだ、そういうことだったのか。


 隣の彼を見上げながら、くすりと笑って肩をすくめる。答えは簡単なことだった。私は、本気のライアンにずっと焦がれていたのだ。


 そりゃ、ライアンが女の子に囲まれていても嫉妬しないわけだ……


 あの中に特別な子がいなかったことも。

 ライアンが誰に対しても本気じゃないことも、私は分かっていたからだ。

 

 アリスちゃんにもやもやしたのは、ライアンの目が切なそうに見えたからで。

 本気で好きなのかな……と思ってしまったからで。


 それってつまり。 


「嫉妬、か」

「ん?」


 ライアンが、さっぱり分からないという風に首を傾げている。


「好きってことだよ」

「――は?」

「告白してくれただろ? あれからずっと考えていたんだが、どうやら私もライアンのことが好きみたいだ。……って今更か」

「……………………は?」


 金の瞳が限界いっぱいまで見開かれている。

 そんなに衝撃的なことを言ったかな。


 ……言ったかも。


 ライアンが沈黙したままちっとも動いてくれないから。自分が口にした言葉を改めて思い返しているうちに、急激に胸がドキドキし始めた。


「はは、告白ってすごくドキドキするんだな。初めて知ったよ。……それなのにごめん。ライアンが一生懸命告白してくれたのに、気持ちを疑うような返事をしてごめんね」


 今思えば、彼の気持ちは一目瞭然だったのだ。


 あんなに真面目な顔をしてくれていたのに。そんな簡単なことに気付けないくらい…………私は、ものすごく動揺していたんだな。


 そう。今の、ライアンのように。


 真っ赤になったまま動かない彼に、苦笑しながら右手をスッと差し出した。

 

「一度断ったくせに、調子のいいことを言っているのは分かってる。それでも、もし。もしも赦してくれるのなら、私と、付き合ってくれませんか……?」


 ライアンの顔が、一転して真面目なものに切り替わった。


「ぜんっぜん、今更じゃねえよ……。悪いのはオレの方だ。レティシアに信用されなかったのも、断られたのも当たり前だ。オレの方こそ……あんな態度を取っていて、悪かった」


 ライアンが私を真っ直ぐに見つめている。校舎裏に呼び出された時と同じ顔。普段の彼とは別人のような、真剣な金の瞳が私を射貫いている。


 私も真っ直ぐに見つめ返した。

 もう2度と、見間違えないように。


「オレも好きだ。レティシアのこと、まだまだ余裕で好きだよ。こんなどうしようもないオレでも赦してくれるというのなら、その手を取らせて欲しい。……これからも、レティシアと一緒にいたいんだ」


 目を見れば疑いようもなかった。

 彼の気持ちは、自分と全く同じものだった。そのことが嬉しくて、ふふっと笑みが零れた。


「取ってよ、ライアン」


 2人の手が重なった。私よりも一回り大きな彼の手は、今日もやっぱり温かくて、力強かった。


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― 新着の感想 ―
[良い点] はぁぁぁ!両思いになってる!! 良かったです(≧∀≦)素直になれていろいろ腑に落ちました。 金色の瞳で真剣に相手してくれるのカッコいい! 同じ赤毛なんだからオルフェルも頑張れと思ってしまい…
[良い点] レティシアちゃん、かっこいい! 本気で戦って、いろいろスッキリしたみたいでよかったです。 そこからの告白……! ライアンくんはすごく嬉しかっただろうなあ。「まだまだ余裕で好きだよ」というセ…
[一言] ウフフフフ(*´艸`*) おめでとうご両人( ´∀` ) でもってなぜそもそも嫌われてると思うような事態が起きたのか……その謎は次回辺りかな????
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