第六話 実情
「ヘべちょッ!!」
王との話を終えて再び牢屋へとぶち込まれた俺は顔から床に落ちて情けない声が漏れた。衛兵が鍵を閉めて出ていくと隣の牢のヨルは「生きて戻ってきたって事は永久収監ってところか……」とポツリと呟き、俺は顔を擦りながら「俺……君を巻き込んじゃったみたいだ」と先程のことを振り返りながら返した。
その様子に彼女は「どういうこと?」と返し、俺は「ごめん……でも今はそっとしておいて」とやるせなさと複雑な思いが自分の中で渦巻いており、彼女を遠ざけようとした……が「巻き込んだと思うんなら説明くらいはしなさい!責めるのか責めないのかは私が決めるから!」と俺を逃さず声を強め、仕方なく俺は包み隠さずに王の御前での出来事を語る。
全てを語り終えると彼女はかなり驚いた様子で声を震わせながら「こんな事になるなんて……」と呟き、俺はその様子から彼女からの罵詈雑言を覚悟したが……返ってきた言葉は予想外のもので「貴方って面白いね。」だった。
「まぁ私としては一生出られないと思ってたし、外の空気を吸えるってだけで巻き込んでくれて感謝だね」
というヨルの言葉に救われながらも日の巫女の言っていた手綱という言葉が過った……が今は俺の案内人を彼女が引き受けてくれた事に感謝しよう。そして万が一、彼女が案内の途中消えたとしてもそれは彼女の意思として尊重しようと心に決めた。
陽が沈みかけた頃だろうか……ヨルさんは先程の兵士達に先に牢から連れ出された。まだ夜には早いはずだが……と彼女を心配していると兵士ではなく神官の身なりの青年が現れて俺は布袋を被せられる。
王の御前へ行く際もこんな布袋被せられなかったのに突然こんなものを被せられた事に俺は戸惑ったが何より戸惑ったのは荒々しかった兵士達の扱いとは異なり、異様なまでに丁寧だった事だ……なんなら段差の位置まで教えてくれる……気持ち悪い。
全てされるがままの状態で俺はある場所で連れらて座らされてしばらく待っていると「ありがとう。ここは彼と私だけにしてもらえますか?」と人払いを願う声が聞こえ、次に扉が閉まる様な音がした。
布袋を取られ目を開けると目の前には先程の幼女日の巫女様が立っており、周りを見渡すと薄暗くまるで世界から切り離された空間の様な雰囲気を漂わせていた。ゾワゾワと鳥肌がずっと立ち続ける感覚だ。
そんな異様な雰囲気の中で「こんな事になってしまって申し訳ございません……けれどこれが貴方にできる最善の手であったとわかってください」と日の巫女は頭を下げた。
思わず俺は彼女に近寄って「そんな!余所者の俺なんかのために!」と頭を挙げる様に伝えた。きっとヨルさんを案内人として進言したのも彼女の最善手だったのだろう。
ただ一つ……今夜国を出る俺をなぜここに呼んだのかがわからない。厳密に言えば俺だけを呼んだ意味が。
「しかし、日の巫女様はなぜ俺をここに?」と尋ねた俺に対して「貴方を異界の間へ連れてきたのは貴方の旅路が非常に厳しくも険しい道のりであると教える為です」と言って日の巫女は袖口から布に包まれた何かを取り出して渡した。
布を開いてみるとその中から脇差の様な小刀が顕になり、彼女の渡したこれが何を示しているのかそれだけで大凡察しがついてしまったが「これの持ち主は……?」とあえて尋ねる。その問いに対して日の巫女は何も言わず顔を横に振り、薄暗い部屋に目が慣れてきた俺は周りを見渡すとその光景こそ全てを物語っている事に気がつく。
部屋……というよりか倉庫の様に広く……機械の残骸……恐らく零戦だったものに銃剣。その奥は兜や甲冑に刀。まるで歴史や文化博物館の様に俺が知り得るもこの世界には存在し得ないはずの物が沢山並んでいた。
俺の反応を見てか日の巫女は「やはりご存じなのですね……」と一言呟いて説明を始める。
「数十年前までは……異邦人が流れ着く事自体が稀であったと聞き及んでいます。しかしいつからか魔物や魔族と呼ばれる異形の者達までもが流れ着く様になりシオンの地は今、異界の者と我々先住の民との睨み合いの胴中です。異邦人の貴方をミナカタ様は隠すつもりでいた様ですが……死後に生き返った……と聞いてはそのままにしておく訳にはいきません。」
ミナカタの話していた魔物や魔族……本来は俺と同じ異なる世界からやってきた存在。
だからといって異邦人に対して次第処刑か永久収監というのはいくらなんでも重すぎるのではないか……俺超人畜無害で田舎暮らししてただけだってのに……と少し不満げな表情が出ていたのかはわからないが日の巫女は察した様に話を続け
「異邦人は今世の人に持ち合わせない思考や技術を持っている方ばかりで……その全ては時に国をも揺るがしかねないのです。異界に染まらないありのままの姿を望む者達もいる事をご理解ください。」と彼女はまた頭を下げようとし、俺はそれを止めてから「ならば余計にこのマヤ台国から俺を出す理由が見当たらない」と異を唱えた。
俺を出せばそれだけで世界の均衡を崩す要因となる可能性があるのに契約の珠という重要そうなアイテムを取りに行かせるなんて大層な役割を与えるのは矛盾がすぎる訳だ。
それに対して彼女は「今は言えません……しかし貴方とヨル様を待ち受けるはかつての平和な地でないとだけお伝えしておきたかったのです。」と答えた。今は言えないというのであれば仕方ない。幼い見た目で恩人である彼女をこれ以上責め立てるのも訳が違うので俺は渋々納得して小刀を日の巫女に返そうと渡す………
すると彼女は受け取らず、「マヤを出れば自分の身は自分で守らねばなりません……その小刀は差し上げます。その代わりお願いが御座います……」とまるで子犬の様こちらを見上げ見つめる。
ずりぃよ!別にロリコンじゃないけどその顔は!ここまでしてもらった上にそんな顔までされたら断る理由が出てこないじゃないかッ!!!
という心の葛藤を表面に出さない様表情筋を全部収縮させて顔をシワクチャにさせながら「いいでしょう。仰ってみてください」クールに尋ねると彼女は「絶対にヨル様の目が届かぬ様にこの文をコクヌシ様にお渡し下さい。」と早くも俺に案内人を疑わせる言動を発したのであった。