第一話 尋常ならざる者達
ひとしきり泣き疲れて眠り、もう一度目を覚ますとそこは先程いた何もない真っ白な空間ではなく、草の香りが鼻の奥を刺激する草原地帯で空はこんなに青かったのかと改めて感じる程広大な土地に素っ裸で立っていた。
彼女の最後の笑顔、そしてツクヨという名前……それだけははっきりと覚えている。
俺はあの幼女に使命を与えられてこの地に来たという事で間違いないようだが、全くチュートリアルが無い訳でここからどうしたものか……
ゲームならば移動方法を学ぼうからの装備品を装備しようみたいな感じで服が手に入るものなのだが……
しかしまぁこの広大な草原でこの様な開放的な姿でいると言うのは悪く無いと思い始めている自分がいる。
むしろ癖になりそうである。
なんというか本当の自分でいられる様な気がすると言うか自然の一部であるかの様なそんな感じだ。
「誰も俺を見てる奴なんて今いないんだからもう少しこのままでもいっか!!!」
なんて独り言を言っていると突然草むらから蛇が顔を出しこちらに向かってシャーーっと威嚇を始め、俺は慌ててその蛇に背を向けて草をかき分け走り始めた。
草をかき分けるたびにイナゴの様なバッタの様な大きな虫や小さな虫がぴょんぴょんと飛び上がり、俺の素っ裸にダイレクトアタックを繰り出す。痛くはない。けどなんか気持ち悪いッ!!!なんか踏んだし!!
もうやだ!!前言撤回しますッ!!この格好で自然と一体になるのは俺には無理です!!!
とりあえず何か服と靴代わりになるものを身につけないと怪我や病気になっちまうと俺の現代で弛みに弛んだ生存本能が囁くのでまずはそれの入手を初クエストにする事とした。
草をかき分けしばらく進むと獣道というほど荒れてはいないが、明らかに何かが常日頃から通っているであろう道らしき場所に辿り着いた。この道に沿っていけば同じ人間に出くわすかもしれない。
そんな淡い期待を元に再び歩き始める。
小石が足に食い込んで痛みを感じたりしながらもゆっくり直実に歩みを進めていると丘の向こうで狩りの様なものをしている集団を見つけた。
俺はおーい!と手を振って丘を乗り越え集団に近づいていく、近づいていくのだが……集団が狩りをしている獲物に対して一つの違和感が俺を襲った。
「なんかデカくね……?」
集団が狩っていた獲物は猪や土豚の様な生き物で全長が周りの人間4人分で幅が大体2人分程の大きさがあると感じた。っというか俺の知っている猪や豚の大きさでないのは間違いない
そして不幸にも先程の俺が呼びかけた声に反応してその土豚がこちらに向かって走ってきているのだった。
おいおい異世界トラックの次は異世界猪豚かよッ!!!あんなドスファンゴに轢かれたらただじゃ済まねぇぞ!!
運動不足の不健康ボディを揺らしながら必死に俺は猪豚とは逆方向へ走り出すが、現代人のスタミナを舐めてはいけない。もう既に体力の限界を迎えており俺はフラフラで激しく息を荒げていた。
猪豚との距離が迫り、いよいよ猪豚の牙が俺の身体をかちあげそうになった時俺は無意識的に一つのことを願った。
「痛いのはヤダアアアアアッッ!!!!!!!」
ーーーーズガンッ!!!
骨肉が砕ける様な鈍い音が身体中に響き、いつの間にか俺の体は空中を漂っていた。
それはまるで死ぬ直前に感じたトラックに跳ね飛ばされた時の感覚によく似ており、時間の流れがゆっくりとなって本能的に死んだんじゃないの?と感じるほどだった。しかし違った……
俺は空中を漂いながらも突き飛ばした猪豚の方に目をやる。すると猪豚の牙には多数のヒビが入り砕け始めており、そして牙の根本は肉は抉られたかの様に血が吹き出しているのが見えた。
そのまま俺は頭から地面にべしゃっと落ちたがたんこぶ一つ、傷一つ無く、痛みも全く感じないのだった。
何が起こったのかわからない様子の猪豚は大きく咆哮を上げながら吹き飛んだ俺に向かって再び突進を始めたその時、後ろから1人の男が追いつき、巨大な猪豚の首を大きな斧を振り翳してボトリと落とした。
血飛沫を浴びて太陽の光で真っ赤に輝くその男はヘタレ込む俺に手を差し伸べ「運が良かったな異邦の人ッ!!このミナカタ様がたまったま祭りの用意をしていて!!!」とニカッと笑った。