ラーイ・プレンダーガスト 2
雨が降り出す前に帰り着いたラーイは、一旦自分の部屋へ戻った。 ドアを開くと、同室の男が軍服のタイをしめているところだった。 彼はラーイに気がつくと、時計へ視線を向ける。
「おかえり、ギリギリだけど大丈夫か?」
「問題ないだろ。 まだ10分もある」
同室の男の名前はシン・カーライル。 ラーイにとっては同じ年に入った同僚で、今では彼一人しか同僚がいない。
「ま、お前のことだから心配はしてないけどね。 まさかこの待望の任務に、生半可な気持ちで臨むとは思えないしな」
このシンという男はいつも掴みどころがなく、そして腹が立つ言い方をしたりする。 ラーイはシンを睨み付けたが、彼はククッと笑うだけだった。 いつもそうだ。
シンは蛇族だ。 いつもうっすらと笑っていて、まるで全てを見透かしているかのように会話を繋げてくる。 それが彼の一つの武器でもあるようで、話術に関しては敵わない。
シンに対して思うところもあるが、これでも彼のことは信頼している。 なんせ彼は、ラーイと同じスピードで少佐に昇進した。 二人とも最年少での昇進だったため、軍の中ではそこそこ有名人だ。
階級が一緒、そして同僚ということもあり、任務ではラーイとシンでパートナーを組ませれる事が多々あった。 そのため、お互いのことはよくわかっている。 あの少ない同僚の中、結局残っているのはシンとラーイだけ。 二人ともなんだかんだ言いながら、仲も良いし唯一素が出せる相手だ。
「セリアからクッキーをもらった。 お前にも分けてやる」
「ほんと? 午前休の時にどこか出掛けるの珍しいと思ってたけど、まさか教会に行ってたのか。 セリアちゃん元気だった?」
シンは教会にも何度か顔を出していたので、子供たちにも知られているし、セリアとも仲がいい。 兄として複雑な気持ちもあるが、悪い奴ではないので会うのを禁止する理由もない。
「元気そうだった。 子供たちも相変わらずだ」
「そっか、一安心だな」
「これからも、あの笑顔を守らないと」
クッキーの入った箱をテーブルに置いて、ラーイは軍服の襟元を正した。 彼の姿を見てシンは少し考えた後、ゆっくりとした口調でラーイへ問いかける。
「ラーイ。 お前はあの教会が好きで、守りたいと思っている。 そうだろう?」
「ああ、どうしたんだ急に」
「オレにも、そう思える子が一人だけいるんだ。 恋人とかじゃなくて、親族なんだけどさ」
シンは真っ直ぐにラーイへ向き合った。 彼のいつも浮かべている笑みはなく、真剣そのものだ。
「……会議の中で分かると思う。 大佐からも説明を受けるはずだ。
お前は檻を壊すためにこの任務を受けた。 でもオレは、檻から取り出すためにこの任務を受けた。 これだけは絶対に、覚えていてくれ」
シンはそう言うと、先に部屋から出ていった。 ラーイは彼の言葉の意味を頭の中でもう一度考えて、そして首を振る。
「…………もうすぐ、会議の時間だな」
たとえシンがどう思っていても、自分が為すべきことはただ一つだ。 ケージに苦しめられた家族を守る。 これだけは例え何があっても、覆ることはない。
───そう、思っていたのだ。