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ニーヴの花束  作者: おおとり
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ラーイ・プレンダーガスト 1

 城下町から少し離れた、古い大きな教会。 

木々に囲まれた森の中のこの教会は、人々からの信仰も厚い。 そんな由緒正しい教会の十字架の前で、祈りを捧げている女性がいた。 

大きな獣の耳がよく目立つ、桃色の髪をした女性は、熱心に祈りを捧げる。


「どうか、家族がこれからも無事に……」


 女性はこの教会のシスターだ。 神に身を捧げてこの国の平和を祈る彼女は、国民や参拝者からは「聖女」と呼ばれている。 この教会は孤児を保護していて、その子供たちからも女性は好かれていた。  

 そんな子供たちのはしゃぐ声が庭から聞こえてくる。 今の時間は他のシスターが子供たちの面倒を見てくれているから良いものの、女性はハッと我に返って顔を上げる。

 

「いけないわ、私はシスターなんだから個人的な願いなんて……」


 教会から出ようと大きな扉に手を伸ばした時、その扉がゆっくりと開く。 外から誰か来たのだろう。 シスターが手を引っ込めて後ろに下がるが、現れた人物を見るとパァっと花開くように微笑む。


「兄さん!」

「やっぱり、ここにいたのかセリア」


 この国の軍の制服を着た身長の高い男。 シスターの兄だ。

 ここはエレニア。 広い国土と年間を通して過ごしやすい気候と気温、そして資源も豊富で豊かな暮らしができる国として知られている。 周辺の国からも頼られ、一歩先を進んでいる国だ。

そんな国の防衛機関として、エレニア王国軍という国お抱えの軍事機関がある。 この軍に就職できれば周囲から称賛の声を浴びせられ、老い先に困ることがないほどの稼ぎを得られるとも言われている。 しかし決して入るのは容易ではなく、まさにエリート中のエリートがようやく就職できる。

 その軍でも屈指のエリート、出世頭と言われているのがこの男、ラーイ・プレンダーガストだ。 年齢は二十七歳だが、軍服には少佐の証である黒の飾緒が吊るされている。


「庭で子供たちと遊んでるのかと思ったけど、この時間はいつもここで祈りを捧げてた気がしてさ。 邪魔したかな」

「ううん、もう終わったわ。 兄さんは今日はどうしたの? 最近忙しいからしばらく来れないかもって言ってたけれど……」


 シスターの名前はセリア・プレンダーガスト。 軍人であるラーイとは実の兄妹だ。 


「実は次の任務が特務になりそうなんだ。 だから、今まで以上になかなか顔を見に来れない」

「と、特務って……」


 セリアは明らかに心配そうな顔になった。 

兄が軍人として名を挙げているのは良いことだ。 だが階級が上に行けばいくほど、危険な任務が多くなる。 これまで何度も怪我をして帰って来た。 その傷をセリアが治癒魔法で癒すのがほとんどだが、帰りをただずっと待っているだけなのは気が気じゃない。


「……ようやく、あいつらの場所にこぎ着けそうなんだ」

「あいつら? もしかしてそれって」

「反乱組織ケージ。 やっとあいつらを叩くための任務が始まる」


 危険よ! とセリアは言いたかったが言葉にできなかった。 反乱組織ケージを探るため、ラーイは軍に入る決意をしたのだから。

 二人は孤児だった。 父親が軍人として殉死し、その後母親は失踪した。 孤児になった二人を引き取って育ててくれたのがこの教会で、その時のシスターが二人の母親代わりになっていた。 優しくて、時には厳しいシスターで、本物の母親のように二人を育ててくれた。

 二人が大きくなり、セリアが教会の仕事を覚え始めた時、シスターが何者かによって殺された。

庭で遊んでいた子供達を狙った怪しい人物から、シスターが殺されてしまったのだ。 セリアもラーイも当時はその場にいたが、二人は血まみれになったシスターを治療するので手一杯だった。 まだセリアは自分が治癒魔法を扱えると知らない頃で、そしてラーイも軍人を志す前だ。 二人にできることは何もなかった。

 結局、シスターは死んでしまった。 

家族を失くしてしまった二人は、それぞれに違う決意を抱いた。 

ラーイはもう二度と何も失わないよう、強くなるために父親と同じ軍人へ。 

セリアは、戦うことを選んだラーイを支えるため。 そして母が守っていた教会を、自分も同じように守るためにシスターへ。 

 長い時間が経ったが、ようやくラーイが望んでいた任務に臨める。 あの日、シスターを殺したのは反乱組織ケージの一員だった。 


「兄さん、お願いだから……。 無理だけはしないで」

「わかっているよ、セリア。 お前を一人にはしない」


 不安そうにこちらを見つめるセリアを、ラーイは優しく撫でた。 十五時を告げる鐘が鳴って、ラーイは自分の懐中時計を開く。


「この後、その任務についての会議があるんだ。 だからもう行くよ」

「そう……。 あ、ちょっと待ってて。 外に出てていいから」


 セリアが慌ただしく教会の奥へ駆けていく。 ラーイは先に外へ出て空を見上げた。 先ほどまで晴れていたのに、雲行きが怪しくなってきた。 ひと雨降るかもしれない。 庭で遊んでいた子供たちが帰ってくる。 十五時なのでおやつの時間なのだろう。 ラーイを見つけた子供たちは、嬉しそうに駆け寄ってきた。


「ラーイにいちゃんだ! おかえり!」

「ただいま。 ちゃんといい子にしてるか?」

「うん! でも、こいつは昨日イタズラしてシスターに怒られてた!」

「おい、言うなよ~!」


 ラーイは既に教会から出て、軍の寮で暮らしている。 それでもここは自分の実家のようなものだ。 こうして子供たちも懐いてくれている。 


「シスターをあまり怒らせないように。 怒ると怖いだろう?」

「うん! 怒るとすっごくこわーい!」


 そうしていると。


「お待たせ兄さん」


 小さな箱を持ったセリアがやってきた。 彼女は箱をラーイへと手渡す。


「クッキーよ。 よかったら同僚のシンさんにも」

「ありがとう、セリア。 シンも喜ぶよ」

「今度ゆっくりした時間ができたら、シンさんと一緒に遊びに来て。 その時は出来立てのクッキーをご馳走するわ!」


 雨が降り出す前に会話を切り上げて、ラーイは教会の敷地を出る。 そんな兄の後ろ姿を、セリアはずっと見送っていた。 


「シスター、さみしい?」

「シスター悲しそうな顔してる」


 子供たちからそう言われて、セリアは首を振る。


「……大丈夫よ。 ほら、早く中へ入りましょう! おやつの時間ですよ~」


 セリアにできること。 それは家族の無事を祈ることだけだった。 

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