第9話 公爵令嬢は残念で仕方がない。
ナディア視点です。
「キュー」
「ふふ、そう。それがお手だよー」
私の手に小さい前足を乗せ、とっても満足そうにしているウル君に、キュキュキュキュキュッと胸が締め付けられる今日この頃。
いやぁ、ほんっと可愛い! ワイルドウルフの子供がこんなに可愛いなんて!
可愛すぎるから、またモシャモシャッて撫で回してあげると、また気持ちよさそうに「キュキュー」と鳴くものだからたまらない!
撫で回しながら、ゼレン殿下のことを思い出す。
結局このウル君に噛まれてから、ゼレン殿下来なくなったのよね。 次の罰、もう考えてあるのになぁ。
いやでも、分かってたことだけど、ああまで見事に私に説得されるとは......と思っている。 バカだアホだナルシストだとは思っていたけど、王子のくせに何一つ自分で考えられないとか、王妃様が可哀そうになってくるわ。 あいつが王子でいられるの王妃様のおかげなんだけど、きっとそれすらも気付いていないわね。
他の2人もそう。 よく陛下と宰相と騎士団長がお互いの息子のバカさっぷりに、お父様に愚痴吐いてやけ酒してたのよね。 なんであんな風に育ったんだって、自分達の教育にかなり自信を無くしていた。 親も親で大変よねー。
そういえば......アルベルト殿下もこないな。
アルベルト殿下とはあまり接点がなかったはずなんだけど、何故かあの夜会以来、会いにきてくれる。
あんなに心配してくれてたなんて、思わなかったな。
「ふふ」
「キュ?」
「何でもないよ」
可愛らしく顔を傾けるウル君をギュッと抱きしめる。 あーモフモフ最高。
アルベルト殿下もウル君を触る時戸惑ってたものね。 そういうところはゼレン殿下と似ているかも。 そんなこと言ったら、本人絶対嫌がると思うから言えないけどね。
ゼレン殿下とは一つ違いで、私とは同い年。 アルベルト殿下の方が優秀なのよね。 ゼレン殿下は自分の方が優れているって勘違いしてるけど。
娼館に来た時とか、ウル君に触った時とかのアルベルト殿下を思い出して、ついつい笑いが零れてしまう。
いや、あんな方だとは思ってなかったから。 マッサージするだけなのにあの狼狽えっぷり。 ウル君に指舐められた時も、あれ絶対可愛いとか思ってたんだろうな。 すっごい口元緩んでたもの。 面白かった。
「キュキュー」
「んー?またお腹空いた?」
「キュっキュっ」
知らなかったアルベルト殿下の一面を思い出していたら、腕の中からスポンと顔を出したウル君が舐めてくる。 あー可愛い。 癒されるー。
あれ? そういえば、ウル君、ゼレン殿下の魔力吸った時はかなり不味そうだったのに、アルベルト殿下の時はペロペロ舐めてたな。 あ、いやでも、あれはまだ魔力の吸い方よく分かってなかったのよね。
バン!!
なーんて考えてたら、いきなり大きな音と共に牢屋の扉が開いた。
お、ゼレン殿下たちがやっと来たみたい。 きっと何かを考えてきたんだろうな。 目が輝いている。
「ふっ、待たせたね! ナディア!」
「ええ、待ちくたびれました」
また無意味にファサっと前髪を搔き上げてるわね。 あれ、見ていると気持ち悪いのよ 。学園にいる時、散々似合ってないですよって言ったんだけどな。
「それで殿下。 次は何の罰を与えてくれるんです?」
「止したまえ、ナディア......君の正体はもう分かっている」
正体? 意味の分からないことを言い始めた。
「殿下、ここでは......」
「ああ、そうだったね! すまない、ディーン!!」
三角眼鏡のディーン様が何やら言ってるけど、何を考えてるやら。 見掛け倒しのエリック様もニヤニヤしているし。
怪訝に思っていると、ゴホンとゼレン殿下が咳払いをし、そして私にこう言い放った。
「ナディア! 罰とやらはもう終わりだ!! 君を処刑することに決めた!!」
......ほー。
「殿下? 私はまだ全く苦しんでもいないのですが、殿下はそれでよろしいので?」
「ナディア! 悪いがもう君の言う事を聞く訳にはいかない!! 君がどんなに僕の愛を求めているとしても、僕が愛しているのはこの世に一人だけだ!!」
「前に話したことをお忘れで? 殿下は私を死なせて“はいさようなら”でよいのですか?」
「......ふっ、ナディア......僕は気づいたんだ。 確かに僕は君をちゃんと苦しめて殺してあげたかった。 だが! それだと君は僕からの愛だと勘違いし、喜んでしまうことに繋がる!!」
いや、繋がらないんだけど? 愛してないし。
「だから、ちゃんと君を死なせることにしたんだよ!!」
「じゃあ殿下のシルフィーヌ様への愛は偽物ということですわね」
「残念だよ......ナディア。 僕のシルフィーへの愛は本物で、その愛を君は横取りしたかったんだろう? 苦しみという形に変えて! だがそうはいかない! これは決定事項だ!」
どうにも自分の世界に入り込んでいるゼレン殿下。 全く聞く耳持たなくなってる。 私が何言っても(挑発しても)全部自分への愛とやらに変換されている気がするわ。
ちぇっ。 これはもうだめね。
もう少し粘りたかったんだけどな。
「へへっ! 年貢の納め時だぜ、魔女め!」
いやいや、年貢の納め時って言葉の意味分かってないでしょ、ワイルドウルフの赤ちゃんにビビッてる見掛け倒しのエリック様? なんでこの異世界でも同じ言葉があるんだか。
「殿下の寵愛を受け取るなど、おこがましいにも程があるということです」
今までのどこに私がゼレン殿下の寵愛を受け取りたいという兆候があったのよ? あのね、公爵令嬢の私に侯爵の身分であるあなたの態度がおこがましいの、三角眼鏡のディーン様。 お父様はあんなに優秀で宰相の地位をもぎ取ったのに、なんで遺伝しなかったんだか。
「では衛兵!! ナディアを連れて来い!!」
ゼレン殿下の号令で、渋々と言った感じで衛兵が牢屋から私を出し、手錠を掛けてくる。 ウル君はまだ体が小さいから私の肩に乗ってきた。 落ちちゃ駄目だよ? 「はっはっは!」と高笑いして殿下たちは先に牢屋を出て行っちゃったけど、ウル君のことにはツッコまないわけね。
「......すまない」
「いいんですよ。 第一王子の命令に逆らったら、そっちの方が本当は怖いですから」
コソコソと済まなそうに衛兵のお兄さんは謝ってきた。
あなたは悪くないんですよ。
ええ、本当に。もうあのバカ王子たちがぜ~んぶ悪いですから。
牢番のおじさんを一瞥すると、コクンと頷いてくれた。
それを確認してから、私も牢屋を出て、衛兵のお兄さんについていく。
ハア、もう少しやりたいことあったのになぁ。
ほんっと残念でならない。
もっともっと色々とやりたかったなぁ。
思いっきり溜め息をついていたら、肩に乗ってるウル君がスリスリと自分の顔を擦りつけてきた。
か......かっわい~!!!! 癒されるぅ!!
もういいや! この可愛さに免じて、ゼレン殿下たちのことは許してやろうじゃない!!
ま、十分今までのでも面白くなるでしょう!!
自分でもウル君に頬をスリスリさせながら、今後のことに思いを馳せ、少し気分を良くしてゼレン殿下たちの後ろ姿を追いかけた。
お読み下さり、ありがとうございます。