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第8話 第二王子は気づく

 


 王宮の第一王子の執務室。

 王子含め二人の側近がテーブルを囲んでいる。


 ハアと、ゼレンがテーブルの上に置いた自分の包帯に巻かれた指を見て、溜め息をついていた。


「......痛いな」

「大丈夫ですか、殿下? 申し訳ありません、近くにいながら」

「俺もだ......殿下の護衛なのに」


 ダンッと悔しそうにエリックはテーブルに拳を打ち付けていた。


 ゼレンの指の怪我は先程牢屋で出来た傷だ。


 その時の様子をつい思い出してしまい、呆れるしかない。



 ■ ■ ■



「この子と従魔契約してしまいまして、もう食べられることがなくなってしまいました。 他の罰をお与えくださいな」



 飢えたワイルドウルフとの恐怖の1週間共同生活を終えたナディア嬢のその言葉に、ゼレンたちは言葉を失っていた。


「従魔契約......?」

「ええ、従魔契約」

「ワイルドウルフと?」

「そうですね、この子と」


 腕の中にいる子供のワイルドウルフを優しく撫でる彼女を、茫然と見ている。

 あれ、あの子、1週間前より大きくなってないか?


「何を言っているのです? ワイルドウルフと従魔契約だなんて、聞いたことない」


 どこかバカにするようにディーンは言っているが、まず現状を見ろと言いたい。 あんなに安心しきったように腕の中でゴロゴロしてるワイルドウルフの現状を。


「まあ、ディーン様。 その似合っていない眼鏡、本当に合っていないのでは?」

「んなっ!?」

「この魔獣と過ごして、頭おかしくなったのか?」

「まあエリック様。 残念ながら、私の頭は正常です。 あなたと違って」

「んだとっ!?」


 もはや呆れたように肩を竦めている彼女に、激しく同意してしまった。


「ふっ。 ナディア、君はそう言って、食い殺されるのを止めようとしているのだろう? だが、そうはいかない。 ワイルドウルフの鎖を解き放ち、君は死ぬんだ!」


 また無意味にファサっと搔き上げたゼレンは、確か目は正常だったと思うのだが......彼らの目には何が写っているのだろう? もはや鎖関係なく、腕の中にいるんだが。


「さあ、今そのワイルドウルフの鎖を解き放とうではないか! 牢番、やりたまえ!」

「あ、待ってください、殿下。 ウル君がお腹空かせたみたいです」

「「「ウル君!?」」」


 牢番に声を掛けたゼレンを無視して、彼女はワイルドウルフに指を突き出し、ワイルドウルフもチュパチュパと舐め始めてしまった。......ウルって名前にしたのか。


「なななな......舐めている?」

「ど、どういうことです、これは?」

「なんで、ワイルドウルフが食べずに舐めてるんだ?!」


 やっと目が正常になったのかゼレンたちは驚いている様子だが、僕はココ村で聞いて知っている。 ワイルドウルフはああやって魔力を吸いだしているのだ。


「エリック、これはどういうことです!?」

「し、知らねぇ! 俺の時は引っ搔いたり、噛みついてきたんだ!」


 エリックはかなり動揺している。


「あ、殿下も触ります?」

「へ!?」

「いいですよ。 この子、撫でられるの好きなんですよ」


 唐突に彼女はワイルドウルフの口から指を離し、格子の外にいるゼレンにズイっと手で抱え直したウル君を突き出してきた。


「あれ、殿下? まさか怖いのですか?」

「こここ怖いだと!? そそそそそんなことあるものか!! ぼぼぼ僕は第一王子だぞ!?」

「でしたら、ほら、どうぞ」

「ささささ触るぐらい、なんてことないさ! そう、触るぐらい!!」

「「殿下っ!?」」


 見事に彼女に乗せられてるゼレンを止めようとしている側近二人。 いや、あの、子供だからな? 大きくなっているとはいえ、まだ子犬よりも小さいからな? 怖がる要素がないんだが。


 そんな怯えた様子のゼレンに心底呆れかえっていると、



 カプ


「ぎゃああああああ!!!」

「「殿下ぁっ!!」」



 突き出してきたゼレンの指にウル君が噛みついてしまった。

 でもすぐにウル君の方から口を離し、ぺっぺっと吐き出しているように見える。 あいつの魔力、不味かったのか......。


 噛みつかれた当の本人は尻餅をついて、噛まれた手を押さえているが。


「か、かか噛まれた!!」

「でで、殿下!! 血がっ!!」

「なんてこった! 俺がそばについていながら!!」


 大袈裟に言っているが、指から少しだけ血が出ているだけである。 言うなれば針でうっかり刺しちゃった程度である。 多分、やっと生えてきた牙がいい具合に入っちゃったんだろう。


「あらー、殿下は美味しくなかったみたいですね。 おかしいですね。 ワイルドウルフはどちらかというと女性より男性を好むと聞いておりましたのに」

「「「好む!?」」」


 魔力のことか。

 確かにココ村では男性と従魔契約をしている家庭が多かったな。


「くっ! まさか、こんなことを企んでいようとは!!」

「殿下を襲わせる気だったんだな!」


 ディーンとエリックが忌々し気に彼女を責めているが、勘違いだ。


「私は触りたいのかと思いまして......」

「黙れ、この悪女が! いや、違う! お前は魔獣を従わせる魔女だ!」

「エリック、それよりも殿下が先です! 治療をしなければ!!」

「ちっ! 殿下、少し我慢してくれよ!!」

「くぅっ! エリック......ディーン......すまない」

「え、あの殿下? 私の罰は?」


 こんな時でも自分の罰か!?


 そんな彼女の呟きを無視し、エリックはゼレンを背負い、三人とも牢屋から出て行ってしまった。 牢屋の外にいた僕にも気付かずに。



 ■ ■ ■



 と、ここまでが先程までのやり取りである。


 ふうと息をついたゼレンが口を開いた。


「僕、知らなかったよ......ワイルドウルフが男の肉を好むだなんて」


 違う。魔力。


 ディーンが心配そうにゼレンを見ていた。


「僕もです。すいません、殿下......僕がちゃんと調べておけば、殿下はこんな怪我をしなくて済んだのに!」


 大袈裟すぎる。血なんてほとんど出ていない。


 エリックが悔しそうにバシッと手を叩いてた。


「俺がちゃんと止めていれば良かったんだっ! くっそ、あの女が魔獣をも誑かす魔女だったなんて!」


 それを言ったら、愛玩魔獣と従魔契約をしている世の女性全員が魔女になる。


 ゼレンが力なく首を振っていた。


「......魔女になるほど、僕を愛してしまったのか」


 だから、どうしてその結論に辿り着く?


 カチャっと合っていない眼鏡を掛け直しているディーンが重々し気に呟いた。


「殿下......お心を痛まれるのも分かります。 自分を愛した女性が魔女などと......ですが、魔女ならやはりちゃんと罰を与えねばなりません。 放っておいたら、この国にどんな災厄が訪れるか......」

「そうだぜ、殿下! ディーンの言うとおりだ! 魔女なんかがこの国にいたら、どんな悲惨な結末になるか分かったもんじゃない!」


 僕にとっては、お前らの方が災厄なんだが。


「......ああ、そうだね。 魔女をやはりのさばらせるわけにはいかない! 僕は決めたよ! ナディアを、ちゃんと処刑する!」

「「殿下!!」」

「二人とも、悪かった。 僕はどこかでやはり情が残っていたんだ。 僕をあんなに愛してくれたナディアを惨たらしく死なせていいのかと。 だから、今まで彼女の気の済むようにと、言うことを聞いていたんだ」


 いや、逆に説得させられていたが?


「だが、僕ももうその情を捨てることにしよう! 愛しい愛しいシルフィーを傷つけた魔女を、僕は倒す!!」


 罰は愛の証明だったのでは? いつから打倒戦に?


「よくぞ決断してくださいました、殿下」

「ああ、その決意、並みの男にはできねえことだ! 俺たちも一緒に戦うからな!」

「エリック! ディーン! 本当に僕は幸せ者だよ!! 一緒にナディアと戦おう!!」


 処刑じゃないのか?なんで戦うことになった?


「相手はナディアだ。 色々作戦を練らなければ」

「そうですね。 では......こういうのはどうでしょう?」

「......さすがディーンだな。 そんな作戦だと、絶対あの悪女も太刀打ちできねえに違いねぇ」


 何やらブツブツと密談をしている執務室から、僕は静かに自分の執務室へと足を向けた。


 何故戦うことになっているかはさておき、処刑はだめだ。 今度こそ公爵が出てくるかもしれない 。ああ、くそ! 本当にあのバカ兄のせいで散々だ! それに、そんなことになったら他の貴族たちも今までのように黙っ......て......。


 ピタッと足が止まった。


 おかしく、ないか?

 あの夜会以来、貴族たちが静かすぎる。

 抗議の一つも出てきていない。


 そうだ......彼女の友人の令嬢たちも初日以来、彼女に会いにきてはいない。

 女子会とやらを牢屋で開くぐらい仲がいいのに?


 貴族たちが異様なほど静かすぎる。


 第一王子が暴走し、公爵家の娘を勝手に牢獄に入れ、(意味のない)罰を与えているのに、誰一人としてそんな噂話もしていない。


 僕は、とんでもない思い違いをしていないか?


 ザワッと胸の奥が騒いだ。

 ある考えが、僕の頭を占めていく。


 何でこんなことに今まで気づいていなかったんだ?

 ヒントはあった。 いくつもあった! 彼女はいつも言っていたじゃないか!

 フレッドが言っていた計画に没頭しすぎているっていうことは、これか!

 くそ! あいつの言うとおりだ!


 なんってバカだったんだ、僕は!!


 ガチャッと乱暴に自分の執務室を開けると、フレッドがきょとんとした顔で僕を見てきた。


「おや? どうでし......」

「フレッド」


 フレッドの言葉を遮り詰め寄ると、僕の様子が違うのに気付いたのか、ジッと見てきた。


「お前にしてやられたな、僕は」

「......何のことでしょう?」


 そう言う割には、どこか嬉しそうだ。 くそ、本当に腹立たしい。 だが、そんなことより、僕は行かなければならない。


「準備しろ。 行くぞ」

「どこへ?」


 そんなの決まっている。

 全てを知っている人間の元へ。




「アーハイム公爵に会いに行く」




 僕のその言葉に、フレッドは恭しく礼をし、「かしこまりました」と満足そうに返事をしてきた。



お読み下さり、ありがとうございます。

次話からナディア視点になります。

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