第7話 第三の罰
「殿下......どうしてもやるつもりで?」
「当り前だ。 なんでいきなりお前はそんなことを言いだすんだ?」
「ハア......行っても無意味だと思いますがね......」
今日はエリックが捕まえたワイルドウルフを、ナディア嬢のいる牢屋に移す日だ。 ゼレンたちは最終日にワイルドウルフの鎖を放つと言っていた。 だから、今日は食い殺される心配が無いというわけだ。
その牢屋に向かっている途中なのだが......どうにもフレッドの様子がおかしい。 全くやる気がない。 最初は自分からナディア嬢のやることを様子見ろと言っていたくせに。
「フレッド。 お前、何か隠していないか?」
「隠してますが?」
堂々と言うんだな......堂々と言い過ぎだ!? お前は誰の側近だ!?
「何を隠してる? 僕には言えない事なのか?」
「私はただ殿下に気付いてほしいだけなんですよ」
「僕に? 何をだ?」
「それはご自分でお考え下さい。 それに、殿下なら少し考えれば本来なら気付けることなのです」
本来ならだと?
「それは何か? 今の僕は気付けない腑抜けだと言いたいのか?」
「殿下がご自分の計画に没頭しすぎているということです」
ハアとまた深く溜め息をついて、やれやれと首を振っている。 イラっとくるな。 こいつとは昔馴染みだし、気心が知れていて話しやすい。 多少のくだけた口調も許せるぐらいには信用もしている。 側近としても優秀なんだが、たまにこうやってバカにしてくるんだよな。
本来だったら、お前の態度不敬罪なんだぞ。 僕が許しているだけなんだからな。 まあ、そういうのもこいつにはお見通しだろうが。
だが、没頭だと? 僕が? そして何に気付いてないというんだ?
「グルルルルル............」
と、更にフレッドに問い詰めようとしたところで、牢屋の方から魔獣の唸り声が聞こえてきた。......ワイルドウルフの鳴き声にしては、弱々しいな。 気のせいか? ああ、もしかしたら飢えているせいかもしれない。
「はっはっは! ではナディア! 魔獣にいつ食べられるか分からない恐怖を味わいながら、1週間後を待つがいい!!」
ガチャっという音とともに、ゼレンが高笑いしながら出てくる。 エリックもディーンも至極満足そうにゼレンの後を追っていった。......全く僕たちに気付かないで行ってしまったな。
ってそうじゃない!
「行くぞ、フレッド! 彼女を助ける!」
「......無意味ですのに」
こいつ、ずっと言ってるな!? 心配じゃないのか!? こんな薄情なやつだったとは! もういい! 僕一人で助ける!
トボトボと歩き出すフレッドを置いて、僕は勢いよく牢屋の扉を開けてやった。
「ナディア嬢っ! 無事............」
固まった。
「よーしよしよし!! いい子だねぇ。 あはは、ここが気持ちいいの?」
そこにはワイルドウルフの赤ちゃんと戯れる彼女の姿。
赤ちゃん?
「いっやぁ、女の子が動物の赤ちゃんと戯れる姿って可愛いなぁ......ってアルベルト殿下!?」
格子の外で彼女らを見て鼻の下を伸ばしていた牢番が、僕に気付いて慌てるように立ち上がった。 僕はまだ固まっている。
「あら? アルベルト殿下?」
僕に気付いた彼女が、赤ちゃんを腕に抱え、きょとんとしている。
あら? ではないのだが......
「ああ、殿下もこの子に会いに来たのですか?」
んなわけないのだが......
「かっわいいですよね~、ワイルドウルフの赤ちゃん。 もう癒されますよ」
そう言って、ワイルドウルフに頬ずりしている姿に不覚にもときめいてしまったのだが......
ってそうじゃないだろ!?
「なんっだ、これは!?」
「え? 赤ちゃんと戯れていますが」
「そうじゃないだろ!? 飢えたワイルドウルフでは!?」
「ああ、そうなんですよね。 私もそっちを予想していたんですが......ゼレン殿下たちが連れてきたの、この子だったんですよね」
この赤ちゃんを!?
グルリと牢番に視線を向けたら、ビクッと直立不動になった。
「兄上たちが連れてきたのはこの子か!?」
「そ、そうです!」
「これに、彼女を食べさせると!?」
「そそそそうであります!!」
食べれるか!!
どう見ても赤ちゃんだよ!? 小さいよ!! 今もチューチューとナディア嬢の指を吸ってるよ!! 肉よりミルクを欲しがってるわ!!
どうしようもないやりきれない思いをしていたら、静かにポンポンと肩を叩かれた。
「だから言ったではありませんか。 無意味だと......」
フレッドのフッと悲しそうな笑みに、心が痛んでしまった。
そ、そうだな......よくよく考えて見れば分かる事だった。 なんて僕は愚かだったんだ。
「エリックに......成長したワイルドウルフを捕まえられるわけないな......」
「はい......」
騎士団でも実力が最下位のエリックに......ワイルドウルフを捕まえられるわけ......
「早く教えろよ!!」
「いやー......ワイルドウルフって言葉が出てきただけで、気付かないと駄目じゃないですか」
胸倉を掴んでグラグラと揺らしていたら、フレッドが尤もなことを言ってくる。
あーそうだな! 気付かなかった僕が悪いな!! でも意気揚々と助けにきた僕がバカみたいじゃないか!! 赤ちゃんを警戒した僕が恥ずかしいじゃないか!
「まあまあ殿下。 ちょっとこっちに来てくださいな」
フレッドに言い返す言葉が見つからない僕に、格子の中からナディア嬢が手招きしてきた。
なんだ? と思って、フレッドの服から手を離し、近寄って膝をつく。
「ほら、可愛いでしょう? 触ってあげてください」
「え? さわっ......?」
戸惑う僕を余所に、ナディア嬢は僕の手を取り、赤ちゃんの頭に乗せた。 ふわっふわ。
「この子、毛並みいいですよね。 ふふ、殿下に撫でられて気持ちよさそう」
「そ......そうだな」
か、可愛いじゃないか。
ペロっと僕の指を舐めてきた。
......可愛いじゃないか。
「エリック様。 生まれて間もないこの子を親から取り上げてきたんですね」
「そうだな......」
いや、絶対そうだろう。 騎士団最弱の男で騎士団長が見放しているからな。 親の隙をついてこの子を取ってきたに違いない。
「本当は親元に返してあげたいんですけどね。 どこの地域から奪って来たのか分からないんですよ」
「......さすがに地域まではな。 近くだとは思うが、ワイルドウルフはどこの地域でも生息している魔獣だから」
「そうなんですよね。 分かるのだったら、この子を親元に返して、成獣になったワイルドウルフと交換してほしいんですが......」
なんでそうなった!?
「ナディア嬢......君、分かってるのか? 成長した魔獣相手だったら、君は食い殺されるんだぞ?」
「それなら大丈夫ですよ、殿下。 お父様もご存じのことですし」
またもや公爵公認か!? どうなってるんだ、この家族は!? 娘が食い殺されるのを黙って見ているというのか!?
「それに、ワイルドウルフは皆が思っているような魔獣ではありませんよ」
「え?」
ふふって笑って、彼女は優しく腕の中にいるワイルドウルフの赤ちゃんを撫でている。 気持ちよさそうに目を細めている赤ちゃん......ちょっと羨ましい......。
ってそうじゃない!
「ナディア嬢、ワイルドウルフは皆が思っているような魔獣じゃないと?」
「ええ」
「どういう意味だ?」
「ある地域では、ワイルドウルフは魔獣としては扱われておりません」
はっきりと微笑みながら、そう言った彼女に唖然としてしまう。
魔獣として扱われていない? そんなの初耳だ。 ワイルドウルフは主に森に生息しているが、彼らに遭遇したら襲われる。 あちこちを渡り歩いている商人たちだって、ワイルドウルフを警戒して剣や武術を嗜んでいる人間を護衛に雇うのが普通だ。
「彼らはただ、餌を欲しがっているに過ぎないのです」
「餌だと? そんなの当たり前......」
「餌と言うと、殿下は何を考えられますか?」
何を? そんなの肉に......決まって......。
いや、待て。 待て待て。 まさか、嘘だろ? こんなことに気付かなかったのか、僕は。
そうだ。 ワイルドウルフは魔獣だ。
魔獣とは、魔力を持つ獣だ。
つまり、魔獣の餌は......。
「魔力......?」
僕がそう呟くと、彼女は正解と言わんばかりににっこりと笑った。
「ある地域では、ワイルドウルフに人間たちが持つ魔力を少し分け与えると、何もせずに帰るらしいですよ」
確かに、ワイルドウルフの体は大人でも、大型犬と同じくらいだ。 考えられる胃袋も大型の魔獣よりは格段に小さいに違いない。
「中には、その人の魔力が気に入って、自ら従魔契約する子もいるんだとか」
従魔契約をした魔獣は、人を襲うことは絶対になくなる。 主の命に必ず従うようになる。 愛玩魔獣として広く知られている魔獣もいるが......まさかワイルドウルフもだというのか? 人を無差別に襲う狂暴な魔獣だと多くの者が誤認していると?
「君は、何故それを知っている?」
「ふふ、田舎から出てきた友人が教えてくれたのですよ。 その子の住んでいた村ではワイルドウルフの被害はなく、むしろ飼っている人の方が多かったと言っておりました。 だからこの王都に来て驚いたと」
その田舎の友人の住んでいた村は被害がない?
なんてことだ。 それが事実なら、今までワイルドウルフ被害を受けていた村や町は大いに助かる事間違いないじゃないか。 ワイルドウルフの肉は不味く、毛皮も使えないのでほぼ害獣扱いだったのに。
「ナディア嬢、それはどこの地域だ?」
「南東のココ村付近だそうです」
「フレッド。 すぐに事実の確認を」
「かしこまりました」
後ろに控えていたフレッドはすぐに牢屋を出ていった。 これからまた忙しくなる。 安全性を確かめ、民たちに知らせてやらねば......ってそうじゃない! そうなんだけど、そうじゃない!
ついこれからやることを考えていた頭を切り替え、格子の向こうにいるナディア嬢に向き合うと、赤ちゃんがナディア嬢の指をハムハムしてる。 かわ......違う違う!
「ナディア嬢。 君をここから出す」
「え?」
いや、「え?」じゃないだろ! なんで「そんなばかな?」みたいな表情になったんだ!?
「ここに君が入る必要など、どこにもない。 君自身も分かっているだろう?」
「......」
「兄上には僕から言う。 どうして君がこんなことをしているのかは分からないが、何の罪も犯していない君がこんな罰を受けること自体おかしいんだ」
「......」
黙ってしまった。 だが、これ以上はダメだ。 こんなの僕の計画通りじゃないが、仕方ない。 彼女がこんな牢屋にいること自体、おかしいんだ。 それに兄上のおかげで、計画の結末はどうにか変更はなさそうだしな。
黙り込んでしまった彼女から視線を外し、牢番に顔を向けようとした時に、クスっという笑い声が聞こえてきた。 なんだ?
「アルベルト殿下。 ご心配ありがとうございます。 ですが、私はちゃんと罰を受けますわ」
そこにはクスクスとおかしそうに笑う彼女の姿。 だから何で!?
「ナディア嬢、君の罪は兄上が勝手に捏造した罪だ! なぜそんなに罰を受けたがる!?」
「まあ、私がゼレン殿下の愛しい愛しい人を傷つけたからじゃないでしょうか?」
「いやだから、それやってないだろう、君!?」
「そうですわね」
やってないの認めてるじゃないか!? そもそも、君がそんなこと言い出すから、僕の計画は狂いっぱなしなんだが!?
もういい、と思って牢番にここの鍵を渡すように指示を出そうとしたら、「強いて言うなら......」とまた彼女が言葉を紡ぎ出した。
「それが一番面白そうだからですね」
......罰のどこが面白いというんだ??
あっさりとそう言い放った彼女に、茫然としてしまった。
「失礼します」
呆けていたら、牢屋に先ほど僕の指示を聞いて出ていったフレッドが戻ってきた。 と思ったら僕の腕をグイっと引っ張って無理やり立たせた。
「殿下。 てっきり殿下もついてきていると思ったら、まだこんなところにいたのですか? 行きますよ」
「は? 行く?」
「当り前ではないですか。 まずココ村の資料を手配しましたから、目を通してくださらないと」
い、いやいや。 いやいやいや。彼女をここに置いて行けと!? 僕がここにきた一番の理由は彼女を助けることなんだが!?
「あ、フレッド様」
「なんでしょう、ナディア様」
「この子のミルクお願いできます?まだ魔力を吸うの慣れないみたいで」
「すぐにお持ちしましょう」
なんでフレッドとそんな親し気?! そっちの方が地味にショックなんだが!!
フレッド、そしてお前は動物(魔獣)の赤ちゃん、満更でもないんだろ!? 口元が緩んでいるぞ! 気持ちは分かるが!!
心では盛大にツッコんでいたが、自分の側近と親し気な様子と、先程の彼女の「面白そうだから」という言葉に口からは何も言えず、フレッドに無理やり執務室に連れ戻されてしまった。
それから1週間。 僕は急遽自分でココ村に行くことになり、王宮を離れることになってしまい(というよりフレッドに無理やり馬車に乗せられ)、急いで王宮に戻った時には、もう手遅れだった。
彼女が食い殺される様を見に来たゼレンの前で、こう言った。
「この子と従魔契約してしまいまして、もう食べられることがなくなってしまいました。 他の罰をお与えくださいな」
彼女が次の罰をゼレンにお願いしてしまった。
......というより、結局従魔契約したんだな。 なんて、違うことを考えてしまったのは、こうなるだろうなって思っていたからに他ならない。
お読み下さり、ありがとうございます。