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第5話 第二の罰

 


「あそこが......」

「ええ、あの店ですね」


 建物の陰に隠れ、フレッドと一緒にその店を盗み見る。

 そう、ナディア嬢が今日から一週間滞在する娼館だ。


 平民たちに王族だとバレないように外套のフードを深く被り、その娼館の周囲を見渡す。 そろそろナディア嬢とバカ兄どもが来るはずだ。


「それにしても......酷いな」

「そうですね......」


 隣のフレッドも眉間に皺を寄せ、厳しい目付きで周囲を見ていた。


 ここは貧民街。 低所得者達が住み着いている一角だ。

 空気も淀んでいるし、あちらこちらに浮浪者やガラの悪そうな男たちも我が物顔でウロウロしている。 着る服もボロボロの者たちがほとんどだ。 まさかここまで貧富の差があろうとは......。


「これは、早急に何とかしなければいけないな......」

「ええ。 報告では上がっていましたが、ここまでとは......自分自身の無知が恥ずかしくなりますね」

「それは僕もだ。 王子として恥ずかしい限りだ。 何が問題か、何が足りないか、王宮に戻ったら早急に対策を練らねば。 この前の災害での被害に気を取られていたが、こんな不衛生の場所では、もし流行り病でも起きたら大変なことになる」

「戻ったらすぐに各部署の責任者を集めます」


 僕も政務を取り始めて日が浅い。 しかも政務につき始めた頃に大洪水という災害が起きてしまった。 そちらの対応に追われてしまって、後回しにしていた事案だ。 だが、思ったより事態は深刻みたいだな。 みすぼらしい恰好をした子供たちの目が完全に死んでいる。 民がそんな顔をするなど、あってはならない。 そんな顔をさせないために、王族はいるというのに。


 すぐに手を差し伸べたいところだが、そんなの一時しのぎにすぎない。 根本的な問題を解決しないことには話にならないだろう。


 歯痒い気持ちに心をざわつかせていたら、ガラガラと馬車の音が聞こえてきた。 見ると王族の馬車。


 きたか。 それにしてもゼレンのやつ......こんな場所にナディア嬢を連れてくるなんて。 彼女みたいな清楚な女性がいたら、男たちの餌食になるだろうが!


 すぐに彼女に被せる用の外套を持つ手が怒りで震えてしまう。


 馬車が目的の娼館に着き、カタンと扉が開いてゼレンたちが出てきた。

 と、同時に持っていた外套を持つ手が離された。


「これはまた......」


 どこか呆れを含んだフレッドの声が聞こえてきたが、それどころじゃない!!

 ナディア嬢の服装だ!! なんだ、あれは!!


「殿下、ここですか?」

「そそそそそうだ!!!」


 自分で着させたにも関わらず、ゼレンも鼻血を出しながら答えている。


 ナディア嬢の今の服装はヒラッヒラの薄着である。 しかもスケスケで肌の露出も半端ない。 そして宣言通り、丈のかなり短いミニスカートを履いている。子供の頃に見た踊り子の衣装にも似ていたが......


 あれじゃあ、ほぼ裸だ!!子供の頃にもそう思ったこと思い出したじゃないか!!


 周りにいる男共の下卑た視線が彼女に突き刺さっているのが分かる。 これ以上、彼女のあんなあられもない姿を見られるわけにはいかない!!


 すぐさま駆け寄ろうとしたところで、何故かグイッとフレッドが肩を押さえてきた。


「フレッド、何をする!」

「殿下、落ち着いてください」

「何をバカな! 止めるなっ!」

「ハア......これはやられました。 殿下......申し訳ありませんが、計画は中止です。 一旦王宮に戻りましょう」


 は!? いきなり何を言い出すんだ!?


「おおおお前、何を言ってる!!?」

「すいませんが、無理やり連れて帰ります」

「お、おい!? やめろ、降ろせ!!」


 同じような体格のくせに、フレッドは軽々と僕を肩に担いでしまった。 これは魔法だ。 風の魔法を使い、僕の体を軽くしているんだ。


 ツカツカツカとフレッドは僕を担いだまま、娼館から離れていく。彼女がその娼館の女主人に挨拶している姿が見えた。


「ふざけるな! おい、降ろせ!!」

「殿下、大丈夫ですから。 ナディア様はかなり楽しそうでしたので」


 どこに大丈夫の要素が!? 現状、分かってるのか!? 娼婦だぞ、娼館だぞ!?


「まだ殿下の計画は上手くいきます」

「どこがだ!?」

「ハア......でしたら分かりました。 明後日あたりにナディア様に会いにきましょう。 きっと殿下もそれで安心なさるはずですよ」


 意味が分からないが、フレッドはフレッドで溜め息をついていた。 その態度が苛つかせる。


 彼女がこのまま男たちにいいようにされるのを、こいつは黙って見ていろというのか!! 側近としては優秀だが、あんまりだろう!


 結局、僕の思った通りに事態は動かず、王宮に連れ戻されてしまったわけだが......



 フレッドの大丈夫という言葉に、嘘はなかった。



 2日後。

 フレッドを連れて、ナディア嬢がいる娼館に赴いた。


 まず、その娼館の様子がおかしい。 何故かこの前みたいなどんよりした趣ではなく、様々な花たちがその建物を飾り、綺麗で華やかな印象を与えている。


「フレッド......こんな建物だったか?」

「いいえ、違います」


 きっぱり否定された。

 辺りを見渡してみる。 おかしい。 2日前は重苦しい空気を放っていたが、どこか民たちの様子が明るい。 この前死人のような目をしていた子供も、ニコニコと笑顔で靴磨きをしている。


「殿下、入りますよ」


 呆気に取られていたら、フレッドがズカズカと中に入り込んでしまった。 冷静すぎじゃないか? 驚いている僕がおかしいのだろうか? なんてことを疑問に思いながらも、自分も娼館の中に入っていった。


 娼館の中も綺麗だった。 壁も床もピカピカと輝いているし、いい香りもする。 とても2日前の汚くて錆びれた建物とは思えない。


「あらー、いらっしゃいませー」


 陽気な声で、ここの女主人と思われる女性が出迎えてくれた。 2日前にナディア嬢と話していた人物だからきっとそうだ。 あの時の印象とは大分違うな。 服装は確かに派手で露出も高いが、表情が異様に明るく感じる。 あの時、かなり険しい表情でナディア嬢を睨みつけていなかったか?


「ご新規さんね。 今日はどんなサービスをご所望で?」

「ああ、サービスというより、指名したいのですが......よろしいでしょうか?」

「初めてきたのに、指名?」


 対応はフレッドに任せよう。 王子が娼館に出入りしているなんて、知られるわけにもいかない。 外套のフードをこの前みたいに深く被り、一歩離れようとした時だった。


 奥の部屋から、あられもない姿のナディア嬢と中年の男性が出てくるのが視界に入ってくる。


 なななナディア嬢!?ままままさか......もうお客を取ってるのか? じゃじゃじゃじゃあ、その男とまさか......!?


「いっやぁ、ナディアちゃん! とっても気持ちよかったよ!」


 気持ちよかった!?


「あらー、ありがとうございますー! 癒されたなら、私も満足ですよー!」


 癒されたぁ!?


 一人青褪めている僕に気付かずに、彼女とその男は楽しそうに笑いあっている。 男の方が「またくるねー」と手を振って出ていくのを茫然と見送るしかなかった。


 な、ナディア嬢......なんでそんな楽しそうなんだ......君、本当にあのナディア・アーハイムか? ほ、本当に、そんな女性だったのか?


「あーナディアちゃん、ちょうどよかった。 こちらの方があなたをご指名よー」

「あ、はーい。 分かりまし......」


 僕たちを見たナディア嬢が固まった。 フレッドはフードを外しているから気付いたのだろう。 でもすぐにニコッと笑顔に変わり、「こちらへどうぞ」と部屋に促される。 僕はショックが大きすぎてトボトボ歩いてしまったが。


「何も来なくても大丈夫でしたのに」

「ハア......そういうわけにいかないのは、お判りでしょう?」

「まあ、そうですね。 殿下もすいません、心配させてしまったみたいで」


 部屋の中は、これまた心を抉る内装だった。 なんだ、これ。 どピンクだらけ。

 ここで......ナディア嬢と先ほどの男が......。

 彼女とフレッドの会話なんて聞こえてこず、想像してしまって、かなり心労が重なった。 アーハイム公爵になんと言えばいいんだ......。 やはり一昨日、フレッドをなんとしてでも振り切っていれば......。


 力なくベッドの端に座り込んでいたら、ナディア嬢が近寄って、顔を覗き込んできた。


「殿下はかなりお疲れのようですね」


 君のせいだが......。


「横になってください、殿下。 せっかく来たのですから」


 ......は?


 思わず呆けてしまったら、彼女が「えーい」と僕を押し倒してきた。 押し倒してきた!?


「ちょちょちょ、なななナディア嬢!? 何を!?」

「まあまあ、いいじゃないですか。 ここは楽園ですよ。 普段の疲れを癒す場所です」


 楽園!? 癒す!?


「はいはい、さっさとうつ伏せになってくださいねー」

「わ、わ! ちょちょっ! ふふふフレッドぉ!!」

「大丈夫ですよ、殿下。 彼女に任せればいいのです」


 何言っちゃってんの!?

 彼女の手際がいいのか、あっという間にベッドの上にうつ伏せで寝転がされた。 は! ししししかも、これは......背中に乗っている!?


「ななな、ナディア嬢!?いいい異性にそう簡単に触れるのはっ......!!」

「まあまあ」

「いいいやいやいや! 今日ここにきたのは、君を迎えに来たわけでっ!!」

「まあまあ」


 まあまあじゃないぃぃ!?

 女性に手荒な真似を出来るわけもなく、必死に抗議してみるが彼女は全く聞く耳もたず。 どどどどうすればいいんだ!? ここここのまま、ナディア嬢と!?


「うっわ......バキバキじゃないですか。 殿下、働きすぎでは?」


 と、思っていたら、彼女の手が背中をゆっくり揉み解すように動き始めた。

 あ、あれ? なんだ、これ......気持ち......いい......。


「はーこれはやりがいがありますね。 あ、フレッド様は寛いでいてくださいねー。 殿下が終わったらやってあげますから」

「いや、私はいいです」

「そうですか?」

「殿下だけお願いします。 あなたのマッサージはきついですから......」


 ま、マッサージ?

 これ、マッサージ?

 あ、無理......これ気持ちいい......。


 ゆっくりゆっくり、彼女の手が背中や肩のこりをほぐしていくのが分かる。

 やば......眠たくなってきた......。


「よっし、こんなものかなぁ。 じゃあ、殿下。これからが本番ですよー」


 思わず寝そうになっていた時に、彼女が何やら言ってきた。

 本番?



 バキ!



 いきなり顔を持ち上げられて、首をあらぬ方向に曲げられた。


「あ、殿下。 だめですよ、逃げちゃ」


 逃げたい!! 一気に目が覚めた!! しかもめちゃくちゃ引っ張ってくる!! 痛い!! なななナディア嬢!! それ、痛い!!!


 バキ。ゴキ。


 声にならない悲鳴をあげつつ、彼女はそんな僕にお構いなしに、腰やら首やらを持ち上げたり、捻ったりとしてくる。


 ちょちょちょ、ちょぉぉ!!? やややめやめ!!


 あらぬ恥ずかしい恰好にもさせられたが、痛すぎてそんな抗議もできずに、彼女のされるがままになってしまった。


「はい! 終わりましたよぉ!」

「ゼーハー......」


 やっと彼女から解放された僕はベッドの端に座り直し、肩で息をしていたよ。 な、なんだったんだ......今のは......。


「どうですか、殿下。 体の調子は?」

「へ?」


 どこかスッキリしたいい笑顔の彼女に聞かれ、改めて自分の体を動かしてみる。


「軽い......」

「よかったです。 大分歪んでましたからね。 矯正させていただきました」


 きょ、矯正? だが、本当に軽く感じる。 不思議だ。 クスクスと彼女はおかしそうに笑っていた。


「殿下が何を心配されているのかは予想できますが、私は今、これをここに来る人達に施しているんですよ。 だから安心してください」

「これを?」

「ええ」


 そうやって嬉しそうに笑う彼女は、僕が知っているナディア・アーハイムだった。



 結局、彼女はちゃんと1週間やると言い張り、連れ戻すことは出来なかった。 あんないい笑顔で見送られたら、何も言えなくなってしまうじゃないか。


「だから大丈夫だと言ったでしょう?」

「お前、知ってたのか?」

「まあ、子供の頃にやられましたから......」


 子供の頃に彼女と付き合いがあったのか? フレッドが彼女と親交があったとは初耳なんだが......。

 詳しく聞こうとしたら、先にフレッドが口を開いた。


「彼女のことは大丈夫ですよ。 公爵が手配した護衛がちゃんと見張ってましたから」

「は?!」


 これも公爵公認か!? 何を考えてるんだ、あの公爵は! 自分の娘が内容はともかく娼館で働かせられているのに!


「あの様子では、今回の罰も甘い罰になりそうですねぇ」

「た、確かに......」


 楽しんでるからな、彼女......それに娼館の人間もお客も彼女を信頼しているように見えた。

 なんで彼女はこんなことしているんだ? その理由がやはり分からない。



 案の定、期間を終えた彼女は、迎えにきたゼレンの「はっはっは!! どうだいナディア、見も知らぬ男共に好き勝手された気分は!?」という言葉にこう言った。



「今回も楽しんでしまい、罰になりませんでした。 殿下、他の罰をお与えくださいな」



 うん、知ってる。


 何を想像したかは予想できたが、ゼレンたち三バカは見事にまた空に向かって鼻血を噴出させていた。


お読み下さり、ありがとうございます。

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