第4話 第二王子は困惑する
王宮にある第一王子の執務室。
王子とその側近二人が、またテーブルを囲んでいた。
「......彼女、やっぱりおかしくなったのかな?」
「そうかもしれません......」
「でもだからってよ......あんなこと言い出すなんて......」
ゼレン、ディーン、エリックが同時に疲れたように息をついている。
王宮でも有名な三バカトリオと同じことを思うのは癪だが、当然かもしれない。
僕もそうだ。
先程、平民暮らしという罰(それのどこが罰なのかさっぱり分かっていないが)を終えたナディア嬢とゼレンの会話を聞いてしまったら、溜め息もつきたくなる。
■ ■ ■
「耐えられないというか、楽しんでしまいましたので、全く罰になりませんでした。 ですから他の罰考えてくれません?」
牢屋に戻ってきたナディアのその言葉で、ゼレンは固まっていた。
「楽しんでいたのかい......?」
「ええ」
「だが報告では涙を流していたと......」
「なんのことで......ああ、もしかして子供に水鉄砲かけられた時のことかしら?」
思い出したかのように、彼女はポンっと手を叩いている。
ああ......うん、あれか。 確かにかけられていた。 その後ナディア嬢もやり返していて、楽しそうだったなぁ。
なんて自分も牢屋の外で思い出していたら、ディーンが怒ったように口を開いた。
「楽しむなんて、何を考えているんです!? 罰は楽しむためのものではないでしょう!? 楽しませるために、あなたにその生活をさせたわけじゃないんですが!?」
同意したくないが、尤もである。
「私も最初は耐えられないだろうなぁ......と、思っていましたのよ? ただ予想外に楽しかったもので」
「そもそも、あなたが言い出したことではありませんか!! 平民暮らしに耐えられるはずがないから、それを罰にさせろと!!」
「ですが、それを了承したのはゼレン殿下ではありませんか」
彼女の言う事も尤もである。
「つまり......君は今回の罰では全く苦しむことも、反省もしていないということかな?」
ハアと溜め息をついたゼレンが、珍しくちゃんと理解したらしい。 というか、何故あれで苦しむという結果に至るのかがさっぱり分からない。 そもそも勝手に公爵家の娘を断罪している方がおかしいと気づかないのか?
「ええ、申し訳ありません、殿下。 これは私も予想外だったのです。 まさか自分で考えた罰がこんな甘い罰になろうとは......」
彼女も困ったように息を吐いていたが、それは絶対嘘だと言いたい。 想定範囲内だったはずだ。
「ですから殿下、私にちゃんとした罰を与えてくれませんか?」
......なんでまたそんなこと言い出すんだよ!? もうこれで終わりでよくないか!?
と思ってたら、ゼレンがまた無意味にファサっと髪を搔き上げた。
「ナディア......君はそんなに僕を愛していたのか!!」
ゼレンも見当違いのこと言い始めた。
「知らなかったよ! 君がそんなに僕のことを愛していたなんて! そんなに苦しみでもいいから僕から与えられたいんだね!!」
「......」
どこをどうしてそうなった......? ちゃんとナディア嬢の顔を見てみろ。 完全に白けた目を向けてるんだが......?
「分かったよ、ナディア! 君をもっともっと苦しませてあげよう!! 君を愛せなかった、僕の唯一できることだからね!」
「まあ、殿下。 そんなことを考えなくていいのですよ。 それよりも、殿下のシルフィーヌ様への愛が本物であると示してほしいだけですから」
「ふっ! もちろんだよ! 僕のシルフィーへの愛は雲より分厚く、海の浅瀬より深いんだ!」
どんな例えだ? つまり、どういう愛だ?
「ナディア、僕もね......実は考えたんだ。 今回の罰だけではやっぱり物足りないとね。 君が戻ってきたら、この罰を与えようと思っていた! 平民暮らしは君にとって楽しいものになってしまったかもしれないが、次の罰、絶対君は苦しむこ......」
「前置き長いですから、早く仰ってくださいな」
「せっかちだな、君は。 そんなに苦しみを与えられたいんだね。 いいだろう!」
なんか嫌な予感しかしないな。
そのゼレンは得意気に高々と格子の向こうにいる彼女に叫んだ。
「ナディア! 君には一週間、一切の食事を禁ずる!! 飢餓の状態を味わい、後に死にたまえ!!」
「却下」
「え、却下?」
即却下された。
いや、うん......当たり前だよな。 そもそもそんな罰を受ける必要もないわけで......というより、本来なら王族の命令を却下する方がおかしいのだが、それにはゼレンは気付いていないみたいだな。 よかった、バカで。
まあ、いい。 これぐらいでもう茶番は終わりにして、そろそろ彼女を助けよう。 もう彼女も気が済ん......
「殿下、その罰ではまだ甘いですわね」
......全く気が済んでないな!?
「え、甘い?」
「ええ、甘いですわ。 それはもう蜂蜜より甘すぎです」
「そんなに?!」
ショックを受けているようだが、そこにショックを受けるなよ!! 違うだろ! まずなんで自分への罰を進言するのか疑問に思えよ!
「ハア、いいですか殿下。 餓死はですね、それはもう安直な罰なんですよ?」
「え、あ、え?」
どこが!?
「物事には順番があるんです。 最終的に死刑。 その前に痛めつける。 そしてその前に食事を与えず飢餓を与える。 そして更にその前に、辱めて屈辱を味わってもらう。 私が提案したのは、その屈辱を味わってもらうことなんですよ」
「そ、そうなのか?」
そんな順番存在しませんが!?
「だから、殿下。 私はその屈辱を前回味わうことが出来なかったのです。 もっと徹底的に私を屈辱塗れにさせないと駄目じゃないですか」
「は! 確かに!」
「それとも殿下の愛はやはりその程度なんですか? 順番通りにやれば、確実に私を絶望させて死なせることができるのに」
「まさか! そんなわけないだろう! ちゃんと君を絶望させて死なせてやりたい!!」
絶望ってなんだ、絶望って!!?
それをなんで受ける本人が前と同じく提案しているんだよ!?
「ああ、そうですわ、殿下。 こういうのはいかがでしょう?」
「ほう、一応聞こうじゃないか?」
こ、こういうの? 今度は一体何を......
「私を娼婦の館で働かせてくださいな」
ゼレンとディーンとエリックが同時に鼻血を吹いた。
「あああああなたは何を言い出すのです!?」
「ディーン様こそ、何を想像しておられるのです?」
「おおおおおおおま、おま、お前!! しょしょしょ娼婦の意味分かってるのか!?」
「エリック様には全く縁がない場所ですね」
「なななななななななナディア!? ききき君、破廉恥な女だったのかい!?」
「破廉恥だとは思いませんが......」
ナディア嬢は冷静すぎである。
あと全員動揺しすぎである。
......僕もだが。
......じゃない!! なんでそんなこと言い出した!?
そんなゼレンたちに構わず、ハアと片手を頬に添えて彼女はため息をついていた。
「あのですね、殿下」
「ななななんだい......?」
「私、元公爵令嬢なんですよ」
ななな何やら、前の夜会の時と同じように言い始めたぞ?
「そ、それが?」
「つまり、まあ、こんな丈の長いドレスやらをずっと着ていたわけです」
「そう、だね?」
「先程、私は屈辱をあわせるべきだと申し上げました」
そこで一旦言葉を止め、ゴホンとわざとらしく彼女は咳払いをした。
「娼婦の服装は丈の短い服を着ているのです!! つまりミニスカート!」
み......ミニスカート!!
「殿下、ずっと丈の長いドレスを着ていた私が、ミニスカートを履くんです!!」
「みみみミニ!!?」
「つまり、生足が出ます!!」
「生っ!!?」
ななな生っ......!? な、ななな、ナディア嬢の......生足っ......!!?
許容量を超えたゼレンが、また盛大に天に鼻血を噴いていた。
「こここここんな......こんな破廉恥だったなんて......ナディア! 君には失望した!!」
「違いますよ、殿下」
「へ?」
「何を勘違いしているのですか。 これは罰です。 公爵令嬢の私が、そんなミニスカートを履いたらどうなりますか?」
「どうなる?」
「そう、それこそプライドが傷つくはずなのです!! 羞恥心でいっぱいになり、なんで私がこんな罰を、と屈辱を味わう事間違いなし!!」
「は! 確かに!!」
確かにじゃなああああい!!
納得させられてどうする、ゼレン!?
彼女、公爵令嬢!! そんな彼女が娼婦の格好をさせられたなんて、それをさせたのが王族だなんて知られたら、王族の権威は失墜するから!!!?
ゼレンはフムフムと流れている鼻血を拭き取らずに頷いていた。 なお、他二人は想像の世界から帰ってきていない。
これは、無理だ! さすがに止め......
と、牢屋のドアを開けようとして、ふと思った。
......刑が執行される前に助ければ?
これはもしかして......いい機会なのでは?
いや、いやいや。 そんなことをするわけには......そんな格好で娼館で働いたなど、彼女の評判を傷つけることに他ならない。 社交界にもあっという間に噂が流れる。 貴族として彼女の立場が失われ......
......だが、その前にタイミングよく僕が助ければ......
「はっはっは!! いいだろう、ナディア!! 君のあられもない姿を民たちに示し、羞恥に悶え屈辱を味わうといい!!」
「ああ、殿下。 高級な娼館ではだめですわよ?」
「ふっ! 分かっているさ!! 低俗な貧乏人しか通えない娼館で働けばいいだろう!! そこでみすぼらしく汚らしい男共を相手にしたまえ! それでこそ余計屈辱を味わえるというものだ!!」
「さすがですわね、殿下」
「そうだろう、そうだろう!! はっはっは!!」
僕が考え込んでいる間に、次の罰が決定してしまった。
■ ■ ■
これが先ほどの牢屋での彼女とゼレンたちのやり取りである。
ふうと、先ほどから大分頭が冷えたであろうゼレンが息を吐いた。
「僕、知らなかったよ......罰には順番があることを」
そんな順番はない。
まだ若干頬を赤らめているディーンがゴホンと咳払いした。
「ま、まあ? 確かにみみみミニスカートなんてものを履くのは、貴族令嬢には屈辱的でしょう。 いいのではありませんか?」
お前が見たいだけだろう。
鼻に栓をしているエリックが、宙を見ている。
「あの女、とんだ尻軽女だったんだな......な、な、生足を結婚する男以外に見せるとは」
僕も大概知らない方だが、こいつの方が知らないのかもしれない。
ファサっとまた無意味にゼレンは髪を搔き上げた。
「そこまでの罰を望むなんて......愛されるのって辛いな」
どこをどうしてその結論になった?
「殿下、心中お察しします」
「ああ、俺もだ。 あんな女に目を付けられるなんてな」
お前らもかい。
「ふっ......でも僕は彼女を苦しめる。 愛しい愛しいシルフィーを怖がらせ、いじめた彼女が憎いから」
「尊敬します、殿下。 愛する者のため、非情になってまで自分を愛する女性を罰するとは」
「そうだな......俺だったら同情してしまうかもしれねえ。 さすが、俺が認めた男だ!」
「ふふ、二人とも、よしてくれ。 僕は彼女が憎いから、これはまさしく私情なんだ。 本来なら許されざる行為。 自分を愛してくれる女性を罰するなど、常識に反している」
全くもってその通りなのだが......常識というなら勝手に公爵令嬢を罰するなと言ってやりたい。
バンっ!とゼレンがテーブルを叩いた。
「だが僕はやる!! 僕のシルフィーへの愛は泥沼より深いことを証明してみせよう!!」
「どこまでもついていきます、殿下!」
「俺の命はとっくに殿下に預けてある! あの女をとことん苦しめてやろうじゃねえか!」
この二人、どこをどうやってこの王子にそこまで心酔できるんだ?
「ディーン、エリック! ありがとう! では、ディーン!ナディアの娼館での服装なんだが、ききき際どくて、ろろろ露出が激しいものを着させよう!急いで用意してくれ! その方が彼女をもっともっと苦しめられる!」
「で、殿下!? そそそそんな服装をさせるおつもりで!?」
「ああ! 当たり前だ! みんなからいかがわしい目で常に見られるんだ! 耐えられるはずがない!」
「殿下......その非情っぷり、惚れ惚れするぜ!」
どこがどう惚れ惚れするのかさっぱり分からないが、
そんなことは僕が絶対させないさ。
まだバカ騒ぎしているあいつらの執務室から静かに離れ、自分の執務室へ向かった。
部屋に入りソファに座ると、フレッドがまた紅茶を出してくれる。
「どうでしたか?」
「ああ、そのことなんだが......」
フレッドに次の罰のことを話したら、目を丸くさせていた。 だが、すぐに頭が痛そうにこめかみに指を当てている。
「そうですか......ナディア様は何を考えておられるのか......」
「ああ、全くだ.......だが、そんなことはさせないさ。 当日、僕が彼女を助ける」
「おや? 今すぐではないので?」
そう、今すぐじゃない。
きっと当日の方が効果的だ。
当日に起きるであろうことを考えていると、フレッドの目が段々と半目になってジッと見てきた。 ん、なんだ、その目は?
「なんだ?」
「殿下......まさかとは思いますが......」
まさか?
「ナディア様のミニスカート姿が見たいわけではありませんよねぇ?」
ブフっと紅茶を噴き出しそうになった。 みみみ見たいだと!?
「んんんんなわけあるか!!!」
「本当ですか? 怪しいなぁ......」
「バカなことを言うな!!」
そそそそんな、ミニスカートなど!?
『つまり、生足が出ます!』
途端、牢屋でのナディア嬢の言葉が思い出され、想像してしまってカアアアっと顔が熱くなる。 さらにフレッドが呆れるように見てきた。
「その反応、ますます怪しいですよ」
「ちちち違う! 僕はその日がいい機会だと思ってだな!!」
「へぇぇぇぇぇ......」
やめろ! そんな疑わし気な目で見てくるな!!
あんな三バカトリオと一緒にするなぁぁ!!!
お読み下さり、ありがとうございます。