第3話 第一の罰
「フレッド......」
「......なんでしょう?」
「僕は、目がおかしくなったのだろうか?」
「奇遇ですね、殿下。 私もちょうど同じことを思っておりました」
今日は、ナディア嬢が我がバカ兄ゼレンからの罰を受ける日になっていた。
結局、ナディア嬢は一週間、平民生活を送ることになってしまった。 本人の希望であり、ゼレンが第一王子の権限で強行してしまったからだ。 それをフレッドが聞いてきて僕に報告し、慌てて飛んできた。
そして、息を切らしてその目的の八百屋に到着したわけだが......
「では、これから一週間よろしくお願いいたします、奥様」
「へ......あ、その......」
「まあ、そんな委縮しないでくださいな。 今や私は罪人なのです。 『いいとこのお嬢様が、平民をバカにするんじゃないよ!』ぐらいの罵倒でも何でも言ってください」
そんなこと平民に出来るわけがない。 八百屋の女将さんは、完全に貴族令嬢に委縮してしまっている。 恐れ多い感じでナディア嬢を見ているし、あと多分、違うことに動揺している。
僕もだ。
「はっはっは! ナディアの言うとおりだよ! ほら、ちゃんと掲げているだろう? 『私は罪人です!第一王子様の愛しい人を傷つけてしまいました! 罰を受けてる真っ最中!!』とね!! 遠慮なく、奴隷のごとく使ってやってくれたまえ!!」
ゼレンの指差した先には、平民の格好をして胸元に板をぶら下げているナディア嬢の姿。
そう、そして先程ゼレンが言った文言が大きく書いているのである。
侮辱するにもほどがあるわ!!!!
あいつ分かってるのか!? 彼女、公爵の娘!!公爵が牙向いたらどうする!? 彼は知恵者でもあるが、家庭内の仲はすこぶる良好!! 普通に娘のことも社交で自慢しているぐらい大切に思っている!! 評判良い彼女にこんなことしたって知られたら、他の貴族たちだって公爵に味方するわ!!! 最悪、内乱起きるレベル!!
さすがに止める! これはもう止める!! それにこれはいい機会でもある!!
「兄上!!」
高笑いしているゼレンの所に歩み寄ったら、あいつらもやっと僕の存在に気づいたみたいだ。 ナディア嬢も目を丸くさせている。
「なんだ、アルじゃないか。 君も彼女の苦しむ姿を見に来たのかい?」
「何をバカなことを!! こんなこと今すぐお止めください!! そもそも公爵家の彼女に、こんな罰を与えること自体間違っているのです!! あなたが身勝手な罪を押し付けたに過ぎないではありませんか!!」
「何を言う、アル! 彼女は僕の愛しい愛しいシルフィーヌを傷つけた悪女だぞ!! シルフィーヌは未来の僕の妃! つまり未来の国母だ! 苦しむ罰を与え、それから無残な死を遂げさせてやるのは当然じゃないか!!」
このバカ男が!! なんで男爵令嬢が妃になれると思ってるんだよ!?
「父上の裁可なしに公爵家の人間を勝手に処罰するなど、到底許されることではありません!! 今すぐ彼女をアーハイム公爵にお返しします、いいですね!」
「アル、君はバカかい? 彼女は公爵家から籍をもう外している! 今じゃただの罪人だ!!」
今もれっきとした公爵家の人間だよ!!
まさか、この前の夜会で宣言したからそうなったと思ってるのか、このバカ兄は!?
話が通じないと思って、フレッドに彼女の拘束を解くように指示を出そうとした時、彼女が「ゴホン」と咳払いした。
「恐れ入ります、アルベルト殿下。 発言してもよろしいでしょうか?」
「ナディア嬢、君もどうしてこんなバカげたことを承諾しているんだ!? フレッド、さっさと彼女のぶら下げているものと拘束を解いてやれ!!」
「アルベルト殿下、どうか落ち着いてくださいな。 これは私がゼレン殿下に進言したことですから」
「は?」
............彼女は今なんと言った?
「そうだよ、アル!! これはナディアが言ったことなんだよ! ちゃんと自分のことを罪人だって民たちに示した方がいいって言ってね!! 僕もそう思ったわけさ!!」
いつものように無意味に髪をファサっと搔き上げているゼレンに、開いた口が塞がらない。
え、自分で? このバカげた板をぶら下げていると?
なんで?
「アルベルト殿下、お気遣いありがとうございます。 ですがご安心してください。 父にも了承済みですから」
公爵も了承しちゃったの?
なんで!? こんなのただの辱めじゃないか!?
呆けている僕を余所に、ゼレンとディーンとエリックはバカにするようにナディアを笑っていた。
「はっはっは!! ではナディア! 平民の貧乏生活をして、十分に苦しみたまえ!!」
「あなたみたいな悪女にはお似合いですね。 せいぜい泣いて暮らしてください」
「惨めでみすぼらしい恰好が案外似合ってるぜ!! それが終わったら楽に死なせてやるからよ!!」
王家の信頼を底に落とすかの如く、平民の生活と服装を貶した彼らは、馬車に乗ってさっさと王宮に戻っていった。
「殿下、殿下。 お気を確かに」
「は!」
フレッドが肩を揺らしてきて、やっと我に返った。 人間、予想外すぎる出来事が起きると、頭が真っ白になるらしい。 さっきのナディア嬢の言葉がどうにも信じがたい事だったんだよ!
「殿下、少し不味いです。 先ほどのゼレン殿下たちの物言いは......」
そ、そうだ! なんであんなことを言ったんだ、あのバカ兄は!! 完全に民をバカにしすぎだろうが!! 民たちの税金で僕たち暮らしてるんだぞ!?
周りを見渡してみると、ものすごくイラついている様子の民たちの姿。 当然である。 この国の王子が自国民の生活をバカにしてきたのだから。
「アルベルト殿下、ここは私が引き受けますから王宮にお戻りを」
民たちになんて謝ろうか考えていたら、ナディア嬢が困ったように笑っていた。
「元はと言えば私のせいですからね。 ちゃんと責任を持ちます」
「い、いや......だが......」
「安心してください。 今回の私の件で、民たちからの王族の方々への信頼を落としたりしませんから。 フレッド様、殿下を王宮へ」
ふうとフレッドが困ったように笑って、僕の腕を無理やり引っ張っくる。
い、いやいや、待て待て!!? なんでフレッドはナディア嬢の言う事聞いているんだ!? この殺気立ってる民たちの中に、彼女を残していけるわけないだろう!?
でも、ナディア嬢は呑気にヒラヒラと手を振っていて、呆気に取られてしまい、フレッドに無理やり馬車に押し込まれてしまった。
「フレッド、何のつもりだ!? すぐに彼女をっ!」
「落ち着いてください、殿下。 ナディア様なら大丈夫ですよ」
「何を言っている!? あれでは民たちの怒りを彼女が引き受けることにっ......」
「ですから、大丈夫ですよ。 あれだけ楽しそうにされていましたから」
「はあ!?」
「見ていれば分かります」
やれやれと言った感じで、フレッドは肩を竦めるばかりだ。 こいつ、何か知っているのか?
だが、フレッドの言うとおりに大丈夫だと、僕は思い知らされた。
次の日。
彼女が心配だから様子を見に行った。
「あらー、罰を受けてるのー?」
「そうなんですよー! 私、罪人なんですよー!」
「あらまぁ、こんな綺麗な子がねぇ」
「あっはっは!! もうおばさんったらお世辞が上手いんだから!!」
中年の平民女性と笑い合っている。
とても罰を受けているように見えない。 というより、昨日の民たちからの殺気が消えている。一体何をしたんだ?
また次の日。
「ナディアおねえちゃーん、わるいことってなにしたのー?」
「あ、こら!!」
「あっはっは! いいんですよ! そうだなぁ、将来結婚する人が愛しい愛しい人を見つけたとかで、邪魔をしちゃったからかなー。 いや実際してないんだけど、したことになっちゃってさー」
「それってわるいことなのー?」
「向こうがそうなら、そうなんだろうねー。 ああ、奥さんも気を付けた方がいいですよー。 旦那さんのこと目を光らせてないと」
「そうね、逆にこっちが悪いとか言われると困るしねぇ」
楽しそうに子連れの平民女性と会話している。 打ち解けている。
またまた次の日。
「最近、胃の調子が悪いのよぉ......」
「え、それは大変!! だったら消化にいいモノ食べないとですねー。 このレシピだったら、これと、あとこれがあれば簡単に作れますよー。 お手軽で胃に負担もかけませんし」
「じゃあ、それとそれ貰おうかしらねぇ」
見事に商売をしている。 打ち解けすぎである。
また次の日。
「それぇ!」
「わっ!やったなー、もう!じゃあこっちも!!」
「ナディアちゃーん、商品にはかけないでよー」
「あはは!分かってますよ、奥さん!」
店先で家族連れと水をかけあって、ワイワイと楽しそうである。 罰って遊ぶことだった?
また次の日。
「なぁなぁ、この後俺とメシいかねえ?」
「あはは、これは困ったなぁ......お兄さん、昨日彼女さんと歩いてたでしょー?」
「いいんだって、あんなやつ。それよりナディアちゃんの方が綺麗だし。王子もバカだねぇ、こんな綺麗な子振るなんてさ」
「ちょいと!あんたナディアちゃんに何の用だい!?」
「そうよ!罰を受けてるって言うのに、いつも笑顔で振る舞って頑張ってるのよ!」
「しかも二股とかさいってー!」
男は責められて逃げていった。
「もーみなさん、大丈夫でしたのに」
「ナディアちゃん、もう少し怒ってもいいのよ」
「そうだよ、もうすぐ罰も終わるんでしょ?あーでもここからいなくなっちゃうのかぁ。少し寂しいな」
「あはは。ありがとう、ケイト。でも大丈夫よ。またここに遊びにくるし」
ナンパされたにも関わらず、八百屋の奥さんと他のお客さんに守られている。 好かれすぎである。
次の日も次の日も、彼女はずっと平民たちと、和気あいあいと笑い合っていた。
そんな様子を見て、一気に体から力が抜けていった。
何か嫌なことでもあったら、すぐ助けようと思っていたが......全く出番は無かった。
□ □ □
約束の一週間が過ぎ、ゼレンがナディア嬢を迎えに来て、彼女をまた牢屋に戻してしまった。
格子の中にいる彼女に、ゼレンは満足そうに笑っていたよ。
「ナディア!! どうだ、苦しかっただろう! はっはっは! 平民の極貧生活、耐えられなかっただろう!」
「殿下、申し訳ありません」
「ふっ! 今更謝っても遅いよ! それに君の悪名はこれで民たちにも広がっただろうね! 君の事だから、偉そうに民たちに説教とかしたのだろう? 僕にしていたように! なんて傲慢な女だろうと、民たちも思ったはずさ! これで国母にも相応しくないと民たちにも伝わ......」
「あ、いえ、そうではなく」
「ん?」
彼女はニッコリと笑っていた。
「耐えられないというか、楽しんでしまいましたので、全く罰になりませんでした。 ですから他の罰考えてくれません?」
......でしょうね!!!!! 平民たちにかなり好かれていましたからね!!!! あんなアハハウフフと楽しそうだったんだから、罰になってはいないことは明白!!! 何をどうしたら、たった1週間であれだけ好かれることになるんだ!?
あと、どうしてそこまで罰を欲するんだよ!!?
僕は心の中で精一杯叫んでやった。
ゼレンたちはまた「「「は?」」」と呆けた声を出していたが......。
お読み下さり、ありがとうございます。