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第2話 公爵令嬢の言い分

別人視点です。

 


 王宮の第一王子の執務室。

 王子を含め、側近二人が一緒にテーブルを囲んでいる。


 ふう、といかにも疲れたように息を吐いているローゼリア国第一王子ゼレン・ローゼリアはテーブルに肘をつき、額を組んだ手に置いていた。


「......彼女、僕を愛しすぎておかしくなったのかな?」


 彼女とは、先ほどの夜会で婚約破棄を言い渡したゼレンの元婚約者ナディア・アーハイムのことだろう。彼は彼女に愛されていると思い込んでいる。


 それを信じている王子の側近、宰相の息子であるディーン・ルカスがコクンと静かに頷いていた。


「そうかもしれません」

「いや......でもだからって、なんでいきなりあんなこと言い出したんだ?」


 もう一人の騎士団長の息子であるエリック・フォルドは、足りない脳みそをフル回転させているようだ。


 確かに、先ほどの夜会の彼女は明らかにおかしかった。 普段の聡明さが微塵も出ていなかったように見える。


 そもそもの発端は、第一王子がある男爵令嬢に入れ込み、婚約者であるナディア嬢に一方的に婚約破棄を言い渡し、やってもいない罪を捏造し、その罪状を叩きつけたこと。



 だけど彼女はこう言った。



 ■ ■ ■




「その罰、甘くはないですか?」




 会場中の誰もが、ナディア嬢の言葉に疑問を浮かべた。


 あれ?さっき王子は斬首刑と言わなかったか?


 それは常に脳内お花畑のゼレンもそう思ったらしい。 心底不思議そうに彼女を見つめていたのだから。


「ナディア、聞き間違いかな? 甘い?」

「ええ。 斬首刑という罰、甘いと申し上げました」


 斬首刑って、甘いの?

 残酷だと思うの気のせいだった?

 

 彼女のその発言で、思わず動かしていた自分の足も止まってしまった。


 何故彼女は死刑を宣告されたという立場なのに、その刑に反論を......いや内容に意義を唱えているのだろう?それだと罪を認めていることにならないだろうか?

 普通、自分はやっていないというべきでは?

 まず、この一方的な婚約破棄に異議を唱えるべきでは?


 自分だけではなく、誰もがそんな感じで様々なことを思ったはずである。


「何を言い出すかと思えば......ナディア嬢、分かっておられますか? あなた、死刑と言われたのですよ」

「全く似合っていない三角眼鏡をかけているディーン様はすっこんでいてください。 あと、ちゃんと斬首刑の意味は分かっています。 あなたより学園の成績は上ですから」

「んなっ!?」

「おいおい!?意味わかんねぇよ!! 死ぬんだぞ!? 普通、こう、震えるとか......」

「そこまで気弱な性格じゃないので。 震えさせたかったら、暴力でも奮ってみたらいかがです? そうしたら私は堂々と怯え、悲鳴を上げさせていただきます。 というか、実は蚊も殺せない見掛け倒しのエリック様もすっこんでいてください」


 彼女の切り返しに、男二人は呆気に取られているようだ。

 もちろん、会場中の人間全員も。


「な......ナディア様......」


 ゼレンに肩を抱かれたままの男爵令嬢シルフィーヌ・マキエルが、震えて擦れた声で彼女の名前を呼んでいた。 呼ばれたナディアは彼女をまるで睨みつけるように見つめ、その視線に怯えたのか、シルフィーヌ嬢も口を噤んでしまったみたいだ。


 かくいう自分も、彼女のその言葉遣いに驚いてしまっているのだが。


 皆が知っている公爵令嬢ナディア・アーハイムは、常に微笑みを絶やさず、気立てもよく、愛想もいいので、周囲の評価も上々である。 令嬢たちからもよく相談事を持ちかけられ、それらを嫌がらず真摯に向き合っている人当たりの良さの姿は羨望の的にさえなっていた。



 そんな彼女が“すっこんでいろ”と言ったのだ。



 普段はお淑やかで優し気に話す彼女の豹変した言葉遣いに、全員が動揺していた。


 その静寂した空気を壊したのは、元凶のゼレンである。


「どこが甘いと言うんだい? エリックの言うとおり、君、死ぬんだよ?」

「ですから甘い、と申し上げているのです」


 またまた彼女はそう言った。 こんなことでゼレンと同意見になるのは腹立たしいが、自分もそれが分からない。


 すると、彼女がそのゼレンに問いかけている。


「殿下、先ほどあなたは仰いましたね。 シルフィーヌ様を愛しいと」

「......なんだ。 やっぱり君は彼女に嫉妬......」

「私がしたと思っている、彼女を傷つけたことが許せないと」

「そ......そうだ。 許せない。 未来の王妃に相応しくな......」

「殿下は彼女を愛している。 その彼女を傷つけたから、だから私を死刑にすると」


 ゼレンの言う事なんて全く聞いていない。 これだけ遮るとは、彼女は本当に死にたいのか? あんなのでも、この国の第一王子。 王族に対してあんな振る舞いをするなんて、普段の彼女らしくもない。

 周囲の人間も見ているため、不敬罪でこれ以上は見過ごせなくなってしまう。


 と、動き出そうとしたところで、


 彼女の方が動いた。




「愛する女が傷つけられたんでしょ!? だったら、死刑の前にもっと苦しめないとだめでしょうが!!」




 一際大きな彼女の叫び声が、会場中にグワングワンと木霊(こだま)した。


「なんっで死刑で終わりにするのよ!? 自分の愛してる女性が、他人に傷つけられたのよ!? 死刑にして“はいさようなら”って、あなたの愛はその程度!?」

「え、あ、え???」


 戸惑っているゼレンがいる。

 自分も含め、全員戸惑っている。


 あの、ナディア嬢?


「ええ、そうよね。 あなたの足りない頭じゃ死刑が手っ取り早かったんでしょうね。 でもね、私は認めないわ! 私だったら、もっともっと苦しめるわよ!」


 ブツブツと何やら言い始めてしまったが、苦しむのは君なんだけど?


「殿下、不合格です! あなたの愛は不合格!」

「僕の愛......不合格......なのか?」

「ええ、不合格です! 本物の愛とか仰っていたけど、偽物! そんな安直な刑しか思い浮かばないんじゃ偽物ですよ!」

「に、偽物!?」

「殿下! また言わせてもらいますが、あなたの愛、その程度ですか!? さっさと死刑にして、いなくなれば満足ですか!? あなたの愛しい愛しいシルフィーヌをいじめた私が憎くないんですか!?」


 何やら愛についての説教も始まったが、なんで憎ませようとしてるの?

 しかも、自分でやってもいない罪被ってどうするの?


「に、憎い......そうだな。 僕はちゃんと君が憎い!」

「そうでしょう? なら、ちゃんと死刑にする前に苦しませなきゃダメじゃないですか」

「確かにそうだ! ナディア、ありがとう!」

「お礼の前に、ちゃんと罰考えてください」


 ゼレンはゼレンで頭を使うことができないから、訳が分からないまま彼女の言う事に納得したようだ。


 い、いや、なんで納得しているんだ? そして、なぜ彼女も満足そうにうんうんと頷いているんだ? 自分が受ける罰をどうして考えろって言っているんだ?

 この状況が全く分からない。


 よしっと、何かを閃いたゼレンが口を開いた。


「では、ナディア! 斬首刑の前に鞭打ち百回受けてもらおう!」

「甘い!」

「これでも!?」


 スパッとまた彼女はゼレンの意見を切り裂いた。

 どこがどう甘いのかさっぱり分からない。


「殿下、そんな安直に痛めつけるだけでどうするんですか。 呆れてものが言えません」

「え、あ、え???」


 また何故かナディアがゼレンを説教し始めた。


「殿下、痛めつける前にやることがあるでしょう? なんで思いつかないんですか!」

「い、痛めつける前??」


 ......自分たちは何を見せられているんだ? なんで婚約破棄されて死刑宣告された人間が、その宣告した人間に説いているんだ?



「まず、精神的に追い詰めなきゃダメでしょうに!」



 だから、それ、君がされるんだけど????

 なんで本人が提案してるの??


 唖然と二人のやり取りを見るしか出来ていない周りをよそに、ナディア嬢は深く深く溜め息をついていた。


「ハア、仕方ありませんね。 殿下、いいですか?」

「え、あ、え??」

「私、こう見えても公爵令嬢なんですよ」


 皆知ってるが?


「つまり貴族です。 貴族の生活に慣れ親しんでいます」

「そ、そうだね?」

「着替えからお風呂、何から何までお世話されて、何不自由なく暮らしてまいりました」

「それは当然だね」

「逆にあなたの愛しい愛しいシルフィーヌ様は、平民上がりの男爵令嬢。 男爵とはいっても収入も少ない貧乏人です。 ドレスも何着も持っておりませんし、ほつれた所は自分で直している苦労人です」

「そうだな、だから僕は彼女に合うドレスを......」

「その貴族の人間が彼女のように苦労する生活を送ったら、耐えられるとお思いですか?」

「は! た、耐えられるわけがないな!」

「そうでしょう? でしたら、私にその生活をまずさせて、苦汁を舐めさせればいいではありませんか」

「なるほど! さすがだ、ナディア!」


 いや、おかしいだろ。


「ひとまず、そうですね......私は平民の生活をとりあえず一週間いたしましょう。 私もきっと耐えられないと思います。 精神的に追い詰められること間違いなし」

「そうだね、それでいこう!」


 なんで自分が受ける罰を本人が決めちゃってるの?

 全く追い詰められる気配ないんだけど?

 

「では殿下、私が行く平民の家を手配してください。 じゃ、そこの衛兵さん。私を牢屋にお願いします」

「へっ!? い、いや......あの?」

「ああ、何も身分とか考えなくて大丈夫ですよ。 先ほど殿下は私を公爵家の籍から外させたのですから。ま、罪人ですね」


 どこの世界に王族に指示を出す罪人がいるのだろうか?


 あと、それはこの王子が勝手に言いだしたことだから、全くそんな手続きはしていない。 まごうことなき、彼女は現時点で公爵家の人間である。


「連れていけ! ナディア、君には苦汁を舐めさせる生活を思う存分味わわせてやろう! 僕の愛の深さを思い知ればいい!」

「そうですね」

「はっはっは!! これ以上ない貧乏暮らしをしてもらおうじゃないか! 泣いてせがんでももう遅い!」

「楽しみにしておりましょう」


 なんで罰を楽しみにするんだ?


 色々な疑問がグルグルと頭の中を駆け巡っている間に、彼女は戸惑う衛兵を連れて会場から出て行ってしまった。会場中にいた貴族たちの困惑を置いてけぼりにして。



 ■ ■ ■


 と、ここまでが先ほどの夜会であったこと。


 幾分か冷静になったゼレンが、やっとおかしさに気づいたのかうーんと唸っている。


「僕、知らなかったよ。 斬首刑が甘い罰だったなんて......」


 んなわけない。


 今度はディーンが三角眼鏡をクイッとあげながら嘆息していた。


「僕もです。 ですが、確かにナディア嬢の言う事には一理ある......」


 お前もかい。


 今度はエリックがガシガシと頭を掻いていた。


「あの女、よっぽど殿下の気を引きたいんだな。 愛されないなら、憎んでほしいってか?」


 どうしてそうなる。


 ゼレンが悲しそうに笑っていた。


「愛されないから、苦しみを......か。 僕を愛しすぎて、彼女はおかしくなってしまったんだね」


 まず、やってもいない罪を認め、自分への罰を提案した彼女におかしさを感じてほしい。


「ディーン、ナディアが苦しむような貧乏生活を送れるように手配を」

「いいのですか、殿下?」

「いいんだ。 それにナディアの言うとおりだ。 僕は愛しい愛しいシルフィーを傷つけたナディアが憎い。 さっきもずっとナディアを見て怯えていたんだ。 許せないって気持ちが確かに強いんだよ。 斬首刑じゃ物足りない。 そう、もっともっとナディアには苦しんでもらわないと」

「だがよ、殿下。 平民暮らしなんて、それこそあの女の言うとおり、貴族の生活しか知らねえんだ。耐えられるわけねえだろ?」

「それが罰なんだよ、エリック。 苦しまないと、意味ないだろ?」


 それ、ナディア嬢が言ったことなんだが。


「ですが殿下。 平民暮らしとはいえ、どこへ?」

「そうだな......ああ、そうだ! シルフィーが通っていた八百屋はどうだろう? あそこの人間は商いを営んでいる。そこで平民がどんなに大変に暮らしているかをナディアに味わせるんだ! ナディアが野菜を売るんだ! あの気位の高いナディアが苦しむことは間違いない!!」

「......殿下、えげつねえな。 あんな場所に放り込むとは......」


 どこがえげつないのかさっぱり分からないが、平民をバカにしすぎである。野菜を売る事は普通の仕事だ。


 こうでもない、ああでもないとバカげた話を繰り広げる執務室から、音を出さないように離れていった。




 自分の執務室の扉を開き、ドカッとソファに座り込む。

 そんな自分に苦笑して紅茶を出してくれたのは、自分の補佐をしている男。



「どうでしたか?」

「バカ楽しそうに話し合っていたよ。 本当にあれが兄だと思うと吐き気がしてくる」

「正真正銘、あなたの兄ですよ。 第二王子アルベルト・ローゼリア殿下」



 ハア、と深い溜め息が出てきてしまう。 第二王子である僕の補佐、タール侯爵子息のフレッドが淹れてくれた紅茶を流し込んだ。


「彼女は?」

「それが......」


 先程、あのバカ兄に婚約破棄と斬首刑を言い渡されたナディア嬢の様子を聞くと、次第に困ったように目を彷徨わせていた。 なんだ、何かがあったのか? そう思っていたら、全く違う答えが返ってきた。


「牢番と意気投合したようで、お互いの家族の話で盛り上がっていまして......」

「は?」

「他の令嬢たちも牢屋に押しかけて、女子会というものを開いて楽しそうでございました」


 ......なんって呑気な!!? 今、誰のせいでこんな面倒なことになっていると思っているんだ!?


「アーハイム公爵には知らせたのか?」

「一応......」

「返事は?」

「“そのうち飽きるのでは~?”とのことです」


 自分の娘のことだろうが!! 冤罪かけられて、その罪を何故か認めているんだぞ!? 死にかけてるんだぞ!? 「飽きるのでは~?」って無関心すぎるわ!! ちゃんと抗議してこいよ!!

 思わずガシャッ!と茶器を置いてしまった。


「まあまあ、落ち着いてください」

「......ナディア嬢は何を考えているんだ......さっぱりわからない」

「そうですね。 まさか認めるとは......というより自分で刑の内容を要求するとは」


 そうだ。 それが全く分からない。 何故認めたんだ。

 まあ、明らかにバカ兄が冤罪をかけているのは知っているから、すぐに取り消せるは取り消せるんだが......何分、認めた姿を多くの貴族たちが見てしまっている。 どう収拾をつけようか。


「しばらく様子を見てみては?」

「は?」


 これからのことを考え込んでいると、フレッドが肩を竦めてそんなことを言いだした。


「黙ってあのバカ兄たちのすることを見ていろというのか?」

「そうです。 今のところ、ナディア嬢のしたいことが分かりませんからね。 このままでいくと公爵家から追放になるのに、何故あんなことを言いだしたのか」


 そう、追放になる。 あの時の彼女の兄に対する発言は明らかに不敬罪に値する。男爵令嬢の方の冤罪は何とかなるにしても、そちらの方が今は問題だ。


 王族に歯向かった娘が貴族籍のままなのかと、他の貴族たちから反発されるかもしれない。 彼女は貴族の中で評判もいいから、そんな貴族たちがいるかは分からないが油断は禁物だ。


 それに最悪、アーハイム公爵の立場も危うくなる。 そうしたら、彼は娘を切り離すかもしれない。 彼は普段は穏やかだが、物事をきちんと冷静に判断してくる知恵者でもある。


 またもや考え込んだ自分に、フレッドが苦笑していた。


「いざって時は、あなたが出ていけばいいことではありませんか」

「それは......」

「国王夫妻にも早馬を向かわせました。 それまでの間、少し彼女が何をするのか見てみるのも一興かと」

「お前......楽しんでないか?」

「中々、先ほどのはいい見世物でございましたからね。 それに、よくよく考えると、計画に支障はないのでは?」


 全く、笑い事ではないんだが。


 まあ、確かに。

 僕のやることは変わらない。


 僕の望んだ結末に持って行ければそれでいい。

 そして、その結末は絶対に変わらない。



 彼女が何を企んでいるのかは知らないし、少々予定外だが......



 僕は絶対やり遂げて見せるさ。



 というわけで、第二王子アルベルト視点でここからお送りいたします。

 アルベルトのツッコミじゃ物足りない方は、よろしければ心の内で追加ツッコミをぜひお願いいたします。

 お読み下さり、ありがとうございます。


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