第15話 公爵令嬢は満足している
「お嬢様、シルフィーヌ様がお見えになりました」
「そう。 お通しして」
コンコンというノックの音と共に侍女が声を掛けてくれた。
扉が開き、学園で習ったカーテシーをしたのはゼレン殿下にセクハラ三昧されていたシルフィーヌ・マキエル。 今日、私が招待したお客さんだ。
彼女はドレス姿ではなく、平民の格好をしている。 その姿に思わず顔が緩んでしまった。
とりあえず向かいの席に座らせて、侍女に用意してもらった紅茶を二人でゆっくり飲む。 公爵家の屋敷にきたから彼女は若干震えてたけど、ここには私と侍女しかいないから大丈夫だって。
「あなたのお父様は、爵位を返上したそうね?」
「......はい。 やはり父には荷が重かったんだと思います。 今度、ココ村に帰ることにいたしました」
そう言って苦笑している彼女は以前と違って晴れやかな顔をしている。 よかった。 あの頃はいつも泣いていたから。 あのバカのせいで。
「じゃあ、あの幼馴染の彼と結婚するってわけね」
「えっ......ええっ!? い、いやいや......まままままだそんな話にはなななってませんよぉ......」
途端に顔を真っ赤にして狼狽えだした彼女を見て、つい笑ってしまった。
シルフィーヌには故郷のココ村に恋人がいる。
実はこの王都に一回彼が来てたのよね。 素朴そうで優しそうな男の子だった。 彼の隣にいたシルフィーヌは、それはもう幸せそうに笑ってて、こっちまで嬉しくなったもの。
だから、その笑顔を泣き顔に変えていたゼレン殿下に腹が立って仕方がなかったわね。
ふっふっ......刑が執行される時のゼレン殿下の顔といったらなかった。 いやもう、あの顔見たくて見たくて。
つい思い出してクスっと笑ってしまったら、シルフィーヌがそんな私をきょとんと見てきた。
「ごめんなさいね。 つい、あの姿のゼレン殿下を思い出してしまって」
「......あれは......悲惨でしたね」
え、そう? 面白かったじゃない。
私とは裏腹に彼女は何とも言えない顔をしている。
あの日、シルフィーヌも呼んでいた。 ぜひ、見せてあげたくて。
■ ■ ■
「ひぃぃっ! ななな何で僕がこんな格好をぉ! す、スース―するぅぅ!」
「でで殿下......どうしてこんなことになってしまったんでしょうかぁぁ」
「くっそぉぉ......なななんで俺までぇぇ......」
城門の前で、そうブツブツ言っているのはゼレン殿下とディーン様とエリック様である。
この日、三バカはここから旅立つことになっていた。 そう、これから一生各地の結界石の魔力補填という仕事をするために。
ディーン様とエリック様も完全に家から追放されることになり、ゼレン殿下と同じ処罰が下されることになったのだ。 二人はそれぞれの父親に泣いて縋ったらしいが、取り合ってもくれなかったらしい。 宰相は頭が痛そうに、騎士団長はもう目が死んでいた。
「みみみ見るな! 誰も僕を見るなぁ!」
処罰を与えられたゼレン殿下を奇異の目線で見てくる平民たちに、みっともなく叫んでいる。 何故かって?
そりゃもちろん、ヒラヒラのスケスケの女性用の下着姿だからね! 慣れていないミニスカートを一生懸命押さえて内股になり、酷いメイクを施され、顔を真っ赤にしている殿下たち。
「ねえ、お母さん。 あのお兄ちゃんたち、なんであんな恰好してるのぉ?」
「しっ、だめよ、見ちゃ」
小さい男の子の目を手で塞ぐお母さん。 でもその口元は笑っているのを堪えていた。
「陛下も断腸の思いでこの処罰を下されたらしいぞ。 可哀そうにな」
「もうこうするしか方法がなかったんだろうなぁ」
「あれぶら下げて、一生生きるとか......俺も気を付けよ......」
あんな息子を持った陛下に同情の声をあげているおじさんたちだが、肩が震えている。 何故かって?
そりゃ『僕は罪人! みんな、悪い事や思いやりのない行動取ると、こんな罰が与えられるよ! こうなりたくなかったら、みんなも気を付けてね!』って書かれてるからね!
「さっさと歩け」
「ひっ! ななな何をするんだ!? 僕を蹴るとはどういうことか分かってるのか!? 僕はこの国の第一王子」
「もう罪人だ。 王子じゃない。 早く歩け」
「うわっ!! ひっ! そそそのワイルドウルフを近づけるなぁ!」
ドンっと殿下の背中を蹴っているのは、あの時牢屋で私に済まなそうに謝って手錠をかけた衛兵さん。 傍らには彼と契約したワイルドウルフがジッと殿下を見て座っている。
内股になりながらその子に怖がって、後退りしているゼレン殿下は滑稽以外の何者でもない。 他にもワイルドウルフを伴っている衛兵さんが2、3人。
彼ら、ゼレン殿下たちを監視する役割を引き受けた衛兵さんたち。
いっやー。 殿下の命令に仕方がなく従ったとはいえ、私に手錠かけたりしたことを後悔しているんだって。 別に私は気にしてないって言ったんだけど、それじゃ気が済まないからってこの役割を自ら立候補したんだとか。
まあ衛兵さんたちは季節ごとにローテーションで監視の交代することにしたらしいよ。 ちゃんとあなたたちも休む時は休んでね、と言ったら何故か嬉しそうにしてたなぁ。
「な、ナディア!!」
とか思い出していたら、ゼレン殿下たちが私たちに気が付いた。
「ナディア! こんなことやめさせてくれ!! 父上に言ってくれ! 王子の僕がこんなことされるなんて許されることじゃないだろう!?」
それを命じたのは紛れもないあなたの父上ですよー。 内心ほくそ笑みながらシラーっとした目を向けていたら、今度は隣にいたシルフィーヌを睨みつけてきた。
「君のせいだ!! 僕を君が誑かしたからこんなことになったんだ!! どう責任を取ってくれるんだ!?」
「そうです! 折角殿下が気にかけていたというのに、何故こんな仇を返すようなことをしたのです!?」
「こんな女だと知ってたら殿下から引き離してやってたのに! この魔性の女め! お前に関わったせいで俺たちも殿下もこんな目に遭ってるんだぞ!」
聞くに堪えない罵詈雑言。 失敗した。 少しでも今のゼレン殿下たちを見て、気を晴らさせようと連れてくるんじゃなかった。 考えて見れば彼女はこんなことで喜ぶ性格じゃなかったわ。
スッと私と、そしてやや長身の貴婦人でウル君を腕に抱えている彼女を隠すと、ゼレン殿下たちがその貴婦人に視線を向ける。 お、やっぱり見惚れてるわね。
「......美しい」
思わずボソッと呟いた殿下に、貴婦人......いや、彼は思いっきり眉を顰めて持っている扇で口元を隠した。 所作、完璧。
見習わなきゃなぁと思っていたら、ゼレン殿下が前かがみで内股になりながら、手錠をかけられた手でファサっと前髪を搔き上げた。
「ふっ......そういうことか。 分かったよ、ナディア......すべてはこのためだったんだね」
「なんのことでしょう?」
「すべては彼女と僕を引き合わせるために、こんな茶番をしていたんだね! そう! 僕と彼女の逃避行のために!」
「んなわけねぇだろ」
「へ?」
扇で隠しながら野太い声を出してツッコんだ彼に、ゼレン殿下が呆けた声をだしている。「あれ? 今男の声がしたような......」と顔に書いているのが分かる。
「オホン......殿下、こちらロイド様でございます。 あなたが散々『子爵風情が僕の前を勝手に歩くな』と罵倒してきた男子生徒です」
「へ?」
「どうでしょう、ロイド様。 殿下の女装は?」
「全くなっておりませんわね。 よくわたくしに『君のその醜さは生まれ持ってのものだったんだね。 服に着られているじゃないか』とか仰ってたくせに、女装一つもこんなにこなせない人だとは思っておりませんでしたわ」
「こ、こなせない......?」
「醜いって言ってんだよ。 俺の事散々バカにしやがったくせに、そんな軽い服装一つ着こなせてねぇじゃねえか」
私に対しては見事な裏声で返してくれるが、殿下に対しては野太い声である。 この使い分けをしっかりしている彼にもはや脱帽。 そして彼の言うとおり、彼が殿下と同じ服装しても、それはもう綺麗なお姉さんにしか見えない着こなしをすることは間違いなしでしょう。
彼、ものすっごく殿下たちが嫌いなのよ。 学園で事あるごとに殿下たちにバカにされてたから。 今はヒール履いてるから高いけど、脱ぐと私と身長変わらなくて、そのことをネチネチと殿下は厭味ったらしく嘲笑ってた。
「「「おおお......男!?」」」
やっと気づいた三バカが声を揃えた。気づくのおっそ。
「そ......そんなバカな......男が......こんな美しく......僕よりも......」
おーおーショック受けてる受けてる。そう! この顔が見たかったのよ!!
思わずにーっこりと笑うと三バカがビクッと体を震わせていた。
「殿下。 殿下は女装も立派にできていないということです。 ロイド様はあなたよりすっごい美人ですよ」
「僕が......男よりも......」
「全くイケメンではないですね!」
力一杯言ってあげたら、ガクッとその場に膝をついた。
よほどプライドを傷つけられたみたいだ。でもこれを言いたかった!!
「殿下! そんなことありません! 殿下は美しいです!」
「そうだ、殿下! 殿下は俺が認めた男の中の男だぜ!」
ディーン様とエリック様が必死に励ましている様も、実に滑稽である。
ああ、なんでこの二人がこんなにゼレン殿下に心酔しているかって?
それはさ、この二人、殿下と同じ系統なのよ。 「僕は宰相の息子だから勉強しなくても頭いい」とか「騎士団長の息子だから鍛錬しなくても俺強い」とか思ってる二人なのよねー。
当然家族からは爪弾きにされたんだけど、そこにゼレン殿下が「君たちは正しい!」と手を差し伸べて、自分を認めてくれる殿下に心酔してるってわけ。 バカすぎー。
「ほら、さっさと立て!」
「ひっ! やめろ、触るな!」
「ではナディア様、我らはこれで」
「ええ。 あなたたちも道中気を付けて」
見事な敬礼をした衛兵さんたちがゼレン殿下たちを無理やり立たせて、ワイルドウルフに囲ませながらボロ馬車に乗せていく。 「なななナディア!! 助けてくれぇ!!」と殿下は叫んでいた。
助けません! これから一生魔力補填器として扱き使われてください!
道中の食事も彼らには粗末なモノしか与えられないはずだから、それでも絶対屈辱を味わうこと間違いなしだな......と思いながら彼らを見送った。
ロイド君はずっと溜まってた鬱憤を晴らせてスッキリした顔をしていたけど、シルフィーヌは何とも言えない微妙な顔をしていて、静かにウル君の頭を撫でていた。
私はこれからの殿下たちに向けられる失笑と嘲笑を想像して満足してたけどね! それがどんな地獄か殿下たちも十分味わうといいわ!! あっはっはっはっ!
■ ■ ■
と、その時のことを思い出していたら、シルフィーヌもそうなのかハアと息をついていた。
「殿下たちは、理解が出来ていたのでしょうか?」
「出来てないわね。 まあ、これからは王子としての扱いをされなくなるわけだから、いつかは分かるんじゃないかしら」
同情めいた溜め息をついているシルフィーヌにきっぱりと言ってあげる。
でもあれ無理でしょ。 死ぬまでに反省したら、私は心から万歳してパチパチと拍手を贈ってあげようじゃない。
「......それにしても驚きでした。 ナディア様が“おわらいげいにん”というものになりたいなんて」
「そう?」
「はい。 どういうものかは分かりませんが、ハッキリとそれを陛下たちの前で仰っていたお姿を見て、何故かこっちまで楽しくなりました」
クスクスとシルフィーヌが笑い出す。
そうね、シルフィーヌにも見てもらいたかったな、私がネタを披露するところ。 それで今みたいに笑ってくれたら舞い踊るくらいに嬉しいに違いない。
今でもやれたらなって思いはある。
前世で全く売れなかったから、じゃあ今世で成功してみせようじゃないって思って、子供の頃はよくネタを作って漫才ごっこをやっていた。 そう、“はとこのフレッド様”を巻き込んで。 すぐに嫌がられたけどね。 昔は仲良かったんだから。
でも子供の頃のお茶会で、他の貴族の夫人に蔑まれちゃったのよ。 ドレスをかなり捲し上げていたからだけど。 それでお母様が変に思われるの嫌になった。
だから方向転換した。
他の方法で笑顔にさせること考えようって。
愛想よく笑ったり、相槌打ったり、でも茶目っ気も忘れずに。 それで結構みんな笑って喜んでくれた。嬉しかったなぁ。 貴族令嬢らしく上品に振る舞ったりもしたし、相談事にもよく乗っていた。 解決するとみんな笑顔になるからね。
ただ、ゼレン殿下の婚約の話がきた時に、あ、出来るんじゃない? って思ったのよ。 やっぱりもっと大勢の人の笑ってる姿見たいからね。
お父様とお母様は好きにしていいって言ってくれたから、じゃあお笑い芸人もう一回目指そうって、その時に決めた。
夫になるゼレン殿下の評判なんて気にする方があほらしいし、もうお嫁に行った私のことで、公爵のお父様とお母様の評判もそこまで悪くならないでしょって思った。 「全っ部ゼレン殿下の影響です」って言えば、きっと貴族たちは納得してくれたに違いない。 逆に同情してたかもね。
ゼレン殿下との結婚と同時に、アルベルト殿下が王太子として立太子することになってたんだけど......全部ゼレン殿下がぶち壊しちゃったからねー。 それにシルフィーヌへのあの横暴ぶりも腹が立ってたのも事実。 この際だから、前世で考えてたこともやってしまおうって思ったのよ。
そして実は私は今謹慎中。
ゼレン殿下への不敬はあの夜会にいた時の貴族たちに見られたからね。 謹慎は私がお父様に進言した。 ちゃんとしかるべき罰を与えるべきですって。 他の貴族にそれじゃあ示しがつかないと思って。
お父様は「気にしなくても大丈夫だよ」と仰って下さったけど、さすがにそれはね。 好き勝手やった自覚はあるし、何とか王族の評判を落とさないようにはしたけど、でもやっぱり自分の息子をああいう形で処罰させてしまった陛下に申し訳が立たない(自分で仕組んだことだけど)。
......ああ......今回のことで、自分の劇場持つの無理になったなー。 この際だから、お父様に言って追放してもらおうか。 修道院に入りますってことにして、それこそ旅芸人もありかもしれない。 お、そうすれば。
「シルフィーヌの村に遊びに行けるわね!」
「はい?」
思ったことをつい口に出したら、近寄ってきたウル君を抱き上げていた彼女がきょとんとしてしまった。 あ、ごめん。 いきなりそんなこと言って。
でも......その前にちゃんとどんな処罰が与えられるか聞いてか......
「お嬢様。 アルベルト殿下がお見えです」
コンコンというノックと共に、侍女の声が届いた。 「え?!アルベルト殿下!?」と驚いているシルフィーヌ。 一気に“殿下がいらっしゃるなんて聞いてない”という顔で焦り始めている。
でもそっか。 アルベルト殿下が罰を伝えにきてくれたのか。
シルフィーヌには悪いけど、殿下を蔑ろには出来ないからね。 侍女に「お通しして」と言って、シルフィーヌと二人、部屋に入ってきたアルベルト殿下とフレッド様、護衛たちを出迎えた。
「......すまない、いきなり来て。 来客中だったのか......」
一気に気まずそうな声を出していた。 いえいえ。 罰をわざわざ殿下自ら伝えにくるとは思っておりませんでしたが。
「大丈夫でございます。 立太子の儀、無事終えられたようで、心からお祝い申し上げます」
「......君のおかげだ」
アルベルト殿下はこの前儀式を終えられ、無事に王太子になった。 それはもう盛り上がったらしい。 女装が上手いロイド君がこの前お茶しに来た時にそう言っていた。 私は謹慎中の身だから行かなかったのよ。
オホンと殿下が咳払いする。
「実は今日来たのは他でもない。 君に伝えたいことがあって来た。 前触れも出さずにきたことは許してほしい」
「いえ、お気になさらず」
きたわね。
さーて一体どんな罰を陛下は......
「ナディア・アーハイム公爵令嬢。 僕の妃になってくれないか」
.....................はい?
お読み下さり、ありがとうございます。




