第13話 第二王子は笑ってしまった
アルベルト視点です。
「だから私は申し上げました。『じゃあ、お笑い芸人やらせてください』って」
彼女のその言葉の意味が全く分からなかった。
ここに来る前、僕は全部を公爵から聞き出した。
今までの彼女の発言はどういう意味だったのか。裏で何が起こっていたのかの確認だ。
今までのは全部、ナディア嬢とアーハイム公爵が完全にゼレンを見限るための策だと考えたからだ。
一回目の罰。彼女は自分から平民の生活をすると言った。
それは何故だ?そんなの簡単だ。平民たちからゼレンへの信用を落とすことだ。自分勝手に婚約者を貶め、自分の王子としての権力を使い、国王がいないにも関わらず勝手に処罰した。そんな王子、民たちはいらないだろう。自分の都合で勝手に罪を着せられ、処分されるのだ。いつかは自分達もと不安になるし、反感を募らせる。それを見事に彼女は成功させていた。
二回目の罰。彼女は自分から娼館で働くと言った。
それは何故だ?そんなの簡単だ。知っていたのだ。貧民街の実態を。彼女は自分の知識をその者たちに教えた。結果はどうだ。その者たちは今じゃそれを生業にしてあそこで暮らしている。貧民街とはもう呼べない。マッサージによって、男共の体が癒され、仕事への意力を取り戻した。娼館で働いている若い女性たちは、体が汚されることがなくなり、知らない男の子供を孕むこともなくなった。それだけで、笑顔が戻ったのだ。
あそこの環境を変えたのは他ならない彼女であり、自分達の在り方を変えてくれた彼女を罰として働かせたというゼレンに反感が募っていった。
三回目の罰。彼女はワイルドウルフを受け入れた。
それは何故だ?そんなの簡単だ。ワイルドウルフの実用性を知っていたからだ。商人たちはご贔屓の令嬢たちからその話を聞いたらしい。だが、平民たちにもそれは伝わっている。他ならないゼレンが告知したからだ。だが告知の内容とは裏腹に彼女はウル君と従魔契約を交わした。それをこぞって彼女の友人の令嬢たちが広めたからだ。今は王都だけだが、じわじわと他の街や村にも伝わるだろう。商人たちは笑顔になっていた。
だが自分の身が危険かもしれないのにそれを証明してくれた彼女を、魔獣に食べさせるという罰を与えたゼレンにはまたもや不信感を募らせた。
それを全て、彼女の父親が手助けしていた。それに倣って他の貴族たちも協力した。
平民たちの反感を。
貧民街の衛生面と治安の改善を。
ワイルドウルフの真実を。
彼女は最後には平民たちにこう言っていたらしい。
『ぜーんぶ、陛下や王妃様、アルベルト殿下が考えたことですよ』、と。
そうすることで、ゼレンとディーン、エリックだけがこの国の悪者になった。ゼレンの信用だけが地に堕ちた。逆に僕たちの信用はうなぎのぼりだ。
自分たちが信頼した彼女が、ゼレン以外の王家を信頼しているから間違いないと。
助けられていた。僕ら王族は、彼女に助けられていた。
自分は何をやっていたのか。
自分の計画に夢中で、結局は彼女に助けられている自分が不甲斐なかった。
結局僕も自分のことしか考えていなかった。彼女は民たちのことを考えていたというのに。
後悔に打ちひしがれている僕に、アーハイム公爵は「まあまあ」と慰めてきた。
『あの子は昔から突拍子もないことをするんですよー。殿下が気に病むことはありません』
突拍子もないこと?とその時思ったが、父上と母上が戻ってくるという知らせが届いた。
これを機に、一気にゼレンを廃嫡に追い込もうと公爵からのアドバイスを聞きながら計画を練った。
今度こそはちゃんと彼女を助けようと、そう意気込んでここにきた......のに。
「おわらい......げいにん......?」
ゼレンが呆けた声でそう呟いた。
「はい、お笑い芸人」
「おわらいげいにん?」
「そうです、お笑い芸人」
再度はっきりと彼女はそう告げると、みんながみんな訳が分からなそうにしている。
僕もだ!!
なんっだ、“おわらいげいにん”とは!?げいにん?旅芸人の事か!?
おいフレッド!と振り向いたら、何故かぼーっと窓の外を見つめている。なんでだよ!?
父上、母上!?と今度はそっちを見てみたら、宰相たち含め全員遠いところを見ていた。みんなしてどこ見てんだ!?アーハイム公爵だけはニコニコといつもの穏やかな笑顔を浮かべてたけどな!!
ゴホンと咳払いをすると、彼女はコテッと首を傾けてこっちを見てくれた。ウル君まで一緒に首を傾げている。
「あー......ナディア嬢?」
「はい」
「おわらいげいにん、とは?」
「そうですね。人を笑わせる職業でございます」
「笑わせる?」
「ええ」
そのまんまの意味だな......意味が分からん!!
心底分からない顔でいたであろう僕に、彼女が困ったように笑っていた。
「ゼレン殿下と結婚した後、私は劇場を持ち、そこでお笑い芸人としてやっていこうと思っておりました」
いや、まずその“おわらいげいにん”が分からないが......
「さすがにお父様の娘である私がそんなことをすると、他の貴族から何を言われるか分かりません。お父様にも立場がありますし」
いやだから、その“おわらいげいにん”とはどういうもの......?
「ですが、ゼレン殿下が相手だと全く気にする必要はありませんから!妻がそんなバカなことをしたとしても、夫である殿下もバカで通っていることですしね!」
バカなことをするつもりだったの!?
「えっと......どうしてその“おわらいげいにん”をやりたいと?」
「え?」
つい思わず聞いてしまったら、彼女は一瞬目を丸くさせ、
それはもう嬉しそうにはにかんで笑っていた。
「私、人の笑ってる姿が大好きなんですよ」
今までに見たことないくらい、幸せそうな彼女がそこにいた。
......なんだ。そうか。
彼女は、特に何も計算なんてしてなかったんだ。
王族の信頼がとか、ゼレンへの悪評だとか、そんなの本当はどうだって良かったんじゃないか?
彼女の周りは常に笑顔だった。
それこそ彼女の友人も。
罰の最中の平民たちも、娼婦たちも、娼館のお客さんも、牢番も。
みんなみんな笑顔だった。
周りを笑顔にさせている彼女に、
その中で常に笑っている彼女に、
僕は惹かれたんだ。
そう思ったら、僕はたまらず笑いが込み上げてきた。
「殿下?」
「い、いや......すまない」
本当にフレッドの言うとおりだ。
別に形に拘らなくて良かったかもしれない。
今まで僕があれこれと彼女の策だなんだと考えていたのが、一気に馬鹿らしく感じて笑えてくる。
しばらく口を押さえて笑っている僕を、彼女もゼレンたちも父上たちもポカンと見つめていた。
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