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第12話 公爵令嬢の結婚条件

 


「いつからお前が王太子になったというのだ?」


 玉座の間に怒りに満ち溢れたこっわーい低い声が響き渡り、誰もがその声の主に顔を向けた。


「ち、父上!」


 ゼレン殿下が喜色に溢れた声を出して叫んでいる。


 きたわね......。


 そう、玉座の間の扉にいるのはこのローゼリア国国王陛下。 並びに王妃様。 宰相と騎士団長、それにお父様もいる。


 陛下がゼレン殿下の元に歩いてくるのを、アルベルト殿下を始め私たちもササっと脇に並び道を開き、膝をついた。


 ああ、シルフィーヌはまた縮こまって震えているわね。 だから来ない方がよかったのに。


 なんて隣で膝をついて床を見ているシルフィーヌを、何とかこの場から出してやれないか考えてたら、陛下と王妃様が私の近くで足を止めた。


「......誰か、ナディア嬢の手錠を外せ」

「はっ」


 近くにいた衛兵さんが、すぐに外してくれる。 あ、少し青褪めてる。 ゼレン殿下に言われて私に手錠をかけた人だ。


「なっ!! 父上、だめです! ナディアは魔女で罪人なので......」

「黙れっ! たわけが!! 私の許可なく口を開くとは何事かっ!!」

「ひっ!!」


 国王陛下の一喝でゼレン殿下がさすがに口を噤んだみたい。 あれ、ビビってるわね。


「ごめんなさいね......シルフィーヌ。 あなたには辛い思いをさせました」

「お......王妃様......」


 王妃様がシルフィーヌの肩に手を置いて謝っている。 王妃様が謝るとかとんでもない大事なのに、お父様も宰相も騎士団長も何も言わない。 陛下もだ。


 ふうとこれまた頭が痛いように陛下が眉間に指を当てていた。


「......ゼレン。 お前がここまで愚かであったとはな。 余に反逆の意思があるとは思わなんだ」

「ち、父上!? 何を言っているのです?! 僕にそんな意思は......」

「お前のバカさにはほとほと呆れる。 許可なく口を開くなと言ったばかりだろうが!! その耳は何のためについているか!!」

「ひぃっ!!」


 ゼレン殿下の学習能力の悪さは周知の事実なので、この場にいる誰もが呆れた目を向けている。 まあ、そんな中ニコニコと笑顔を浮かべている人がいるけどね。


「まあまあ、陛下。 そう怒っていては血圧が上がりますよ」


 私の父です。

 父のニコニコとした顔を見て落ち着いたのか、陛下が思いっきり溜め息をついてから、またゼレン殿下に視線を戻した。


「おい、ゼレン」


 あ、全然落ち着いてないわね。 口調が戻ってないわ。


「お前、まさかとは思うが、自分が王太子だと思ってるのか? その耳は飾りか? 今までの余の言葉は完全にスルーしてたのか?」

「へ? で、ですが......僕は第一王子......」

「お前の王位継承権はとっくの昔に剥奪していると何度言えば分かる!? この大バカ者が!!!」


 キイイイインと、陛下の怖い怖いドスの利いた声が響き渡って、殿下が完全に固まった。 王妃様は頬に手を当ててハアと疲れたように息をついていた。


「ぼぼ僕の王位継承権が......剥奪? それは父上の冗談では......?」

「余の言葉が何故冗談で済ませられる!? 何度も何度もお前に伝えていたはずだ! 特にお前の母親が死んだ時に!!」


 そう、ゼレン殿下の母君は亡くなられている。 それも自業自得の事故で。


 ゼレン殿下の母君はある伯爵家の娘。 当時、王妃様との間に中々子宝に恵まれず、後継者のことを考えて王妃様が側室を召し上げたのだ。 陛下はかなり不満タラタラだったらしいが、王家の存続のために渋々承諾したのだとか。 それで選ばれたのがゼレン殿下のお母様。 そして彼女は役目を果たし、ゼレン殿下は生まれてきた。


 だけどその1年後、諦めていた王妃様のお腹にアルベルト殿下が身籠った。 当然、正妃の息子が王位継承権の最優先になる。


 それをよく思わなかったのが、ゼレン殿下の母君だ。

 彼女は王妃様を恨んだ。


 アルベルト殿下はスクスクと健やかに育っていった。 勉学も剣の実力も、ゼレン殿下は同じ教育を受けているのに丸っきり劣っていた。 それも彼女の嫉妬の気持ちを増幅させたのかもしれない。


 ある日、王妃様が開いたお茶会で、彼女は王妃様の茶器に毒を塗った。 殺そうとしたのだ。

 だけど王妃様はその茶器に口をつけても、全く変化がなかったらしい。 何故?と思ったのだろう。 王妃様の茶器をひったくって自分で飲んでみた。


 そして彼女は自分で塗った毒を体内に入れ、死んでしまったのだ。


 王妃様は左利き。 茶器の取っ手も左で持つ。 対するゼレン殿下のお母様は右利き。 だから、飲み口が違うことに気付かなかった。


 完全な自業自得である。 そして完全にゼレン殿下の母親である。


「は、母上が亡くなった時に何故!?」

「何故だと!? お前の母親があろうことか王妃を毒殺しようと企んだ! 母親の実家の伯爵家も取り潰し! 何度もお前に言っただろうが!!」


 そう、何度も何度も言った。 陛下も宰相もゼレン殿下の教育係も何度も言った。


「お前の王籍剥奪もしてやりたかったが、王妃が止めたのだ。 子に罪はないからと。 余の血を継いでいるのは確かなのだからと。 お前が王子でいられるのも全て王妃のおかげだというのに、この大馬鹿者が!!」


 王妃様は自分が側室にしたせいだと、彼女の死を悼んだ。 その罪滅ぼし(別に思わなくていいのだけど)として、ゼレン殿下が王子として生きられるようにしたのだ。 その優しさが仇となって、今こうなってるけど。


「お前が王族だったことを誇りに生きられるように、アーハイム家にお願いしてナディア嬢と婚約させたのに......勝手に破棄して断罪!? お前はいつから公爵家を勝手に断罪できる王になった!!?」

「お、お願い!?」

「そうだ! ある条件を元に、ナディア嬢が承諾してくれたんだ!! それをお前は全部ぶち壊したんだ!」


 怒りが収まらない陛下が、顔を真っ赤にさせて怒鳴り声で叱りつけている。 寝耳に水と言った顔のゼレン殿下。 知らないとは思ってたけど、いや本当に間抜け面。


 今度はゴホンと宰相が咳払いをした。


「......素直にナディア嬢とこのまま結婚していれば、あなたには侯爵の地位が与えられ、アーハイム公爵の補佐をしていただくことになっておりました。 何度も申し上げたはずです。 ご自分で全部台無しにされましたな。 王妃様のご温情をこうまで見事に壊されるとは」


 そう、とてもじゃないが頭が緩いゼレン殿下に領地経営は不可能。 領地は与えられずに、私と結婚した後はお父様の補佐をすることになっていた。 ただ元王族ということもあって侯爵の爵位をもらえるはずだったのにね。 名前だけだけど。


「これ以上のお前の狼藉は見ていられん。 王妃ももうよいな?」

「ハア......ええ、あれだけの民の声を聴けば反対しようもございません」


 お? 民? ということは......

 ゼレン殿下たちも王妃様の“民”という言葉に不思議そうにしている。 そんなゼレン殿下の様子にまたもや呆れ顔の陛下たち。


「ゼレン、お前の評判は最悪だ。 たかが1カ月留守にしただけで、どうしてこうも地に堕ちた?」

「ち、父上? 一体何のこ......」

「平民たちの間で『お前を処罰せよ』という声が溢れかえっている。 知らなかったのか?」

「へ?」


 呆けているゼレン殿下をよそに、宰相が側近から紙束を受け取っていた。


「某月某日、ゼレン殿下が平民をみすぼらしいとバカにした」


 あ、それ八百屋の女将さんのことだわ。


「ゼレン殿下とそのお付きの人が貧乏人と嘲笑った」


 いやー、そうなのよ。 あの時大変だったわねー。 でも『ゼレン殿下はああいう王子ですけどー、アルベルト殿下や陛下たちはあなたたちのことをそんな風には思ってませんよー。 現にさっきだって罪人の私のこと庇ってくれてたでしょう? 今日来たのだって、あなたたちのこと本当は労いにきたんですよねー』って言って怒りを収めたのよね。


 そう、『ゼレン殿下は貴族の方でも家族の王族にも見放されてる王子様でーす』って悪者にして。


「『ナディア様へのあの罰は不当。王子がただ浮気しただけで、あんな罰はおかしいと思います』との意見もあります」


 ああ、きっとケイトね。


「ま、待ってください! ぼ、僕たちは何も......」


 ディーン様が何かを言おうとしたところで、父親の宰相がギッと睨みつけられ竦みあがっている。パラっと宰相が紙を捲った。


「貧民街からも頂いております。 『仕事を教えてくれたナディア様を処罰するのは納得いかない』」


 ああ、娼館の女将さんだわ。


 いっやー、あそこも中々大変だったわねー。

 そもそもあんな低価格で娼婦やったらだめでしょ。 娼婦やるなら、高級娼館ぐらいの値段取らないと駄目なのに。 自分たちの体を安売りしすぎ。 避妊のケアも全然してなかったしね。 前からどうにかしたいと思ってたし、丁度良かった。


 だからこう言ったのよ。 『どうせ同じ気持ちよくするなら、別の方法でやってみませんか?』って。 そうしたら乗り気になってくれて助かった。


 まずは建物と周辺のお掃除。 綺麗なところだと人は心もほんわかになるのよ。 あとはマッサージの方法。 私、前世で整体と鍼灸の資格持ってたのよね。 だからそれを一夜漬けで伝授。 さすがに針はあぶないから、それ以外の簡単なものだけど。


 中にはやっぱり性欲を発散させにくる下品な男共もいたけど、それはウチの護衛に任せて高級娼館の方へご招待。 あとは、ここはこういうお店にリニューアルしましたよーって宣伝しただけ。


 娼館が綺麗に掃除とかして様変わりしたから、それを見て周りの建物に住んでいた人たちが真似し始めたのよね。 そうすると、あーら不思議。 野蛮なガラの悪い人達も寄り付かなくなったのよ。 普通の平民街と今じゃ変わらないし、あの娼館も今や娼館じゃなく、立派なマッサージ屋になりましたとさ。


「『ゼレン殿下たちは私たちのことを鼻血を噴きながら、いやらしい目線で見てきました。気持ち悪かったです』との意見もあります」


 ああ、そういえば従業員の子たちがそんなこと言ってたなぁ。


「んなっ! まま待ってくれっ! 俺たちはそんな目で見てなっ......」


 慌てふためいたようにエリック様がそう言ったと同時に、ドンッと父親の騎士団長が剣を鞘ごと床に叩きつけた。 「ひっ!」と男とは思えない甲高い悲鳴が上がる。 パラッとまた宰相が紙を捲った。


「これはナディア嬢への感謝ですね。 商人たちからです。 『おかげでワイルドウルフの脅威がなくなった。 逆に番犬になるので行商がしやすくなったし、護衛で雇っていた人たちも大型魔獣に備えられると喜んでいる。 ありがとうございます』と」


 ああ、これは友人の令嬢たちが上手くやってくれたわね。 タイミングを見計らって、平民たちや御用聞きの商人たちにワイルドウルフの実用性の噂を流してほしいって言っといたのよ。


 スリッと肩口のウル君が顔を擦り寄らせてきた。 はー可愛い。 こんな可愛いんだから、無暗に殺すのなんて可哀そうでしょ。 傭兵業を営んでいる人たちも、余計な怪我をしなくてよくなるしね。 良かった良かった。


「......最後のは置いといて、民たちの反感をお前が買ったことが分かったか? いくらバカなお前でも分かるだろう! そんな者を何も処分せずに王族のままにしておくことはできない!」

「ち、父上!?」


 さすがに陛下に何を言われるか分かったのか、ゼレン殿下が顔を青褪めさせている。


「今この時を以て、お前の王籍を剥奪する!! 公爵家への侮辱、王家への反逆! さらには民たちからの要望もある!! 罪は重いぞ、ゼレン! 覚悟せよ!」

「おおおお待ちください! は! そ、そうだ! じょ、条件! ナディアとの結婚の条件! 僕は呑みます!! そうすれば、僕は王族なのでしょう!?」


 今更何を言ってるんだか。そもそも自分で婚約を破棄したじゃない。というか本物の愛どこいった?


「条件とは何です!? 教えてください!!」


 王族でいられなくなるのがそんなに嫌なのか、泣き声になりながら懇願しだしたわね。

 って......ん? 何で条件のこと聞いてきたのよ? それは婚約を交わした時に......っておい、陛下たち? なんでそんな一斉にバッと私から顔を背けたの?


 さっきまでの怒りモードはどこへや......ら......。


 ......え、まさか。


「陛下......恐れ入りますが......ゼレン殿下に条件を仰ってなかったのですか?」

「......」


 む、無言!? ちょっと、それは言っておかないと駄目でしょ!?


「お父様......?」

「ああいや、ごめんね、ナディア 。別に言わなくていいかなって思ったんだよ」


 ニコニコニコといつもと変わらず笑顔のお父様は平然と答えている。

 ......まさか本当に知らなかったとは。 少しばかりゼレン殿下に同情しちゃったじゃない。


 ゼレン殿下は「教えてください!! どうか!」と喚きたてている。 これ、今は何も考えられてないわね。 自分の保身のことしか考えてない。


 仕方ない。 まあ、婚約自体もうないようなものだから、別にバラしてもいっか。


「オホン。 ゼレン殿下」

「な、ナディア!! 君は僕を愛してる! そうだろう!? じょ、条件とはなんだい!? 僕は無条件にそれを......」

「私はですね、実は結婚する条件としてこう提示されました」

「て、提示......?」

「ええ、結婚したあとは、好きにしてよいと」


 三バカが揃って首を傾げた。 シルフィーヌも、さすがにアルベルト殿下も何のことか分からなそう。 そうよね、わからないわよね。 でも、私はその時に陛下に願ったのよ。





「だから私は申し上げました。 『じゃあ、お笑い芸人やらせてください』って」





 それを口に出した時、事情を知る親たち以外が、意味が分からないという顔をした。


 うん、この世界にお笑い芸人いないもんね。

 


お読み下さり、ありがとうございます。

次話だけアルベルト視点に戻ります。

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