第11話 公爵令嬢は同情する
「シルフィー! よく来てくれたね!」
騎士たちに取り囲まれている現状でも「よく来てくれたね!」なんて呑気な言葉が出てくるゼレン殿下にあっぱれと言いたいところだが......
私はそれどころじゃない。
カツカツカツと、震える足でゆっくり歩いてくる彼女。 そう、殿下の想い人のシルフィーヌ・マキエル男爵令嬢。
マジかー。 来ちゃったのかー。 でもなんで? 家にいるはずなのに......
とか考えてたら、答えをゼレン殿下が髪を搔き上げながら言ってくれた。
「ごめんよ、シルフィー。 本当は君にちゃんとナディアが処刑されるところを見せたくて、手紙を出したのに......まさか弟からの愛の告白を受けてしまうなんて......」
おまえかーい!! 余計な手紙出したってわけ!? あと、アルベルト殿下がそれを聞いて、額に筋をビシッと浮かばせてるから!
カツン
ヒールの音が止まった。
私の、横で。
「ナディア様......」
今にも泣きそうに見てくるシルフィーヌ。 な、泣かないでよ?
「し、シルフィー!! 駄目だ! ナディアから離れるんだ!」
「そうです! その女は魔女なんです! とてもあなたの手に負える相手ではありません!」
「早く離れろ! そいつに食べられるぞ!」
いやいやいや、いつから魔女の食事は人間に? エリック様の頭の中、どうなってんの?
騎士たちに阻まれ、こちらに来れない三バカについ心の中でツッコんでいたら、シルフィーヌがスウッと息を吸い込んだ。
「ナディア様は、魔女なんかじゃありません!!!」
......おお。
一際大きなシルフィーヌの声が玉座の間に響き渡り、普段は縮こまって大人しい彼女の姿にゼレン殿下たちが言葉を失っている。
キッと涙目の彼女は私からゼレン殿下たちに向き直った。
「ななナディア様は、魔女なんかじゃありません!!」
「シ......シルフィー? どうしたんだい? 僕の言う事に、そんな風に言うなんて君らしくないよ?」
「いいいつも......言わせてくれなかったのは、殿下の方です!!」
彼女のその言葉に、またまたゼレン殿下は言葉を失ったみたい。
殿下にとって彼女はいつも怯えていて、自分の言う事には口を挟まない、そんな人だと思っていたみたいだから仕方ないと言えば仕方ない。
......実際は違うのよ?
「......いい機会です。 兄上、いい加減に現実を見てもらいましょうか」
禁断の愛からやっと冷静になれたのか、アルベルト殿下が彼女の隣に立ち、ゼレン殿下たちを見つめた。 ああ、殿下が隣に来て、彼女がまた委縮してしまった。 ハア......仕方ない。
「......大丈夫よ。 そんな怖がらなくても、アルベルト殿下はゼレン殿下と違うから」
「っ......は......はい」
コソッと隣の彼女に耳打ちしたら、ギュッと両手を握りしめている。 怖いんだろうなぁ。 そうだよね、ゼレン殿下と同じ王族の人だものね。 だから彼女には事が終わるまで家で待っててって言ってたのに。
「ハア......家で待ってれば良かったのに」
「っ......ご、ごめんなさい......でも、処刑するって言われて......居てもたってもいられなくて」
あーそうよね。 ほんっとゼレン殿下は余計なことをしてくれた。 ただでさえ怖がりの彼女に余計な不安与えるなんて。 その当の本人は訳分からなそうに首を傾げているけど。
オホンとアルベルト殿下が軽く咳払いをし、ゼレン殿下たちから彼女に視線を向けた。
「シルフィーヌ嬢。 君は兄上を好きか?」
これまた直球で聞いてきたわね。
「何を言ってるんだい、アル? そんなの決まって......」
「いっいいえ!! 好きじゃありません!!」
シルフィーヌの言葉がゼレン殿下の言葉を遮った。 うっわー。「は?」っていう間抜けな顔になってるわ、ゼレン殿下。 彼女の言葉を聞いて、アルベルト殿下がニッと口角を上げている。
「では、君はナディア嬢にいじめられていたか?」
「い、いいえ。 ナディア様はいつも私を助けてくれていました」
「そんなバカな!?」
彼女の答えに、今度はディーン様が三角眼鏡をズリ下げながら驚愕の声をあげていた。
でもそうよ? 大変だったんだから。
「だそうですよ、兄上。 被害者であるはずの彼女がこう言っているんです。 ナディア嬢の罪とやらは存在しません。 それに、彼女は兄上のことなど、露ほども思っておりません」
「そ、そんなはずはない!!」
明らかに動揺しているわね。
「いや......いやいやいや、そんなはずはない。 だだだだってシルフィーは僕に愛を囁いてきてたんだぞ? 優しく微笑んでくれて......ナディアのことだってシルフィーが......」
おっと? 今度は彼女に責任転嫁? 彼女が私がやったって言ってきたとか言うつもり?
さすがにそれは許しません。
だから一歩前に出ると、ゼレン殿下がこっちをオロオロと頼りない目で見てきた。
「ゼレン殿下。 何故彼女がいつも笑っていたか、教えて差し上げましょうか?」
「え? そ、それはもちろん僕が好......」
「ただの愛想笑いです」
「へ?」
「だから、貴族令嬢の常識。 愛想笑いですよ。 殿下が好きとかじゃなく、ただの愛想笑い」
ぽっかーんと口を開けているゼレン殿下。 伝わっているかな?
「あ・い・そ・わ・ら・い」
「あいそわらい」
あー良かった、伝わって......
「そ、そんなはずない!!」
伝わってなーい。
「殿下、何をそんなに動揺しているんです? そんなにショックでしたか、彼女が自分を好きではないことが?」
「ち、違う!! 彼女は僕が好きなんだ!! だって、そうじゃなかったら、どうして僕の言うことにいつも頷いてくれたんだ!?」
珍しくまともなことを言ってきた。でも残念。
「王族の言葉に反論できるわけないでしょう? ましてや彼女の父親は男爵ですよ」
「だだだだが、彼女は僕が呼ぶといつもそばに......」
「ですから、あなたが無理やり呼んでいたんですのよ。 断れないでしょう、王子様に言われたら」
「いやでも、彼女は僕の腕にしがみついて......」
「あなたが、いつも無理やり抱き寄せていたんです。 そこをいつも私や他の令嬢が無理やり離していたんですよ。 別に好きでもない男にベタベタ触られて、シルフィーヌ様はいつも怖がっていたんです」
怖がっていたのは、あなたに、だったんですよ。
あなたは知らないでしょうがね。 彼女、シルフィーヌ・マキエルはものすごく気弱な女の子なのよ。
しかも極度のあがり症。 人前でまともに話すことも出来やしないし、常にオドオドしている。 加えて彼女は元平民。 父親が遠縁の親族に頼まれて男爵位を受け継ぐことになってしまい、田舎の村での生活に慣れていた彼女は、いきなりの王都での貴族生活にも右往左往していた。
そんな彼女が、一番目上の王族の人に「やめてください」なんて言えるわけないでしょうが。
まだ事実が認められないのか、ゼレン殿下は平静を装いつつ、いつものように髪をかきあげている......が、手は震えていた。
「ふっ......ナディア......そんな嘘を僕が信じると思うかい? ああ、そういうことか。 僕の愛を取り戻したいからだね。 そうやって僕から愛しい愛しいシルフィーを遠ざけるつもりなんだ」
「事実なんですよ、殿下」
「止したまえ。 ふふっ......僕は信じないよ。 だってシルフィーは僕からのプレゼントのドレスも喜ん......」
「めめめめめ迷惑でしたっ!!!!」
「へ?」
またまた一際大きいシルフィーヌの声でゼレン殿下が呆けた声を出している。 ま、アルベルト殿下がいるから、これぐらいの彼女の不敬は見逃してくれるでしょう。 それにジッとシルフィーヌに続けるようにと目で促している。 シルフィーヌも震えながらコクンと頷いていた。
「め、めめ、迷惑でした。 ドレスや首飾り等の贈り物。 全てが高価すぎて......私には不釣り合いの物ばかりで......」
「し、シルフィー......どうしたっていうんだい? あんなに喜んでいたじゃないか」
「よよ喜んでいません......何度も貰えないと言っても、でで殿下は聞き入れてくださらなかったじゃないですか......」
ええ、そうね。 それで相談されて全部私が王宮にお返ししたわ。 王妃様に逆に謝られたわよ。
「ふっ......シルフィー、僕は信じないよ。 君のあの時の太陽のような笑顔を僕は忘れていない」
「僕もそれは見ています」
「ああ、そうだぜ。 俺も見ている。 お前、喜んで震えながら手に取ってたじゃねえか」
ディーン様もエリック様も殿下を援護しだした。
いや、それ、恐れ多くて震えてたのよ? しかも「さあ、手に取ってみたまえ」と無理やり押し付けてたじゃないの。
「ちち違います!! 私はそんなの嬉しくなかった!!」
「いいんだ、シルフィー。 僕は分かっている。 ナディアに脅されているんだろう? そう言えって言われたのかい? 大丈夫だよ。 君は僕が守ってあげる。 僕はちゃんと君の愛を受け取って......」
「わ、わ、わ......私は......!!!」
あまりに話が通じないゼレン殿下に、さすがにシルフィーヌの声が低くなった。
「殿下なんて、これっぽっちも好きじゃありません!!!!」
精一杯ありったけの気持ちを叫ぶかの如く、シルフィーヌははっきりと口に出した。 ハアハアと少し顔を赤くしながら、目尻には涙を溜めている。
頑張った。 うん、頑張った。 こういうの苦手なのに、よく言った。
さすがのゼレン殿下も、この言葉は届いたのか「へ?」とまた呆けた声を出している。 では、殿下。 ここからは私が彼女を援護しましょう。
「オホン。 ゼレン殿下、よろしいでしょうか?」
「ふえ?」
「何故シルフィーヌ様があなたを嫌っているか教えて差し上げましょう」
「なぜ......?」
「まず、ナルシスト。 「王子の僕は女性のみんなの憧れさ。こんなに素敵な僕を好きになるのは当然さ」というところ」
「それは......当たり前のことでは? だからみんな僕が好き......」
「次に権力の乱用。 「王子の僕の言うことは絶対さ。こんなに素敵な僕の言う事を聞けるのは光栄さ」というところ」
「それも、当たり前じゃないか? 僕の命令が聞けるなんてこんな栄誉なことは......」
「恐れながら、はっきり言いましょう」
全く当たり前ではないことに、さっさと気づけ。
「シルフィーヌ様だけでなく、国民女性全員がドン引きです! どっこにも好きになる要素がありません!」
「「「えっ!?」」」
三バカが同時に心底疑問のように目を見開いて驚いていた。
いや、驚く要素どこにもないんだけど。
何で「俺素敵!」って言う男を好きになるの。
何で「俺偉いから、何でもいうことを聞け」という男を好きになるの。
それがしかも全部自己満足。 シルフィーヌは大層困ってたのよ。
まず呼ばれたから近くに寄ると、いきなり肩を抱かれる。
プレゼントをいきなり贈られて、廃棄することも出来ず途方に暮れる。
相手が王族だから、何も言えない日々。 何かを言ったら男爵の父がどうなるか分からない恐怖。 遠回しに言っても全く気付かない。 だから笑って誤魔化すしかできない。
それがどんなに苦痛か分かる?
どれだけ私が彼女を慰めてきたと思ってるの。 私の目が届かないところで、ハエの如く彼女に付きまとって、彼女少しノイローゼ気味になったのよ?
男3人に身分を振りかざされて、好きでもないのにそばにいることを強要されて、体を触られて、恐怖しかないでしょうよ。 もちろん見つけたらすぐ引っぺがしてやった。 あなたはそれを私が嫉妬していると勘違いしていたけど、それどころじゃなかったのよ、実際。 震えて泣いてる彼女を宥めるのに必死だったの。
できるだけ令嬢たちを傍に置かせていたけど、それでもやはり王族だから、彼女たちだけじゃゼレン殿下の命令には背けない。 その報告を私が聞いて、彼女をいつも助けだしてたの。 あの時ほど、この馬鹿の婚約者で良かったと感謝したことはないわね。 苦言を呈しても婚約者だからと許されるから。
は~あと当時のことを思い出して疲れていたら、ゼレン殿下が何やら首を振っていた。
「そそそそんなはずないだろう? 僕は王子だよ? この国の王子だよ? 次の国王なんだよ?」
「そ、そうです!! そそそれにゼレン殿下の妃になれるなんて、こんな光栄なことないではありませんか!!」
「そそそそうだ!! 王妃になれるのに、それで好きにならないはずがねえだろ!?」
......あのね、それ言ってて虚しくないの? それつまり、地位にしか興味ない女じゃない。
ギャアギャア言っている三バカに、周りの騎士も衛兵も、シルフィーヌも「なんで伝わらないんだろう」と呆れていた。 アルベルト殿下に至っては頭が痛いのか手で押さえていたわね。
いっやぁ、心底同情するわ。 こんな兄を持ったアルベルト殿下にも、こんな男たちに付きまとわれてしまったシルフィーヌにも。
大体、ゼレン殿下。あのね、あなたは......
「いつからお前が王太子になったというのだ?」
威厳のある野太い、そして怒りの声が玉座の間に響き渡った。
お読み下さり、ありがとうございます。