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第10話 公爵令嬢は心底がっかりする。

 


 ......目の前の光景を見て、まず、言葉を失った。


 ゼレン殿下たちに連れてこられたのは、何故か玉座の間。 国王不在の中、勝手にここを使うなと言いたいが......いや、うん。 今はそれはいい。


「はっはっは! どうだい、ナディア! これで君は何も出来まい!!」


 ゼレン殿下は勝手に玉座に座ってふんぞり返っており、殿下の側近二人は傍らに立っていた。 この時点でもうこのバカ王子終わったなと思った。 そこに勝手に座っちゃった意味を絶対分かってない。


 この部屋の衛兵さんたちは、それはもうオロオロオロオロと視線をあちこちに彷徨わせている。 そうでしょうとも。 自分達が加担していることになったらどうしようって、全員の表情に書いているもの。 大丈夫。 そうじゃないって分かってるから。


 だけど、それよりもこの現状の方が問題なのよ。



 玉座の間の中で、それはもう色とりどりの魔法陣らしきものが、床、壁、窓に描かれているこの現状の方が。



「......殿下? 申し訳ありませんが、これは......?」


 さすがの私でもさっぱり分からない! 玉座の間に何てことしてくれてんの!? しかもこの魔法陣グッチャグチャじゃない? 式も何もあったものじゃない!! つまりお絵描き! ただの子供のお絵描き!!


「ふっ! あなたには分からないでしょうね。 これは僕が描いた、全てを可能にした魔法陣です!」

「はっはっは! ディーンお手製の魔法陣だ!さすがのお前も手が出ないだろ!」


 ゼレン殿下ではなく、さらに頭が弱い側近二人が自慢気に話しだした。 ええ、あまりにもバカすぎて手が出ませんとも。

 殿下は玉座で足をバッと大きく振り上げながら組み直し、肘掛けに肘を置いて頬杖をついている。


「ナディア、驚いているようだね」


 そりゃそうでしょうよ。 こんなバカげた現場を見たら誰だって驚くでしょうよ。......一応聞いてみようか?


「殿下、これはなんの魔法陣でしょう?」

「ふっ! 聞いて驚かないでおくれ!!」


 驚かないから、早く言え。



「これは君の魔女としての力を封じる魔法陣だ!!!」



 ............魔女?


 殿下が勢いよく立ち上がり、腰に下げていた剣を鞘から抜いた。 魔女とは? そういえばこの間からエリック様がそんなこと言ってたな、と考えている玉座の間の中央にいた私に、その剣を向けてくる。


「ナディア! 第一王子として、国の平和を乱す魔女の君を、今ここで打ち倒す!!!」

「魔法陣発動します!」

「よっしゃ、いくぜ! ついてこい、お前ら!」


 側近二人はそれぞれに杖と剣を持ち、殿下の一歩前に出て掛け声を上げていた。



 が、


 周りの衛兵は戸惑うばかりである。



 そりゃそうなるわね。


「む?! お前たち、何をやっている!! 早くナディアを取り囲むんだ!! ナディアは今弱体化している!! 今がチャンスだ!」


 戸惑う衛兵に命令を飛ばしている殿下。 エリック様も自分についてこない衛兵に目を丸くさせている様子。 いや、あのね、まさかここまでバカだったの? 呆れてしまって、どうしようかって思ってるんだけど。


「......殿下?」

「ナディア!? なんで喋れるんだ!?ディーン、魔法陣は発動したのだろう!?」

「は、はい! あれ、お、おかしいな......」


 今度はディーン様がオロオロと何度も杖を魔法陣に打ち付けていた。


 うっそでしょ......マジで言ってる? 頭痛くなってきた。

 ハアと重い溜息をついてしまうのも仕方ない。 一歩前に足を動かしただけで、彼らはビクッと肩を跳ねさせている。


「あの、殿下?」

「なな何故だ!? ディーン! なななナディアが動いているよ!」

「そそそんなバカな!? ま......まさか僕の魔法陣を無効化したとでも!?」


 してない。 元々グチャグチャで、こんなの魔法陣の“ま”という字にも届かないから。 ってそうじゃない。


「殿下、まさか私が魔女だと?」

「そそそうだ!」

「殿下、なんでそうなったのか説明をお願いできますか?」

「へ?」

「何故、魔女討伐になってるんです? 違うでしょ?」

「違う?」

「そもそも、私は何の罰を受けようとしているんです?」

「何の? それはもちろん! 愛しい愛しいシルフィーを君がいじめた罪の罰だ!」

「そうでしょう? そこがどうやったら、魔女討伐にすり替わるんです?」

「う、ん? 確かに......そうだね......」


 お、よしよし。 これはいけるんじゃない?

 魔女討伐とか言い出したから、心底がっかりしちゃったけど、これなら修正できそ......


「そうだ! 僕は君をシルフィーをいじめた罰で、処刑にするんだ!!」


 ......しまったなぁ。 余計なことまで思い出させてしまった。 畳みかけて、また甘いって言おうかな。 そうすれば、私ももう少し楽しめ......





「そこまでです、兄上! そんなことは許しません!!」





 ......ないなぁ。

 玉座の間の扉が勢いよくバンっと開かれ、ドカドカドカと騎士たちが流れ込んできた。 その先頭にいるのは、もちろん。


「兄上! あなたの暴挙もここまでです!」

「アル!? これは何の真似だい!?」


 アルベルト殿下が来ちゃったや。 あーあ、これはもう修正できないな。


 なんて残念がってたら、アルベルト殿下が引き連れてきた騎士たちが、ゼレン殿下を取り囲み始めた。 それに便乗して、最初からいた衛兵たちもゼレン殿下たちに囲んでいる。 あーゼレン殿下たち、かなりビビッてるわね。


「あ、あなたたち! 誰に向かって剣を向けているのです!?」

「そうだ! 剣を向けなきゃいけないのは殿下じゃねえだろ!? あの魔女だよ、魔女!」


 ディーン様もエリック様もかなり動揺しているけど、その魔女発想いつまで続けるのよ?


「兄上こそ、何をしているのか分かっているのですか?」


 かなり苛ついているアルベルト殿下の声に、若干ビビりつつもゼレン殿下は不思議そう。 これ、分かってないわ。


「何を言っているんだい、アル? 僕は愛しい愛しいシルフィーを傷つけたナディアを処刑......」

「それも違いますが......この玉座の間を荒らしたこと、そしてその玉座にいること、本当に意味が分かっていないのですか?」

「荒らす? これは違うよ、アル。 魔女であるナディアを止めるためにディーンに書いてもらったんだ! そう、これは魔女の力を弱体化させるための必要不可欠な魔法陣さ!!」


 ブチっと幻の音が聞こえた気がする。



「明らかな反逆罪だよ!!」



 アルベルト殿下の心からの叫びが玉座の間に響き渡った。


「え? 反逆?」

「そうだろうが! 国王不在の中、この玉座の間を変な落書きで荒らし、その玉座に陣取っている!! 自分が王だと示しているだろう!! それ、国王への反逆!!! なんっで分かんないんだよ!?」


 アルベルト殿下の言葉に、ぽっかーんと口を開けているゼレン殿下たち。全くそんなこと考えていなかったのは分かるけど......本来、考えなくても分かることなんですが?


 周りの騎士たちは同情めいた目をアルベルト殿下に向けている。


「ハア......何を言い出すかと思えば......アル? 疲れているんじゃないかい?」


 何を悟ったのか分からないゼレン殿下が、また気色悪くファサっと前髪を搔き上げた。 いや、疲れてるのあなたのせいですよ?


「僕が反逆? 何でそうなるのかさっぱり分からないな」

「ええ、何故殿下が?」

「そうだぜ。 殿下は将来この国の王になる人なのに」


 この三バカの言葉に、玉座の間に静寂が訪れた。

 『え、分かってないの?』という顔を全員がしている。 そうなのよ、分からないのよ、このおバカさんは。 アルベルト殿下は手を震わせていた。


 それでも尚、ゼレン殿下は自慢気に話し出す。


「国王不在の中、第一王子たる僕がここにいるのは当然じゃないか。 そして罪人に罰を与えるのも僕の仕事だ」


 いや、魔女討伐になってましたが? 『あ、今度は何か言い始めた』という顔を全員がしている。 アルベルト殿下が今度は体を震えさせていた。


「そう! 今の僕は国王代理!」

「そうです! その殿下に刃を向けているあなたたちこそ反逆です!!」

「お前ら全員、処刑にされたいってのか、ああ!?」


 いやいや、処刑の一歩手前にいるのあなたたちなんですがね?


 フッと何故かゼレン殿下がアルベルト殿下に笑いかけた。


「アル。 君は僕の弟だ。 今回のこの反逆罪は見なかったことにしてあげるよ。 兄弟で争うなんて醜いことを僕は望まない」

「......ええ、ほんっとうに......僕もそれは望んでいなかったんですがねぇぇぇぇぇ」


 ああ、アルベルト殿下の額に筋が浮かんでいるわね。 これ、かなりキテる。 分かるわー。 ここまで話が通じないと、そうなるよね。


 そんな自分の弟の様子に気付かないのか、ゼレン殿下が私に指差してきた。


「アル! 君に挽回の機会を与えてあげよう! そこにいるナディアを処刑したまえ! それで今回僕に剣を向けたことは無しにしようじゃないか!」

「そんな機会、こっちから願い下げだ!!!」

「へ?」


 アルベルト殿下の即答に、何故か「へ?」と返しているけど、「へ?」じゃないでしょう。 こっちが「へ?」よ。


 そんなゼレン殿下にアルベルト殿下が勢いよくビシッと指を差した。


「前から言ってるだろうが!! あんたが言ってる彼女の罪とやらも、あんたが勝手に言ってることなんだよ! なんでそれで公爵家の人間を罰することが出来ると思ってるんだ!? いい加減目を覚ませ、このバカ兄が!!」


 精一杯の叫びをあげているアルベルト殿下。 でも、きっと無理だわー。 全っ然、あなたの兄上に届いてないと思うわー。


 だってまたファサっと髪を搔き上げたもの。


「......アル、悲しいよ」

「はあ!?」

「そうやって反抗して、僕の気を引きたいんだね」


 どこをどうしてその結論に至るのか不思議だわー。


「誰も気を引きたくないが!?」

「ふっ......そうだったね。 君は子供のころから「兄上、兄上」と僕のことが好きだったね。 僕の後ろをいつもついてきて......」

「ついには過去の捏造か!?」


 そうよねー。 アルベルト殿下、勉強や剣の鍛錬で忙しそうだったものねー。 逆にゼレン殿下が遊び放題だったし。


「だがアル!! 僕は君の愛には応えられないんだ! そう、僕は見つけてしまった! 本物の愛を! シルフィーへの揺るがない本物の愛がある限り、禁断の弟の愛を受け取ることはできないんだ!!」


 いつのまにか、家族愛がゼレン殿下の中で禁断の愛に変換された。


 さ、さすがにアルベルト殿下が不憫ね。 ここまで自分への愛に変換する能力、恐ろしすぎるから。 確か夜会前まではここまで酷くなかったと思うんだけど。 いつからこうなったの?


 チラッとゼレン殿下からアルベルト殿下を見ると、「会話にならねぇ」という茫然とした顔をしている。 理解不能すぎてフリーズしてる感じ。 その殿下に周りの騎士たちが心底哀れむ同情の視線を向けていた。 中には泣きそうになっている人もいた。


 そうよね......さすがに涙を誘うわね。 こんな哀れな兄を持ってしまったアルベルト殿下......可哀そうに。 あ、後ろのフレッド様は違うわね。 あれ絶対笑いを堪えて......





「い......いいいいい加減にしてくださいっ!!!」





 皆がフリーズして(一人笑いを堪えて)いる時に、玉座の間の扉の方から、可愛らしい女性の声が響き渡った。


 アルベルト殿下もゼレン殿下にもっと言いたいんだろうなぁ、でも言葉が通じないから固まったんだろうなぁ......なんて罪人(仮)の私を放っておいている殿下たちの様子を見守ってる場合じゃなかった。 その聞き覚えのある声にバッと振り向く。


 え、うそ......なんでここに? 家にいるはずなのに。



「ああっ! シルフィー!!」



 ゼレン殿下が感嘆の声をあげているが、それもそのはず。


 あの夜会以来、家に引き籠っている筈のゼレン殿下の想い人。




 シルフィーヌ・マキエル男爵令嬢が顔を青くさせ、目尻に涙を溜め、震えながら立っていた。



お読み下さり、ありがとうございます。

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