第1話 その罰、甘くないですか?
頭をからっぽにして読んでくださると助かります。
婚約破棄。
断罪。
追放。
それらが未来に降りかかる悪役令嬢に転生してしまう物語。
私も前世でよくそれを読んでいた。
例えば、ある夜会で、
「ナディア・アーハイム!! 今、この時を以て、君との婚約を破棄する!!」
こんな風に、いきなり第一王子から婚約破棄を言い渡され、
「君が彼女、そう、僕に本物の愛を教えてくれたシルフィーヌをいじめ、傷つけていること、知らないと思ったか!」
かなり困惑した様子でオロオロしている男爵令嬢を、無理やり抱き寄せ、
「あなたのやったことは全て証拠が揃っています」
「お前がやったってことは全部分かってるんだよ!」
王子の側近候補である宰相や騎士団長の息子に冤罪をかけられる。
まさしく、テンプレである。
「ナディア、君がそんな浅はかなことをする女性だとは思わなかった。 身分の低いものをいじめるなど、未来の国母に相応しくない行為を犯すなんて......いくら僕の愛を受け取れなかったからと言って、嫉妬し、あまつさえ愛しい愛しいシルフィーを殺そうとするなんて、さすがに僕も許せない」
悦に入って、サラサラの前髪をファサッと搔き上げているのは、このローゼリア国第一王子であるゼレン・ローゼリア。
そう、この世界に転生してしまった私、公爵令嬢ナディア・アーハイムの婚約者である。
子供の頃、転んで頭をぶつけ、前世で悪役令嬢モノの小説を好きで読んでいたことを思い出した。 思い出して思ったことは「マジか」の一言。 こんなこと本当にあるんだな、ぐらいに思ってた。
まさか、何かの乙女ゲームの世界とか? と内心ワクワクしていたら、全く知らない世界。 こんな王子の存在も、国の存在も、私の知っている数多の乙女ゲームの中にも小説の中にもなかった。 ただ本当に転生しただけだったから、ガックリと肩を落としたもの。
そして私の父親は公爵という爵位についていたから、生活でも不便さなんてなかった。 むしろいい暮らしをさせてもらっている。 両親はのんびりとした性格で、私のことを愛してくれるいい人たち。 じゃあゆっくりと今世の人生歩みましょう、とほのぼの暮らしていたわけである。
そこに舞い込んできたのが、この王子との婚約話 。げー、面倒って思ったけども......結婚する条件として提示されたものがとても私には願ったり叶ったりのもので、まあ、こういう世界での政略結婚は仕方ないか、と割り切った。
だからまさか、こんな前世で読んだテンプレ展開が自分に訪れるとは、と内心びっくりしている状態である。
王子の傍らにいる小動物みたいな男爵令嬢に、ここまで惚れ込んでいたとは。
「あああ、あの......その......」
「ああ、シルフィー、そんな怯え切って可哀そうに! 大丈夫だよ! 君をいじめた彼女にはちゃんと相応しい罰を与えてあげるからね!」
オロオロオロオロと見てわかるぐらいに狼狽えている男爵令嬢に向けて、なんともバカげた発言をしだしたこの王子に、この夜会にきている招待客も唖然としている様子だ。 この婚約の意味を全く分かっていない発言だから仕方がない。
いや、そうかもしれない。 本当に分かっていないのだろう。 だって、この王子バカだから。バカだってもうどこの貴族にも周知の事実だから。
なんて一人うんうんと勝手に納得していたら、彼らの向こう側にいる第二王子が動き出そうとしていた。 何かを企んでいそうな気がするなぁ。
本来ならここで、悪役令嬢らしい私がこのアホ王子共を断罪するべき場面なのだが......
「ナディア!今は外遊中の国王夫妻に代わり、第一王子である僕が君に罪状を言い渡す!! 君が僕の愛しい愛しいシルフィーにしてきたことは、すなわち、未来の王太子妃を傷つけたことに他ならない!! よって、君の公爵家からの籍を剥奪し、斬首刑に処す!!」
愛に酔ってる王子の一言で、プッチーンと、私の中で何かが切れた音がした。
「斬首刑......ですか」
ボソッと呟いた私の声が届いたのか、ふふんとゼレン王子が勝ち誇った表情になっている。 男爵令嬢はサアッと血の気を引いて青褪めた顔になっているが、宰相と騎士団長の息子二人は「当然」と言いたげである。 いや、今、そっちはどうでもいいや。
彼らの向こう側から、第二王子がどこか呆れた様子でまた動き出したが、いやいや、その前に私はこの王子に一言言いたい。
前世で多くの物語を読んだ上で、私はどうしても一言申し上げたい。
どうせだったら、自分が悪役令嬢転生でやってみたかったこともやってやろうじゃない。
カツッとヒールを履いている足を一歩前に動かした。
「殿下、今言った罪状は、あなた様が考えたことでしょうか?」
「ふん! 当たり前だよ。 今更命乞いかい? だが無理だ。 僕の心を捉えてやまないのは、この可憐で可愛いシルフィ―しかいない。 僕を愛してしまった君には同情するが、僕は未来の国王だ。 身分の低い者を虐げる人間を、国母にするわけにはいかないし、他の者たちに示しがつかないのは明白......」
「あ、もう長いから結構です。 そうですか、殿下が考えた罪状ですか......でしたら、伝えたいことがありますわ」
「......なんだい?」
(長ったらしく尤もらしい言葉を並び立てる)王子の言葉を遮るのは、本来不敬にも値することだが、この王子はそっちには気づかないらしい。 普通はそっちを追及するものなのだが、まあ、おバカなのだから仕方がない。それにこのバカな方が都合がいい。
私は今、完全にこの王子にキレているのだから。
だからスッと目を細め、訝しんでいる王子を真っ向から見つめて言い放ってやった。
「その罰、甘くはないですか?」
その私の言葉を聞いた王子は「は?」と間抜けな顔になり、また会場中の人間が、同時に首を捻っていた。
お読み下さり、ありがとうございます。
ナディア視点、申し訳ありませんがここで終わります。9話目からナディア視点に戻る予定です。
次話から別人視点になります。