魔女の子どもたち<1>
コルト視点による過去。子ども時代の話です。
コルトは、自分が変わった子どもであることを自覚していた。
この場合の「変わった」は変人という意味ではなく、「他人とは異なっている」という意味だ。主に、良い意味で。
選民思想という言葉を知ったのはもっと大人になってからだが、己の考えはそれに近いものだったのかもしれないと振り返って思い、少々恥ずかしい。
勿論、そんなことは誰にも言わないけれど。
ともかくコルトは、己を特別な、選ばれた子どもだと信じていた。
だから十歳にして親から見放され教会に放り込まれたときも、おまえは悪魔憑きだと悲鳴を上げられたときも、理解しない周囲のほうがおかしいのだと思っていたのだ。
◇
田舎だな。
率直に感じたのはそれだ。
コルトは大陸の南西都市の出身であり北部に縁はなかった。両親どちらかの知人がこちらに住んでいるらしく、ある噂を聞いてコルトを送り込んだらしい。
噂とはすなわち、ちょっと変わった信仰があること。
このセーデルホルムは、妖精や精霊、魔術といった古めかしいものを未だ信じている場所。そんな町なら、悪魔祓いだって可能ではないかと考えたのだろう。短絡的な彼ららしい思考回路だ。
ほんの少しの期間だけよと母は言ったけれど、彼女の内心などコルトにはお見通しである。
ああ、ようやくこの悪魔の子から離れられるわ。
あの子たちに悪い影響を与える前で本当によかった。
母の『声』を、コルトの耳は拾う。自分ではなく、まだ幼い弟と妹の心配ばかりしている心の声を。
その隣でぎこちなく笑んでいる父も同様だ。彼の心配は親族への説明に集中している。
あの気味の悪い長男、『取り替え子』と噂された子どもを、正しい場所へ帰すという名目でもって教会送りできることに心の底から安堵し、弟を正式な後継者としてお披露目する算段を巡らせていることが伝わってきた。
だが、コルトにはもうどうでもいいことなのだ。
教会のシスターたちは、自分にひどく同情的だということも知れる。
誰もかれも、気の毒に、可哀想にと『心』が言う。両親とは違って表情と内心が一致しているところは正直でよいと思ったが、憐れまれていることに対しては、じくじくと胸が痛む気がしたのは不思議だった。
コルトが自身の特異性を正確に理解したのは、五歳の頃だっただろうか。
他の人間は己のように、他者の考えていることが聞こえてはこないのだということ。
そして、心の声が聞こえることは理解されがたいことであり、血を分けた親であろうと、忌むべき存在になりうるのだということがわかると、コルトはそれらを上手く利用して立ち回ることを覚えた。
母が大切にしていた宝飾品が紛失した際、それを盗んだのが使用人であることを突き止めてみせた。
行儀見習いとして入っていた娘の家は、それが原因となって町を離れたというが、コルトは正しいことをしたと思っていたし、使用人の雇用を見直すキッカケにもなったはずだ。世間体を気にする両親は勇んで粛清をおこなったし、この行動は家に貢献したといえるだろう。
小さな不正。
ほんの些細な嘘や誤魔化しすら見つけ出して問い詰める子どもに、使用人らは次第に恐怖を覚えるようになっていったが、間違っているとは思えなかった。
長く勤める祖父のような執事のワディムはコルトを褒めてくれたし、庇ってもくれた。
だから、我が家で起こった横領事件の犯人がワディムだとされたときには、真実を訴えた。
それを指示し、すべての罪をなすりつけた真犯人が父であることを本人に突きつけたが、彼はそれを否定し、当然ながら真実は闇に葬られた。
司法の場で訴えたところで、子どもの言葉など真剣に受け取ってはもらえない。なにしろ物的証拠はすべてワディムの犯行であると示しており、無実を訴えるコルトの根拠は「父親が心の中でそう言っていた」という非現実なもの。父は否定し、執事は自分がやったと言う状況では、決定は覆らない。
収監されたワディムは、面会に訪れた八歳のコルトに微笑みながら、くちを開いた。
「坊ちゃまは正義感の強い御方ですね。爺は、貴方さまを誇りに思います」
そう言いながら、コルトの耳は別の声を拾う。
ですが、嘘や隠し事を白日の下に晒すことが絶対に正しいというわけではないことを、覚えておいてくださいませ。
旦那さまがなさっていることを覆すことも、反抗することも出来なかった、不甲斐ない、心の弱い私をお許しください。
良き理解者を得て、正しき道を歩まれますよう、祈っております。
ただ黙って、まっすぐに見つめてきた老人は、コルトの異能を察していたのだろう。
本当のことを明らかにすることが「正しくない」だなんて意味がわからなくて、結局、返事はできなかった。
寄宿学校への入学手続きが取られたのは、横領事件のすぐ後だ。
コルトのほうも、不正の声に溢れる邸が息苦しく、渡りに船だったともいえる。ワディムが内心で告げてきた「良き理解者」とはすなわち、外の世界のことだろうとも思った。
親の庇護下にいるだけが世界ではない。
学校という場所は、コルトにとって「正しいことが実行される場所」だと、そのときは信じていた。
しかし、やはりそこは綺麗な世界ではなかった。
競争と嫉妬と猜疑心とみだらな欲望。
指導者であるべき教師同士での争いや足の引っ張りあいなど、ここでも多くの不正を目にし、それらを正そうとしたコルトは、正しいが故に糾弾された。
秘め事を暴いていく姿を皆が恐れ、保身に走った教師らは両親に連絡を取り、わずか二年でコルトは学校を辞めることとなる。
そして「静養させる」という名目でもって、遠く離れたセーデルホルムの教会に預けられたのが、冬の初め。南西に住んでいたコルトは、空気の冷たさに震えたものだが、こんなものは序の口らしい。
教会にはなんらかの事情で預けられた子どもたちが多かったが、その中にあって十歳のコルトは最年長である。必然的に子どもたちの面倒を見る役割となり、彼らの心を読む日々を淡々と送った。
傍目には問題児に見える少年の真意に気づいたり、心に傷を負ったのか発声のおぼつかない少女の気持ちを察するなど、コルトにとっては造作もないことだった。
そこにたいした意味などない。言わないから代弁しただけだ。
だから、シスターに異能を指摘されたときも、特に何も思わなかった。おかしな能力を持つ自分は、また別の場所に送られるのだろうと達観する気持ちのほうが勝っていた。
しかし、告げられたのは意外な内容だったのである。
「ねえ、魔女の家へ行ってみない?」
「そんなお伽噺の家があるのですか?」
「絵本に出てくるような魔女とは違うかもしれないわね。セーデルホルムの魔女は、精霊の仲介者のようなものかしら。伝統に造詣が深い、頭の良い御方よ」
それにね――と、付け加えるように囁かれた言葉は、コルトを驚かせる。
「そこには、あなたと同じちからを持った女の子がいるの。きっと、仲良くなれるわ」