04 ざわめきの理由
リビングの壁際に置いたツリーに、ケイトリンは飾りをつけていく。
去年のクリスマスはアダムの実家に赴いたらしく、そこにはもっと大きなツリーがあったのだと、興奮気味に話してくれた。
自分で飾り付けなどしたことがないケイトリンに、ポールが丁寧に教えていく。その顔をまっすぐに見つめながら聞き入る姿からは、出会った当初の不安定さはもう感じない。メルヴィが去ったあとも、誰かの教えを聞き入れる余裕はじゅうぶんにあるだろう。
契約期間は、クリスマスのあとまで。
ポールからは、このパーティーを感謝の証とさせてほしいと言われていた。
クリスマスパーティーとなれば、プレゼントが必要だ。
町へ降りて何か探してこようと考え、着替えをして玄関へ向かうと、外套を羽織ったアダムが立っていて、メルヴィは目を見張る。
「お出かけですか?」
「ああ、馬車を頼んである」
ならば問題ない。一礼し、横を通り過ぎようとしたメルヴィは、腕を取られてたたらを踏む。
驚いて手の主を見上げると当の本人も瞠目の表情を浮かべており、視線が絡むと顔を逸らせた。
伝わってくるのは、かすかな動揺。
(アダムさまにしては、珍しいわね)
仕事がら感情を制御することに慣れているのか。ひとの気持ちをオーラで感じ取ることができるメルヴィですら、彼の心は読み取りにくい。
訝しむ視線を受け、アダムはひとつ咳払いをして言葉を吐いた。
「君も」
「はい?」
「ポールに聞いた。町へ行くのならば共に向かえばよいと、思ったまでだ」
言いきって顔をそむける。
「強制するわけではない。気づまりだというのもわかるが、この寒さの中、若い女性がひとりで歩いていくのは」
ああ、外聞が悪いのか。
スペンサー家のご子息が、寒空の下、雇ったメイドを徒歩で買い物に行かせていると噂されるのは、たしかに困るだろう。
合点がいって、苦笑する。
たしかに配慮が足りていなかった。
見知った町。丘の家から歩いていくなんて当たり前のことだったから、その感覚がおかしいとも思っていなかったのだ。
「承知しました。それでは、お言葉に甘えさせていただきます」
メルヴィが答えると、アダムはほっとしたように頷いた。
アダムの用事もまた、メルヴィと同じものだった。
クリスマスプレゼント。
もっとも彼の場合、ケイトリンだけではなく、甥姪たちに贈るためのものも含まれている。
「何人いらっしゃるのですか?」
「兄も姉も三人。全員男だ。両親はケイトリンのことを歓迎している」
「それは良いことですね」
去年のクリスマスがどんなふうだったのかを聞いているうちに、馬車が町に着いた。
アダムが先に下車する。あとに続こうとしたメルヴィが扉に近づいたところ、目の前に大きな手が差し出された。
(この程度、飛び降りちゃうんだけどな)
マナーとして受けるべきなのはわかっているし、異性の手を取ることに抵抗があるわけでもない。
けれど、何故こんなにも緊張するのだろう。相手が雇い主だからだろうか。
戸惑いの時間はわずか。
恥をかかせる前にメルヴィはアダムの手に己のそれを重ねて、地面に足をつける。
馬車を見送ってから店が並ぶ通りへ向かおうとしたところ、ここでもやはりアダムはメルヴィに腕を差し出したのだ。
エスコート。
見たことはある。
でも、見ただけだ。
だってそれは、晴れ着に身を包み、髪を結い、ヒールの高いお洒落な靴を履いたレディに差し出されるものであって、防寒対策として髪を下ろし、数年使っている外套の下はエプロンを外しただけの簡易的なワンピースでしかないメイドが受けるものではない。
「どうかしたのか」
不審そうな声。
彼にとってこの行為は当然のことであり、そこに特別な意味を見出してしまうメルヴィのほうがおかしいのだといわんばかりの空気だった。
小さく息を吐いたあと冷たい空気を吸うと、耳に町のざわめきが戻ってくる。クリスマスに向けた高揚感は、田舎町にも満ちている。
楽しめばいいのだ。季節に乗せられて、浮ついてしまえばいい。
外套のせいでさらに分厚さを増している腕に手をかけて、メルヴィは前を向く。道案内をすることに専念し、気恥ずかしさを心の奥へ追いやった。
商店街では、別々に物品を探すことにした。こういったことは内緒にしてこそだろう。
ケイトリン以外にも、ポールと、そしてアダムにもプレゼントを用意する。
といっても、たいしたものではない。ポールにはハンカチを、アダムにはタイピンを。
ただケイトリンだけには、石をペンダントに加工することをお願いした。
この付近では『精霊の涙』と呼ばれている天然石だ。
かつてロサが、メルヴィに贈ってくれた魔よけのお守り。今も大事にしている大切な物。
わずかな期間を共に過ごしたメイドでしかないけれど、これから先の人生において、同じものを見る仲間がいることを、どうか覚えておいてほしい。
毎年贈り物をしているコルトには、配送をお願いする。
今年ぐらいは会えるかと思っていたが、タイミングが難しい。おまえが仕事を合わせないからだとコルトは文句を言うけれど、彼にはもう家族がいるのだ。幼いころのようにはいかない。
彼の養父となったパーマー氏は優しい男性で、メルヴィのことも気にかけてくれている。コルトと共に養子にならないかという誘いを断ったメルヴィに対して、いまも仕事の斡旋をしてくれるのだ。
自分で選んだ道ではあるけれど、時折寂しさに襲われる。
道行くひとびとが誰かと寄り添っているところを見るたびに、周囲の気温が下がったような心地になる。
クリスマスの時期は特に顕著で、それはおそらく、両親を乗せて去っていった馬車の背後にあるクリスマスの装飾が、目に焼き付いているからなのだろう。
待ち合わせ場所へ向かう道すがら、宝飾店の前を通る。クリスマス前ということもあってか、夫婦や恋人たちの姿が多いが、その店内に見慣れた姿を認めて立ち止まった。
アダムが、ショーケースを前に店主と何かを話している。
声をかけようと足を向けたメルヴィだが、彼の顔が見える位置にまでやってきて、歩みを止めた。
アダムは小箱を受け取り、それを眺めている。
母親、あるいは姉へのプレゼントだろうか。
だが、それにしては表情がおかしい。彼が浮かべるそれは、想いに溢れるものだ。家族愛とは一線を画す、恋人たちのあいだに漂うそれを思わせて、メルヴィは衝撃を受ける。
(あの方には、想い人がいらっしゃる……?)
恋人の有無など確認したことはなかった。
勝手にいないと思い込んでいたけれど、だからといって、心に住まうひとがいないわけではないのだ。
そんな当たり前のことに思い至らなかった自分に呆れ、その理由がなんであるのか、導き出された答えに慄く。
気づきたくなかった。
気づかなければよかった。
――私は、あの方が好きなんだわ。
メルヴィの初恋は、自覚した瞬間に潰えた。