糸引きし豆々の慟哭[4コマ漫画つき]
ブラコン&シスコンと読んで、姉弟愛と書きます。
シスコンぎみの著者が描く、シリーズ第1弾。
正当に報われる努力というものが、いったいどれだけあるのだろうか?不条理に服を着せて歩かせる、ファッション・ショーのようなこの世の中で。
人家も、まばらな一軒家で。姉弟はのどかに暮らしていた。
時計は午前7時。お日様の時間だ。和食じたての簡素な食事を、ふたりは黙々と口に運ぶ。
勤めに出かける姉と違って、こんな環境ではしかたないかもしれないが、学校も通信制ですませる弟は。遊びに行こうにも、同年代の友達が近所にいない不平。ひとりで遊ぶにも、ろくな娯楽施設も近場にない不満。その苛立ちを、収める鞘も見つからぬままに。
今はただ、ふたりきりには大きすぎるまるい食卓で。眼前のお茶碗をかき混ぜ続けている。
まだ小さなこぶしがにぎりしめる箸から、螺旋が描き出されるそのたび。香りと呼ぶにはやや難のある、独特のにおいがひろがる。ねばりをさらに増した大玉の粒子は、絹のような輝きを纏った糸を引きながら。お茶碗内でうねりをあげる、漆塗りの2本の棒へは、あらがう手段をもたなかった。
まぜる。まぜる。
お醤油をひとしずく垂らしては、またまぜる。
まぜれば、まぜるほど美味しくなるのだ。
どこぞのユーモラス知育菓子みたいに、色が変わることも、トッピングのカラフル・チョコスプレーをまぶすこともない。それでも、まぜたぶんだけその努力が報われ、より美味しく食べられることが約束された、この作業へと。
姉とのふたり暮らしに、平穏な退屈を享受しながらも、ささやかな刺激を求める少年は。ただ、ただ、没頭するのだった。
「ずいぶんしっかりまぜるのね」
泡立つのを嫌い、まぜない派の姉は、弟の熱心さに呆気にとられていた。
けれども、この発酵臭ただよう単純作業で、彼のジレンマがわずかでもほぐれるというのなら。
万物を引き合わせる、引力のように。
愛しあう姉弟をつなぐ、絆のように。
ねばねばと糸をこじらせる豆々と、熱い激戦を繰りひろげる弟のことを、優しく見守るのであった。
とはいえ、そろそろ飽きたのか?
はたまた、どっぷり疲れたか?
それまでフル回転していた右手を、はたと停めて。決意を宿した瞳をした少年は、お茶碗からゆっくりと顔をあげると、強い口調で言い放つ。
「きょうは、棚をつくるぞ」
これでもかとまぜこまれた、その渦中に。しゃもじをつかんで、てかてかの白米を炊飯器から直接、盛りつける。なじませるようにだけ、ざっとひっかきまわしたら、薬味すら必要ない。ここからは至福のときだ。口直しにひかえる、豆腐とネギの赤味噌汁が、じつに心憎い。
(想いつめてるのかと心配したけど、大丈夫そうね)
姉のかんぐりをよそに、弟はお味噌汁をおかわりしている。なんだかんだで、毎日がこんなぐあい。
だが、これでも姉弟は懸命に。ささやかな幸せを大事にして、生活していることをわかってあげてほしい。
ふたりは、ふたりで、ふたりなりに。
食後のお茶のあとは、宣言どおりに棚づくりへむかう弟だったが。仕事もちの姉は、そこまでつきあいきれなかった。まだ少女と呼べる年ほどにもかかわらず、彼女は多忙である。弟の昼食用におむすびを結ぶと、その料理の技をいかして、きょうは食堂の助っ人へと腕をふるいに参じねばならない。自身の昼食は職場のまかないで済むのだが、どうせ自分が担当で、全員ぶんつくるはめになるのだろう。
留守がちとはいえ、両親は健在なため、経済的に困ることはないのだが。この年齢で、彼女もなかなかのやり手なのである。
安くて人気の食堂も、夕方ぶんの仕込みを終えたら、お役御免だ。夕食はまた弟と食べるため、暗くなる前には帰宅する。バスを降りたら、草原をゆるやかにうねる砂道を。
(ちゃんと棚は、完成したのかしら?)
少々、お疲れぎみの足どりで、弟の待つわが家へと歩みを進める姉。
あいもかわらず、砂道は草原を、ゆるやかにうねっていた。
人家もまばらというだけあって、このあたりの住宅事情は、すこぶるおおらか。垣根もなければ、そこら一帯が庭みたいなもの。境界を争うお隣さんが、見あたらないのだからさもありなん。
少年も太陽の下、青空ガレージで腕っぷしをふるっていた。
さて、かんじんなのは、棚づくりの進行ぐあいである。
ひと仕事終えた姉が戻ってくるまでには、いくらなんでも。立派な棚が完成、とまではいわないが。それなりの進みを、期待してもいいだろうに。
実際は、棚の外枠さえも、いまだ組まれてはおらず。どういうわけか、大量の木の板が手つかずのまま、どでんと積みあげられていた。
リサイクルに配慮してのことなのか?あんなにはりきっていた少年は、釘や金槌を使うこともなく。スパナを片手に、きこきこと汗を散らしている。
「あら、ぜんぜんできてないじゃないの」
姉の帰還に、とぎすませた集中を解く弟は。スパナを置くと、助けを求めるかのように駆け寄った。
「どうせ、途中でおサボりでもしてたんでしょ?アニメでもみてたの?」
「そいつは、とんだいいがかりだよ!
じつは、深刻な問題があるんだけど」
困り果てたように、スパナをひねっていた右手ではなく、逆の左手。にぎりしめたこぶしを手のひらへとひらくと、そこには六角頭の金属部品が。棒状の本体には、螺旋状に溝が刻まれている。
「ボルトがうまくはまってくれなくて、困ってるんだ」
試行錯誤の跡なのだろう。見れば、ねばぁっとした糸をひいて、大粒の豆々が幾つも、ボルトに絡みついているではないか。
一瞬、信じられないものを見たような顔をした姉は、しかし、すぐに平静を取り戻すと。肺胞の奥から、深ぁいため息をひとつ吐いてから、こう告げた。
「ナットを使うのよ」
使うべきは、内側にネジ状の溝が刻まれた、金属製の六角環である。
断じて、納豆ではない。
もとは4コマ漫画のネームでした。
短編小説にまで膨らませてみるって、悪ふざけ。
一読、ありがとうございます。