閑話(1) 皇都にて
閑話(1) 皇都にて
「だーかーらー、そんなの無理ですってば」
「そんなのとは何だ。やってみないとわからないだろう」
「もう、なんとか言ってくださいよ、パットさん」
「言い出したら聞きませんので、早めに諦めて妥協策を提案した方が得策かと思われます」
「ええ……」
「妥協策があるのか?」
「も~! わかりましたよ。ちょっと待ってください。今考えますから」
「だから、最初からそうすれば良かっただろ?」
「ちょっと、黙っててもらえますか!」
「こちらで少しだけ待たせてもらいましょう。……ヒュー様、そんな目の前で居座られたら、リーアム殿もいい考えが出てきませんよ」
「む、仕方ない。早く考えろ」
「気が散るなぁ…もう」
時は遡り、ハリーが最初に皇都に飛んで来た日の夕方。皇城の魔法省の中の一室にある、筆頭魔導士のリーアムの元に押し掛けたヒューバードは、部屋に入るなりリーアムに魔道具の製作を依頼した。いや、依頼とは名ばかりの命令である。
『いますぐに相手にばれず、様子を探る魔道具を作れ』
そんな便利な物があれば、密偵などこの世に存在しない。リーアムはどうにか落としどころを探って頭を捻っている。
圧倒的な魔力と、魔導士としての実力、さらに魔道具を作り出す技術者として魔法省の第一人者のリーアムは、ヒューバードの二つ年上だが上級学校では同年卒の学友でもある。ちなみにヒューバードの一つ上になるパットも、学校は三人とも同年卒の同級生だ。
今年三十歳を迎えた彼は、ふわふわの茶髪と大きな眼鏡、さらに十歳は下に見える可愛らしい顔の、独身の筆頭魔導士だ。一代限りの爵位だが、子爵を賜っている。それもあって実は本人が知らないだけで、一部女性陣の婿候補としての人気は高い。
ヒューバードはダグラスの支援要請に、円の使用を許可した。円とは予め構築した魔法陣と魔法陣を結んで、物資や人のやり取りができる、いわゆる転移装置である。皇都から遠く離れた森は、魔物が出没するエリアでもあり、円が構築された初期から陣が敷かれている。十五年前、ヒューバードがダグラスを迎えに行ったのもその陣だ。
転移術は高位魔法に属し、ほとんどの円が国策的な要所に敷かれている事から、円は国の管理下にあり利用は制限されている。使用するには高位の魔術師と、皇帝の許可が必要で、つまりヒューバードに決定権がある。
「それにしても、ヒュー様。彼にばれると思いますよ。あの方の耳にもすぐに入ります。いいんですか」
「ばれないかもしれないよ」
「魔道具の時点でダメでしょう。魔道具って奴は作動したら魔力の揺らぎが起こりますからね。彼が気づかない訳がない。それはあなただってわかってるでしょう」
「そうだね。気づくだろうけど、だって気になるじゃないか」
「………アレですか」
「そうそう、女の気配がプンプンするアレね。どうせダグラスに聞いても素直に言わないだろうし? かといって帰って来るまで待てな――」
「――ちょ、ちょっと待ってください! 女の気配ってあのダグラス隊長に?!」
少し離れた作業台に居たはずのリーアムは、瞬間移動したかのようにヒューバード達の前にすっ飛んできた。
「ん~、パット。ばらしてもいいと思う?」
ニコニコと聞いてくるヒューバードに、優秀な補佐官は頭を抱える。
「ヒュー…あなたそれわざとですよね…。こっちは言葉を濁したのに。まったくあなたって人は」
「なになに! ダグラス隊長に女の気配? いい人ができたの?!」
キラキラの顔で聞いてくる魔術師は、どう見ても二十歳くらいにしか見えない。恐ろしいほどの童顔だ。彼が未だ独身なのは、見た目の問題もあるが、あまりに夢見がちな唯一の相手とやらが現れるのを待っているからで、拘りがありすぎる恋愛観を諦めない限り、彼に春は来ない。
そういった事情から、彼はお堅い職業とかなり高位な立場にも関わらず、恋愛話が三度の飯よりも好物という、困った性格の持ち主である。当然、ヒューバードも周知の事実だ。
「いやぁ、ばれちゃったらしょうがないなぁ。――そうなんだよ。あのダグに女の影があってさ。リーアム、君も知りたいと思わないかい?」
「思います! そのための道具ですね! わかりました、張り切って作りますから!!」
「そう? 悪いね、忙しいのに」
「いえ、全然問題ないです!」
「じゃあ、頑張って作ってね」
ニコニコと話すヒューバードに、冷たい目を向けるパット。これは本気で新しい魔道具ができるかもしれないと、ため息をついた。嬉しいような嬉しくないような複雑な気分のパットだった。
その二日後、リーアム渾身の新魔道具をこっそりと忍ばせて、ヒューバードは皇都の円から森へ向けて、術が無事発動されるのを見送った。その後、いそいそとリーアムとパットと共にリーアムの部屋へ移動し、魔道具の受信先であるガラス玉を覗き込んだ。
「あっ、見えてきましたよ!」
「おー、森だね。ダグは…ああ、居た居た」
「彼しか見えませんね」
「病気みたいだし、家に居るんだろう。ねえ、反対側は見られないの?」
「う~ん、一方向視点しかつけられなかったんだよねぇ」
「リーアム殿、十分すごいですよ」
呆れていたパットも一緒になって、魔道具から送られてくる画像に魅入っている。さすが魔法省第一人者の作った道具である。セピア色の画像は鮮明で、くぐもってはいるがちゃんと音も入って来る。
ただのガラス玉に何をどうすればそのような効果を付けられるのか、さすがのパットも目を興味深々だ。問題の魔力の揺らぎも最小限に抑えたという優れものである。飴と鞭で踊らされた感が否めないが、リーアムはやれば出来る男だった。
「あ、家が見えてきましたよ。ここかな?」
「ああ、懐かしいな…。間違いない、ここだ」
「……かなり小さい家ですね」
玄関をくぐり居間を素通りしていく。向かうのは寝室のようだ。小脇に抱えているのか、画像が揺れる。
「……酔いそう」
「目を眇めてみればいいんだよ」
「部屋に入りましたよ!」
一気に三人の期待が高まった瞬間、揺れが止まったと思えば画像は壁を映し出した。
「えー! そっち向けちゃう!? 反対! 反対むけて!」
「そう来たかぁ。参ったなぁ」
「しっ、何か言ってます」
パットの指摘に残る二人も息を詰めて耳を澄ます。相変わらず一面の壁しか見えないが、確かに話し声が聞こえた。
『おい、どうだ』
『…あ、おかえりなさい。けほっ』
『起きなくていい、寝てろ。……だいぶ下がってきたな、良かった。服が届いた。汗かいただろ、着替えた方がいい。出来るか?』
『けほけほ。…はい』
確実に女の声だ。しかもかなり若い。
「わぁ~! 女の人の声だ! 本当にいた!」
「いや、彼が女物の服を着るとでも思ってたんですか。下着もなんてただの変態でしょ」
「ねえ、ダグが女の子にちゃんと優しくしてる…。驚いた」
「確かに…」
「あ! 画像が動きますよ!」
リーアムの声で三人はガラス玉を凝視する。ぐらっと揺れた映像にダグラスの手が映る。次の瞬間、ダグラスの顔が目の前に現れて、思わず三人とものけぞってしまう。さらに玉を覗き込むダグラスの目が近づいて――。
『……これは』
――パリン
「「「あ」」」
ダグラスの呟きと共に軽い音を最後に、ガラス玉は暗転した。三人の居る部屋に静寂が訪れる。数度の瞬きの後、筆頭魔導士の絶叫がこだました。
「ええええええ! うそでしょ! そんじょそこらの石より強度あるよ? 今、割ったの? それも指先で!」
「これはバレたな」
「私は反対しましたからね」
「パット君。一人だけ逃がれられると思ってる? 君も同罪だよ」
「いやいや、あの人どんだけ力あるの?! 馬鹿力すぎるでしょ!」
「あ~あ、女の子の顔、拝めなかったかぁ」
「二日徹夜して作ったのに!」
「結局、こうなるんですね…」
目的の半分も果たせなかった彼らは、せめてもの腹いせにこの数日後に追加依頼のあった荷物の中から、ダグラスが使うという寝具を寝袋に格下げして腹の虫を納めた。低次元だが、睡眠の質という地味に効く有効な仕返しだ。
哀れダグラス。逆恨みである。
次話投稿は、少し時間が空きます。少しお待ちください。