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ミリアの能力

 

(8) ミリアの能力



 しっかりと防寒対策をしたミリアを連れて、二人と一匹で森の奥を目指す。しばらく彼女の世話を優先し、必要最低限の外出で済ませていた。それも小屋の近くに限定し、しかけた罠の確認だけして帰るのがほとんどだ。森の奥に仕掛けた方が大物もかかるが、無いよりましだ。


 ゆえに外出自体が久しぶりになる。ミリアはあの夜以来だ。彼女とアッシュが少し先行し、ダグラスはその後をゆったりと歩いていく。


 雪は深いが、しばらく晴天が続いてしっかり圧雪されているのか、歩きづらさはさほどない。サクサクと心地いい音を立てながら歩いていく。一面の雪景色は、陽ざしのはね返りでまぶしいくらいだ。


 その光の中を、ミリアは跳ねるように進んでいく。女物の外套は、実用性だけでなく、シルエットからまるで違うのだと改めて気づいた。実によく似合っている。



(町へ出たら、こいつの服も買い足すか)


 ぼんやりと考えていたら、ミリアがくるりと振り返った。長い髪が宙を舞い(きら)めいた。その様子をダグラスは目を細めて見つめた。



「そういえば、思い出したことがあるの」

「ん?」

「私が店からこっちに落とされる直前と、確か森で目を開けた時、声が聞こえたの」

「声?」


 片眉を上げるダグラスに、ミリアは細い(あご)に指をあてて、記憶を探りつつ慎重に言葉を続ける。



「そう。「助けてあげる」って言われた気がする。他にも何か言っていたんだけど、あの時はそれどころじゃなくて、何と言っていたか思い出せないの。でも、あの声…どこかで聞いたことがあるような気がするのよね」


「……声か。助けるとそいつが言ったのなら、その声の主の力でこっちへ飛ばされた可能性が高いな」

「私もそう思う。でも姿は見てないわ。だから誰だかわからないの」

「手がかりなしか…」


 腕を組んだダグラスはゆっくりと歩きながら考えたが、すぐに頭を切り替えた。わからないものはいつまでも考えていても時間の無駄だ。



「声だけでは、これ以上調べようがない。ただ、お前に深く関わっている相手なら、今後また現れるかもしれない。そうなったらその時とっ捕まえて問いただせばいいだろう」


「ちょっと、乱暴すぎないかしら?」

「相手の出方次第だな」

「なるべく、平和な方法でお願いしたいわ。私が人間になったのに関係しているかもしれないのだもの」


 ダグラスは軽く肩をすくめて、話はそこで打ち切った。そのまま二人と一匹で静かに進んでいく。再び少し前を歩いていた彼女が手招きをする。




「ねえ、見て! 木が大きい。すごい。上が見えないわ」


 首が折れそうなほど真上を見上げて、ミリアが感嘆の声を上げる。ダグラスには見慣れた森だが、彼女は初めて目にすると言ってもいいだろう。木の下から真上を見上げると確かに先が見えない。こんな風に木を見上げたのは小さい頃以来だ。


「宿り木はまだあるかしら」

「あんなのの、何がいいんだ」

「まん丸で可愛いわ!」

「食えないじゃないか」

「えぇ~…」



 実のところ、ミリアが立っていた場所はうろ覚えだ。だから今日もアッシュが先頭を行く。その足取りに迷いはない。


 そのアッシュはもう完全にミリアを主人扱いしているのかと思いきや、意外にも彼なりに彼女を護衛しているように思えてきた。アッシュにとってミリアは従うべき主人というより、守るべき相手として捉えているのかもしれない。結局はダグラスと同じ思考だ。似た者同士である。



「ねえ、アッシュはわかる? 宿り木。木の上にね、緑でまん丸なの。…そう、この前の夜も見たわよね、そう多分それよ」

「わふん」

「………」


 こういう時、彼女の口調に少なからず違和感を感じる。今朝、アッシュの背中に乗った時もそうだ。すでに何度目かになるその違和感に、ダグラスは恐る恐る口を開く。



「……ミリア、その、もしかしてアッシュと会話…しているのか?」

「え?」


 きょとんとした顔を向けるミリアに、ダグラスは慌てて質問を取り消そうとしたのだが。



「いや、そんな訳ないか――」

「――アッシュの声、聞こえないの?」

「わふっ」


 ミリアの声にアッシュが答える。その声にミリアはアッシュに振り返り、そのまま会話らしきものが続いていく。


「そうなの? 私てっきりダグラスとも話しているんだと…。え、珍しいの? 私が初めて? まぁ……」

「わぉん」


 そんなアッシュとミリアの様子を、目を見開いてダグラスは茫然と見つめていた。



 最初の驚きから回復したダグラスは、まるで尋問のようにミリアを質問責めにして、その能力を検証した。たどり着いた答えは、生き物全般の声が聴こえる、というとんでもない結果だった。




 今日の目的である森の奥に着いたが、ミリアの手がかりになるような収穫はなかった。元より期待はしていなかったので、特に問題はない。ミリアは肩を落としていたが、それもダグラスが真剣な顔で弓を構えるまでだ。少年時代をこの森で過ごしたダグラスは、狩りがうまかった。


 最終的に、ウサギ二羽と子鹿一頭を仕留めた。久しぶりのまとまった肉である。ずっしりとした重みもそれがすべて肉だと思えば、足取りは軽い。危険を伴う狩りは彼女に教えるつもりはない。代わりに子どもでもできる罠の仕掛け方を教えた。二日後、一緒に見に来る予定だ。だが、年頃の娘が森で罠をしかける機会など、普通は中々ない。




(それにしても、声が聞こえる、か。魔力が多いのか? そんな能力聞いたことがないが、一度教会で測定をしてみるか。……いずれは、町へ行くだろうし)


 この世界には魔物がいる。魔獣とも呼ばれる彼らが我々人間や、野生動物と決定的に違う所は、彼らは死ぬとその体が跡形もなく消滅するという点だ。魔素(まそ)を体内に取り込み体を形成しているらしいが、人間には魔素の成分すら解明できていない。


 その魔物も見かけるとしたら、弱い個体がせいぜい数匹程度だが、何年かに一度、群れになって押し寄せてくることがある。その時は国軍で対応にあたるが、最前線を任されるのは魔法騎士隊だ。


 強い魔物ほど防御力も高く、通常の攻撃ではその固い皮膚に一太刀(ひとたち)浴びせるのがやっとである。そこで活躍するのが、自らの剣や弓に魔法属性を付加して戦う魔法騎士隊の面々だ。純粋な魔法攻撃を得意とする魔術師も、彼らの後方から加勢する。



 ゆえにこの国に生まれた者は皆、教会で魔力鑑定を受ける。持って生まれた魔力値は、生涯変わらない。平民であっても魔力値が高い者は、国策による学費免除を受けて上級学校へ入学できる。測定を(こば)むものはほとんどいない。


 国が優遇する理由は、有事の際の戦力を確保するため。国民がそれを良しとするのは、卒業後はその進路に限らず、出世面でも金銭面でも優位になるからだ。高魔力持ちと判定されても、皆が騎士の道に進むわけではない。


 ヒューバードが即位してから改革されたのが、上級学校卒業者の進路選択の自由だ。これまで男なら有無をいわさず軍隊へ入るのが、暗黙の了解とされていたが、魔力値=強さではない。本当に才能とやる気がある者に絞って入隊させた方が、結果として隊全体の質の向上に繋がった。今では高魔力持ちの3分の1が軍隊へ入り、残りは様々な職に就くようになった。魔力を必要とする職業は意外と数多くある。




「町…となるとウィローか」


(まだ、アレを済ませていなかったな…一度は足を運ぶつもりだったが)


 ダグラスは捕らえた獲物の処理を、てきぱきとこなしていく。今日食べきれない肉は数日分を確保して、残りは保存食にする。塩漬けや燻製(くんせい)などだ。この分なら、しばらく肉には困らないだろう。


 ミリアに生活する上で必要な事を一通り教えたつもりだが、事情を知らない大勢の目で見られるとなると、何が起こるかわからない。彼女の中の常識が、こちらの常識と必ずしも同じではないからだ。

 それと見た目の問題もある。それはダグラスにも同じことが言えるが、ミリアの髪色はこの田舎では目立ちすぎる。


(要らぬ騒ぎに巻き込まれでもしたら…)


 すでに子を持つ親のような心境に至っているのだが、当の本人は真剣に考え込んでいる。




「こっち用意できたわ」


 ふいに背中に掛けられた声に意識を引き戻す。振り返るとミリアが作業小屋の入り口に立っていた。彼女の後ろにはしっぽを振るアッシュの姿が見える。彼女の護衛は、ミリアが来てからというもの実に生き生きとしている。


(ミリアの能力も気になる)


 彼女の能力は実に特殊だ。魔力をつかう魔法や術式とはおそらく別だと考えている。じっとミリアを見つめるダグラスに、彼女は首を傾げた。


「どうしたの? 何か手伝うことある?」

「…いや、ここはいい。もうすぐそっち行くから、木の枝を集めといてくれ。アッシュ、目を離すな。わかるな?」


 ダグラスの指示にアッシュとミリアが、しばし視線を交わす。それだけで会話が成立したようだ。楽しそうに一人と一匹は庭先へ戻っていく。その後ろから、小さな鳥がミリアに向かって降りていくのが見えた。



(そういえば、やたら野鳥が集まっていたのは、ミリアと話していたのか)


 何かおかしい事でも聞いたのか、肩先にとまった鳥を見て小さく笑っている。



「……普通の娘、なんだよな」


 保護すべきか弱い娘は、蓋を開けてみるとその見た目に反して驚くべき過去と、とんでもない能力を持っていた。まだ見ぬ能力が隠れている可能性もある。


(吉と出るか、凶と出るか)


 大きな枝を落とすまいと、奮闘するミリアを眺めて、ダグラスはぐっと拳に力を込める。両腕一杯に枝を抱えて何がそんなに楽しいのか、彼女はずっと笑っている。



(あの笑顔を守りたい)


 母親の死後、他人と距離をおいてきたダグラスに、初めて芽生えた感情だった。



しばらく投稿が続きます。

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