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 (61)穴


 出発したときに頭上にあった月が幾分傾いた頃、先頭を行くスタンリーが馬の歩を緩めた。


「ここら辺だな」

 そう言って、一旦馬を降りた。すぐにトーマスが魔道具で辺りを明るく照らし出した。


「ああ、確かに踏み荒らされた跡がある」

「ここからずっと奥に向かって群がってたな」


 スタンリーも同じように注意深く辺りを確認している。折れた枝や踏みつけられた草木、ところどころ立ち枯れした木があるだけで、そこに魔獣が居たのだと思えば、特にそれ以上の異変は見当たらない。


「もう少し進むぞ」


 全員がもう一度馬にまたがり、さらに森の奥へ進んだ。馬上で小さな灯りをともしてトーマスが地図を確認する。しばらく進んでもう一度馬を止めた。


「だいたい、ここが確認できた大群の中心地になります」


 トーマスが地図と、座標計を照らし合わせて確認した。山際は随分向こうに見え、木が乱立してはいるが、高低差はほとんどなく少し開けている。全員が下馬すると二手に分かれて辺りを確認して回った。



「何もこれと言ってないな…」


 しばらくしてスタンリーがぼやいた時、少し離れた場所で地面を見ていたダグラスが声を上げた。


「……穴が」


 スタンリーが振り向くと、ダグラスがちょうど地面に膝をつくところだった。片膝をつき、地面を食い入るように見ている。


「どうした、何かあったか?」

「いや、……穴から」

「穴?」


 ダグラスが見つめる先、確かに拳ほどの大きさの穴が開いていた。


「豚かなんかが掘ったのか?」

「何かありましたか」


 二人が地面を見つめている間に他を調べていたトーマス達が帰ってきた。トーマスにスタンリーが返事をしている間もダグラスは、地面に空いた穴をじっと見つめている。


「………出ている」

 ぼそりと呟かれたそれに、スタンリーが振り向いた。


「出てる?」

「穴から魔力が、漏れ出ている」

「魔力だと」

「え?」


 魔力という言葉にトーマスが穴を覗き込んだ。そしてすぐに目を見開いた。


「…確かに、魔力の揺らぎが見えます。妙ですね、地面から魔力が出ているなんて」

 集まってきた残りの面々は、何も見えなかった。


「たぶん、魔力値の差でしょうか。ある程度魔力がある者なら、その穴から漏れ出る黒い魔力の揺らぎを感じられると思います」

「黒い魔力?」

「ああ。黒いな」


 穴から目を離さないダグラスがトーマスの言葉を肯定する。視線を外さないまま膝をついていたダグラスがすくっと立ち上がった。


「とりあえず、試してみても?」


 ダグラスが腰に下げている剣の柄に手を添えて、スタンリーに問うた。その視線を受け止めたスタンリーは、何度か彼の顔と腰元の剣に視線を向けて、驚きの顔をした。


「切るのか? 地面を? いや、そもそも魔力って切れるのか?」

「やってみたことがないのでわからないが。――少し下がってくれますか」


 スタンリーの返答を了承と取ったのか、ダグラスが剣をすらりと抜いた。そのまま剣に魔力付与していく。圧倒的な魔力を有するダグラスの魔力付与は、他の者の付与と一線を画している。わずかに発光するのは同じだが、見る者が見ればその違いは一目瞭然だった。光る剣の明るさで、彼の顔がはっきりと見えている。



「す、すごい」

「相変わらず、派手だなぁ」


 魔力値の高さと魔力付与の精度は必ずしも比例していない。魔力値が平均しかなくても、付与に長けた者もいる。そしてダグラスは魔力値、付与の精度、剣の腕のそのすべてが抜きんでており、彼を隊長まで押し上げた理由でもある。


 皇都では有名な彼の能力も、辺境の地までは届いていないようだ。同行したスタンリー以外が全員、目を丸くしている。共闘した二年前の討伐時には予備兵だった彼らは、ダグラスの戦いぶりを近くで見たことがない。その様子に得意気にスタンリーがにやりと笑う。


「こいつは二千超えてるからなぁ」

「二千!? 高位魔導士並みじゃないですか!」

「その上、名実ともに国一番の剣士だからな。大したもんだよ」


 スタンリーが誇らしげに目を細めて目の前の若者を見る。若い頃なら強い相手に出会うと、己の力の無さに悔しさを覚えたが、年を重ねた今では頼もしく思うだけで、沸いてくるのは純粋な嬉しさだ。



(……そういえばオーエンの魔力付与も派手だったな。あいつとよく似ている)


 スタンリーがそんなことを思っているなど、つゆほども思わずダグラスは剣先を地面に向けて構えた。



「はぁっ!」


 声と共に、ダグラスが穴に剣を深く突き立てた。その瞬間、地の底から聞こえるような絶叫が辺りに響き渡り、穴と剣の隙間から黒い靄が一気に吹き出した。


「なにっ!?」

「うわっ!」


 ダグラスは突き刺した剣の柄をぐっと握りこみ、足を踏ん張ろうとしたが、地面に吸い込まれるような力には敵わなかった。


「ダグラス!!」

「くそっ…、キーヴァ!」


 ダグラスが愛馬の名前を叫ぶのとほぼ同時に、キーヴァが跳躍した。大きく穴が広がり、地面に突き刺した剣もろともダグラスが吸い込まれると、その後を追うようにキーヴァが閉じようとする穴に前足から突っ込んでいった。一瞬広がったように見えた暗い穴は次の瞬間には元の地面に戻り、そこには拳大の穴があるだけだった。


「ダグラス隊長殿!」

「おいおいおい…嘘だろ」

「えっ、どういうことっ?」


 スタンリーやトーマスらが一斉に地面に取り付き、穴を大きく広げながら土を掘りだしても、出てくるのはただの土と石だけ。とても人一人と馬が一頭埋まっているとは考えられない。次第に掘っても意味がないと否が応にもわかってしまう。そのうちに誰もが手を止めた。



「どういう事だ…? あいつらはどこに行った?」


 わかっていても、目の前で起こったことが信じられない。誰に問うたわけではないその言葉に返事ができる者はいなかった。その重苦しい場を破ったのはトーマスの控え目な声だった。


「魔力も消えてる…」


 それが何を意味するのかは、わからない。トーマスは顔を上げてスタンリーを見た。スタンリーは穴が開いていた場所を睨んだまま微動だにしない。


「万が一ということもあります。陛下や皇都へ連絡を入れましょう。あの状況では厳しいとは思いますが…、魔法転移の可能性もゼロではありませんし」

「ああ、…そうだな。――一旦、引き上げだ」


 スタンリーの声にようやくその場の時間が動き出した。馬上から再度ダグラスが消えた穴に目をやると、すぐにスタンリーは背中を向けた。



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