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閑話(5)独断と勅命


 閑話(5)独断と勅命



 ダグラスが陣営から姿を消す少し前。彼は一人で野営地を歩いていた。何人かに尋ねて聞き出した天幕の布を無造作に開けて、中へ足を踏み入れた。


『失礼。リーアム殿はおられるか』

『ん? ダグラス隊長じゃないか! わざわざ僕を訪ねてきてくれたの? 嬉しいな! 僕さ、聞きたい事たっくさんあるんだよね!』


 狭い天幕の中にはリーアムだけだった。ダグラスは考えていた誘い文句を飲み込むと、要件だけを伝えた。


『すまないが、急を要するので、ちょっと一緒に来てもらいたい』


 了承をもらう口調とは裏腹に、返答を待たずにベッドに腰を下ろしていたリーアムの腕を掴んで立たせる。そのままくるりと(きびす)を返し、入口の幕を蹴上げるようにして外へ連れ出した。


『え、ちょ、ちょっと~!?』


 リーアムは今回の討伐で唯一の楽しみとしていた、彼の意中の女性の話が聞けると鼻白んだのもつかの間、その体格差からあっという間に天幕からずんずん離れていく。向かう先は野営地の外だ。



『えっ、どこいく――』

『しっ、声を立てずに』


 そういうと、素早くリーアムの口を塞ぎ荷物のように小脇に抱えたまま、人目を避けて暗がりの方へずんずん進んで行く。腕力はからっきしのリーアムが国一番の騎士に敵う訳もなく、早々に抵抗する力を抜いた。その変化に気づいたダグラスは、ふっと鼻で笑うと小さく呟いた。


『協力、感謝する』


(同意してないけどね?!)


 リーアムの心の叫びは、声になることはなかった。


 たどり着いた先の野営地から離れた場所に、ダグラスの愛馬が繋がれていた。野営地のざわめきが少し遠くに聞こえる。そこまで来て、ようやくダグラスはリーアムの口から手を放し、彼の体を解放した。



『ぷはっ! はぁ、息苦しかった…。なんなの、一体?』

『リーアム殿。睡眠による魔力値回復の正確な数値はご存じですか』


 ダグラスは、リーアムが状況を把握する間も与えず、すぐに口を開いた。突然の質問に、素直に問われた内容を頭に巡らせる。


『え? えーっと? 回復の数値?』

『ええ、どの程度の睡眠時間でどこまで回復するか、です』

『あぁ、そういうことね。えーっと、それは個人によってまちまち、かな』


『まちまちとは?』

『んー、元々の魔力値にばらつきがあるから等分値も人それぞれでしょ。一時間の睡眠でいくら回復、というのではなく、だいたい八時間で全回復する人が殆どだから、おのずと回復値も個人差がでる。あと、元の魔力値が高い者ほど回復は早い傾向にあるかな』


 そう言うと自分の魔力値を例に挙げて、睡眠時間と魔力回復値をさっと計算までし始めた。彼の計算によると、七時間ほどで全回復するようだ。

 さすがの筆頭魔導士である。突然向けられた問いかけにも、よどみなくすらすらと答えていく。これで性格に難さえ無ければ、彼の目指す出会いとやらも向こうからやってくるだろうに。非情に残念である。



『なるほど。ちなみにリーアム殿は、今日の魔力消費は?』

『今日? ううん、行軍中は特にすることないから満タンだよ』

『それは実にいい』

『ん?』


 珍しくダグラスがきれいな笑みを見せる。仏頂面が常の彼の満面の笑みは貴重である。だが、なぜかリーアムはわずかに後ずさった。ダグラスの笑顔の裏に不穏な気配を感じたからだ。



『え、えーっと。ダグラス隊長? こんなところまで連れてきて、今の質問が目的じゃないよね? それに、どうしてこんなところに馬がいるのかなぁ?』

『やはりリーアム殿を選んでよかった。他の者なら明日の出発までに全回復は難しいかもしれなかったな』

『え』


 ダグラスはその場でざっと腰を落とすと、片手をついて頭を下げた。



『私をスライゴ領へ飛ばして頂きたい』

『え、今? 何か指令でも出たの?』


『いえ、これは俺の独断です。行軍に支障のない範囲で転移魔法を頼めるのは、筆頭魔導士であるリーアム殿だけと見込んでお願いしています』

『独断…? え? ちょ、ちょっと待ってくれる?』


 ダグラスはちらりと顔を上げると、リーアムをまっすぐに見上げた。膝をついているはずなのに、その視線だけでリーアムは動けなくなった。



『本気、なんだね?』

『ええ』


 リーアムはごくりと唾を飲み込んだ。



『……もう少し、詳しく説明してもらえるかな?』


 独断と言う以上、規律違反は確実だ。それを隊長であるダグラスが知らない訳がない。それでも押し通す理由があるのだろう。


『それは…、個人的な理由としか言えないので』

『そうはいっても、懲罰の対象になるかもしれないのに』

『覚悟の上です』


 何を言ってもダグラスの目には迷いがない。リーアムは大きく息を吐くと渋々ながら頷いた。



『あー、もう、わかった』

『っ、ありがとうございます!』

『その代わり! 全部終わったら、僕に君の想い人との馴れ初めを根掘り葉掘り全部聞かせてよね!』

『想い人…? 根掘り葉掘り…?』


『ね!』

『あ、あぁ、はい。えーっと、確認ですが俺の、ですか?』

『そうだよ! 他に誰がいるの? 森に荷物送ったの僕だよ? 君が女の子の服に下着までリクエストしてたのも、全部知ってるんだからねっ!』

『荷物って、あぁ…、あれか。………変な玉が入ってたな……』


 すっとダグラスの目の温度が下がったのを、敏感に察知したリーアムはさっと目をそらすと、素知らぬ顔をして本題に入った。



『――さ、スライゴのどこへ飛びたいんだい?』


 うろんな目をしたダグラスを丸っと無視して、リーアムはひと際明るい声を出した。満面の笑みである。ダグラスは短く息を吐いて答えた。



『前線へお願いします』

『前線? 今、向かってるじゃないか。あと数日で着くのに、それじゃダメなの?』

『はい、少しでも早く討伐を終わらせたいので』


『うーん、わかった。引き受けると決めたからには、やるよ。……ということは、あちら側の陣の構築も必要か。少し骨が折れるな…、ま、できなくはないけど』

『そう言ってもらえると思っていました』

『……結構、確信犯だよね。あーあ、ダグラス隊長の印象がどんどん変わっていくなー。ま、僕は好きだけどね、人間くさい隊長の方が』


『それは、褒められていると思っても?』

『うん。さ、具体的に進めよう。ちょっと時間かかるからさっそく始めたい。長く天幕を開けると僕を探す子が出てくるから』

『恩にきります』


 ダグラスはざっと立ち上がると、キーヴァに付けた荷物から地図を取り出して広げた。魔道具の小さなランプを頼りに飛ぶ位置を確認する。

 ダグラスが皇都へ飛んだ陣は、出立前にあらかじめマーキングしていた箇所へ飛ぶ転移魔法だ。似た仕組みの円は決められた陣と陣を結ぶものだ。


 今からリーアムがしようとしているのは、起点と着地点を同時に構築する転移魔法である。陣二つ分の魔力を必要とし、必然的に高位魔導士しか行使できない。

 ぎりぎりダグラスも発動条件は一応満たしているが、発動経験がない上、魔力のほとんどを消費して前線へ降り立つのは、さすがに無謀極まりない。となると、他者に発動してもらうしかない。


 この時点でまもなく日付が変わろうかという時間。日の出までの時間を換算すると、リーアムなら朝までには減った分はほぼ回復する計算になる。

 魔法行使の正確性、ずば抜けて高い魔力値、本人の性格も考慮した上である。回復値を聞いた後は、むしろ彼以外に適任者は居ないと思われた。


 そのまましばらく細かい点を確認してから、リーアムは陣の構築作業に入るべく、少し開けた場所へ移動した。すぐ後ろにキーヴァを連れたダグラスも控えている。


 ダグラスは持ってきた自前の魔力回復薬をリーアムに差し出したが、その手を突き返された。ちなみにこの魔力回復薬、恐ろしく高価である。金貨二枚が相場だが、一般的な家族がひと月十分暮らせる金額だ。それでも価値があると思ってダグラスが持ってきたものだ。



『二千もの魔力を使うと、歩くのも辛くなるでしょう』

『僕は天幕に戻るだけだし、そのまま朝まで眠れるし、回復薬もいつでも飲める。今回はありったけの回復薬を持ってきているしね。だけど君は今から前線へ飛ぶんだから、それは君が持っていくべきだ』


『だが』

『だがも、へったくれもないよ。これは譲れない』


 この時ばかりは童顔なこの魔導士が年相応の青年に見えた。確かに彼の言う通りなので素直に頭を下げた。



『……わかりました。ありがとうございます』

『乗りかかった船だ。最後までちゃんとするよ。恋バナ! 忘れないでね! 絶対だからね!』


 次の瞬間には途端にませた餓鬼に見えるのだから、リーアムという男はつくづくつかみどころがわからない。



『……はぁ』


 リーアムはダグラスの気の抜けた返事でも満足したのか、陣構築を開始した。ジワリと辺りが青白い光に覆われていく。同時に二つの陣を描くこの魔法は、特に集中力を必要とする。


 リーアムは魔法行使時の無防備な状態を誰よりも理解している一人だ。同時に外界遮断の魔法も展開して、雑念や妨害が入らないようにしている。多少の魔力は消費するが、彼にしてみれば誤差の範囲だ。


 ダグラスの目の前で、彼が描いた陣より完璧な陣形がみるみる内に描かれていく。リーアムの気迫にあてられたのか、キーヴァがいつになく興奮している。(たてがみ)を優しくなでつつ、芸術的ともいえる陣形成を見守った。



『…できた』


 ダグラスが描いた時の半分以下の時間で、それは見事な陣が描かれていた。目の前で青白い光を放っている。


『すごいな…』


 ダグラスから感嘆の声が漏れると、後ろから返答があった。



『すごくて当たり前だよ。筆頭魔導士の称号は、伊達じゃないんだからね』

『っ!』


 素早く振り向いたそこには、いるはずのない人物、ヒューバードが立っていた。すぐ後ろにはパットと護衛が控えている。見慣れた組み合わせだが、ダグラスは目を見開いた。リーアムが発動した外界遮断の幕の内側に居た彼は、近づく気配に気が付けなかったのだ。



『どうしてここに…』

『迂闊だよ、ダグ。陣構築なんていう高魔力の魔法を行使して、気づかれないと思っているのかい?』

『……っ』

『それでなくても、君はさっきまで普通の精神状態じゃなかったんだから、僕が目を離すわけないだろう』


 最初からばれていたとなると、如何にミリアの事で視野が狭くなっていたというのか。もし、ここが戦場なら命取りになるレベルだ。


(くそっ、情けない)


『申し訳ありませんが――』


 いさぎよく頭を下げようとして、その声が遮られる。



『だからさー、ちゃっちゃと行ってくれる? めくらましの魔法かけちゃうからさ』

『え?』

『ほら、『皇帝勅命』だろ? わざわざ見送りに来てあげたんだよ。ありがたいと思わないかい?』


 目の前に立ったヒューバードは、片目をつぶって手をひらひらと振っている。パットは口を出すつもりがないのか、一歩下がった位置で控えたきり動こうとしない。


 護衛の二人はダグラスの同僚でもある。彼らは任務中であり、主の命があるまでは口を開くことはない。もちろん、任務上で知りえた情報の守秘義務は徹底して叩き込まれている。


(……勅命があったことにしてくれるのか)



『陛下、……ありがとうございます』

『ああ、くれぐれも無理はしないように』

『はっ』


 ダグラスは低い声で礼を言うと深々と頭を下げた。その様子にヒューバードはリーアムと頷きあった。ヒューバードの全く驚いてない様子を見ると、こうなることの予想もついていたのかもしれない。


(この人には敵わないな)


 主君と崇めるのに彼ほどふさわしい人物はこの国には居ないだろう。いや、広い大陸中を探しても、彼を凌駕する人物などそうは居ない。


 真新しい陣の真ん中にキーヴァと立ち、振り返った。そこに居るのはダグラスが心から信頼を寄せる主君と仲間たちだ。



『行ってまいります』

『ああ、スタンリーによろしく』


 ダグラスが頷いたのを合図に、リーアムが転移魔法を唱え始める。歌うように紡がれるそれは、リーアム独自の詠唱だ。ほの暗い光とはいえ、夜の荒野ではそれは目につきやすい。ヒューバードがそれを隠すためのめくらましの術を展開してくれていた。


 足元から上がってきた光が全身を覆う寸前、もう一度頭を下げて次に顔を上げた時には光は頭の上までを覆っていた。



『行くぞ、キーヴァ』


 そして光が収まったそこには、なんの痕跡も残っていなかった。無事発動したのを見届けたリーアムは、少しの気怠さを感じたが、ささっとヒューバードの隣に立った。



『陛下、ご存じだったんですか?』

『んー、ご存じではなかったけど、何か行動起こすだろうな、とは思ってたかな。もう少し遅い時間かと予想してたんだけど、意外にも大胆な行動で驚いたよ。いや、周りが見えてなかったのかな?』


『あー、それは僕の魔力回復時間を考えての事だと思います。真っ先にそれを確認されましたから』

『なるほど。一応は、色々考えていたみたいで安心した』


『んー、僕、何か罰受けますかね?』

『いや? だって『皇帝の勅命』だろ? 何か問題あるの?』


 全く動じることなく首を傾げるリーアムに、ヒューバードは良い笑顔で答えた。



『そうでしたね! あ~、久々にでっかい魔法使うと興奮しますね。今日寝られるかな?』

『何言ってるんですか、リーアム殿の寝汚さは有名ですよ』


 思わずと言った風に、パットが横から口を挟んだ。何を隠そう、リーアムは一度寝ると中々起きず、それこそ毎朝、部下数人がかりでようやく起こされているのは、パットの耳にもしっかり届いている。



『朝の二度寝は最高ですよ! 恋愛話の次にね!』


 まったく反省していないリーアムは、今日も我が道を行く。



ぼちぼち更新です。

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