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野営地の夜


 (59)野営地の夜


「――妖精国に居るって言ったんだね」

「はい」

「私もこの耳で聞きました。間違いありません」


 その日の夜、夕飯を急いでかきこんだ後、ダグラスは与えられたアルバートとの共用天幕に早々に引き上げた。いつもは雑務の多い部下を気遣い遅番をかって出ていたが、今日は断りを入れて早々に引きあげてきた。


 そんな彼の目の前には、ヒューバード達が腰を下ろしている。天幕の外には護衛が二人立っているので、いつもの戦略会議だと思われているだろう。



「本当に妖精国に居るとはね。予想はしてたけど、改めて聞くとすごいな。彼女の体験記の本出したら、かなり売れるんじゃない?」

「ヒュー様、たわごとばかり言っていると後で痛い目見ますよ」


 ヒューバードは外套(がいとう)を脱いだ姿で、ダグラスの簡易ベッドに乗り上げ、遠慮なく占領している。ダグラスはアルバートのベッドへ彼と二人で腰かけている。パットはヒューバードの横に小さなスツールを持ってきて座り、今日も主君に冷たい目を向けている。当の本人にはまるで効いていないが。


 ダグラスは出来る限り、ミリアが伝えてきた内容を正確に共有するためアルバートに簡単に事情を話すことにした。事前にヒューバードに相談した上だ。ミリアと出会った経緯は省いて、訳あって行動を共にしていた娘が、忽然と姿を消したのでその行方を捜していると説明した。一緒に通信を聞いていたアルバートに、ダグラスの記憶違いや言葉足らずな部分を補完してもらうためだ。


(父さんの通信は後回しになるか。アルバートは信用できる奴だが、それとこれとは話が別だ)


 恐らくオーエンへの連絡は夜遅くになるだろうが、彼ならむしろその方が都合がいいだろう。皆が寝静まる夜は、身を隠す者にはうってつけの時間帯だ。



「――そこで、通信が途切れて、何度石に呼び掛けても魔力を流そうとしてもダメでした」


 一通りミリアが話してくれた内容を伝えると、ダグラスは左手首に巻かれた革紐の上に右手を重ねて、顔を俯かせた。


「魔玉石はすでに魔力を込められているから、新たな効果を上書きとか出来ないはずなんだけどな。どうやって通信させたんだろう。すごいな、そのエリンって子」

「……くそっ、誰だ」


「こらこら、睨まない凄まない。ミリアちゃんに協力してくれてんだろ、きっといい子だよ。あ、もしかして妖精だったりとか?」


 エリンの名に過剰反応するダグラスをなだめつつ、アルバートが放った一言に皆の顔が上がる。


「あ、それだ」

「確かに、そう考えるのが自然ですね」

「……ミリアを連れ去った張本人かもしれない」


 一人だけ違う感想だが、それも一理あると思ったのだろう。その場に沈黙が下りた。気を取り直した様にアルバートが口を開いた。


「そうかもしれないけど、危害を加えようとはしてないってことだろ。何か連れていく事情があったんだよ」

「そうだぞ、ダグラス。お前、エリンって子に会った途端、問答無用で剣を抜くなよ。まずは状況把握して冷静に判断した上で行動しろ」

「ミリアの安全確認が最優先です」


「ダメだ、こいつ聞く耳持ちません」

「とりあえず、状況を整理しましょう」


 堂々巡りをさらりと交わし、それまでの話を紙にまとめていたパットがその紙をワイン樽の上に広げた。実用を兼ねた机代わりだ。その小さな紙片を四人が覗き込んだ。



「ミリアさんは妖精国にいて、そばには協力者と思われる人物が少なくとも二人。あ、アッシュも居ますね。それでよくしてもらっていると言ってたのなら、とりあえず命の危険はないのでしょう。聞く所によると脅されている風でもなかったようですし」


「うん、第一段階はクリアだね。まずダグラスの事を心配してくれるなんて、良い子じゃないか」

「そうだ、ミリアは気が付くし優しいし、人一倍の頑張り屋だ」


「……ちょっと、真顔でのろけるの止めてくれる?」

「は? 何を言っている? 俺は事実を述べているだけだ」


「わ~…なんか色々びっくり。お前でも女を褒める事あるんだな…」

「そうなんだよ、アルバート。びっくりだよね」


 真剣に紙を見つめるダグラスをしり目に、ヒューバードとアルバートが頷きあっている。



「エリンが繋げてくれた、っていうのがよくわからないが、ただの魔玉石で通信できたのは、まあ彼が妖精なら何かしらの力を加えたって考えるのが妥当かな」

「むしろ、妖精じゃないなら出来ないでしょうね。元々込められている魔力の効果が邪魔して、下手したら暴発するのが関の山です」


「うん、じゃあエリンは妖精だと仮定して話を進めよう。あとは、おじいさんか。これは彼女がそう呼ぶ人物は一人しかいないはずだけど…」

「ちょっと待ってくれ。彼は死んだはずだ」

「だよね。そうなると別のおじいさん? 見当もつかないぞ」


「えーっと、ちょっと話が見えないんですが、死んだ人が実は生きていたってことはないんですか?」


 一人、ミリアの詳しい事情をまだ知らないアルバートが素朴な疑問を口にする。彼の発言に残りの三人が目を見開いた。



「そうか、あり得ますね」

「お前、今日は冴えてるな」


 失礼な感想をこぼして、ダグラスは淡々と話を進めた。


「今、ミリアが妖精国にいるということは、おじいさんとやらもそこに居たと考えるのが普通ですね」

「そうだね。でも、ただの人間が妖精国に? その時点で普通じゃないと思うんだけど」


「ミリアさんの存在そのものが、常識からはかけ離れていますよね。彼女がここに来た理由と関係しているのでは?」

「存在そのもの…?」


 事情を知らないアルバートが一人首を傾げるが、ヒューバードがさらりと話題を変えた。



「憶測しかできないから、この話は一旦置いておこう。……次、ミリアちゃんからの次の連絡の時期だけど」

「時間のずれ、ですね」


「そうだね。彼女が森で消えてから、えーと、今日で何日だっけ?」

「十一日」


「うん、即答にはつっこまないでおくよ。……ミリアちゃんの世界では三日ということはだいたい三倍以上のずれがある。彼女の言う通りに一日に一回繋がるのだとしたら、次は三~四日は空くと考えた方がいいかな」

「三日…」


「では、念のため、それまでも気を付けて次回の連絡を待つということで。次連絡が来ればより詳細な時間のずれが把握できますね」

「そうだね。きっと討伐中だろうけど、いつ来るかわからない連絡を待つのもできないからな。気を付けておくしかないか。それでいいね、ダグラス」


 きつく眉根を寄せた表情のまま、しばらくして無言で頷いたダグラスの肩を、アルバートが軽く叩いた。



「無事だってことがわかっただけでも、いいじゃないか」

「あぁ…」


 眉間に(しわ)を寄せたまま、ダグラスは小さく頷いた。



「あと、影響が出ているとは、これは状況から判断して、今回の魔獣の出現と何らかの関係がある可能性がありますが、これだけの情報では何とも」


「そうだね。……でも、確かに今回は発現間隔といい、規模といい、何か得体の知れない何かが関与している可能性は否定できない。むしろ、はっきりとした理由があった方が今後に備えられるんだが。ミリアちゃんの情報によっては、国を救う価値がある」


 ヒューバードの言葉は施政者としての言葉だ。だがダグラスは魔獣が出現した理由よりも、ミリアの言っていた『頑張るから』という言葉の方が気になっている。


 その言葉の意味も様々な憶測が出されたが、決定打となる証拠がなく、これも次回の連絡待ちということでその場はお開きになった。



 ヒューバード達が天幕を出て行っても、しばらくダグラスは考え込んでいた。アルバートが気を使って、見回りに行くと外へ出ていくと、さほど広くない天幕の中はダグラス一人になった。天幕のすぐ外では大勢の人の気配があり、夜が深まるこの時間でも人の動きが止まることはない。


「ふぅ…」


 ダグラスはベッドに腰かけたまま、組んだ足に置いた手に額を乗せた。


(ミリア、お前は一体何をしようとしている?)


 アッシュが居るとはいえ、知らない場所へ連れていかれて不安がないはずがない。それでも彼女の口から出てきたのは、ダグラスを気遣う言葉だった。温かい気持ちが広がるのと同時に、どうしようもない焦燥感も大きく広がっていく。



「頼むから俺の手が届かない所で、無茶をするな…」


 絞り出すように紡がれた言葉は、自分の声だと思えないほど頼りなげだった。


(俺が不安になってどうする)


 一度瞼を瞑ってから、身体を起こすと同時に目を開けた。その瞳には先ほどまであった不安な様子はどこにもなかった。


「あいつが頑張るって言ってるのに、俺がちんたらやってたんじゃ、合わせる顔がないな」


 そう呟いた彼は、アルバートが戻るのを待たずに天幕を後にした。




 次の朝早く、目を覚ましたアルバートの隣のベッドは、すでに空だった。昨夜、天幕に戻る途中、野営地を歩くダグラスを見かけた。その内戻るだろうと、彼が戻る前に床についた。


 これまでも夜が明ける頃には目を覚ましていた相手なので、さして気にすることもなく彼も手早く身支度を整えると、早々に天幕を後にした。朝は出発までにやることが山積みである。


 異変に気が付いたのは、朝飯の配給が終わりかけた時だった。



「居ない?」

「はい、配給員が飯を渡せていないとこちらに連絡が来ました。我々も確かに今朝はお姿を見ていないのですが、副隊長、何かご存じですか?」

「…まさか?」


 アルバートが一つの可能性を思い浮かべた時、アルバート達の天幕を片付けていた隊員がアルバートの所へ走ってきた。


「副隊長」


 駆け寄ってきた隊員の手には小さな紙片が握られていた。受け取ったそれは小さく折りたたまれていて、表にアルバートの名前が記されていた。素早く開くと、アルバートは思わず舌打ちした。


(あの馬鹿っ!)


 小さな紙片には見覚えのある筆跡で一言、こう記されていた。


『先に行く』


 隊長とは言え軍事行動中の勝手なふるまいは、まったくもって褒められたものではない。上への報告を考えるとすでに頭が痛いが、こうなっては少しでも早く合流してしまうのが得策だろう。面倒事はその後だ。


「……隊長は任務で先行した。我々も準備が出来次第すぐに出るぞ。準備を急げ。配給員には丁重に今後は無用の連絡をしておけ」

「はっ」


 アルバートは手の中の紙片をぎゅっと握ると、ヒューバードの天幕のある方へ足を向けた。



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