妖精国
(56)妖精国
ミリアは困惑していた。エリンの家という場所に連れて来られてから、数時間。あくまでこの世界での感覚なので、元の世界でどれだけの時間が過ぎているのか、見当もつかない。
出来ることなら今すぐにでも元の世界へ帰りたいのは山々だが、自分の力で帰れないのだから、なりゆきに任せるしかないと頭ではわかっている。
それにしても、さすがに理解に苦しむ展開に、何度も同じ言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。
(どうして、そうなるの?)
告げられた言葉は、軽々しく頷ける内容ではなかった。
この妖精国へ連れて来られて、おじいさんと再会し、ようやく事情が少しわかってきた。おじいさんが人間の世界では珍しい、妖精が見える人だったこと、それは妖精にとっても貴重な存在だということ。人間と関りを持ちたがる妖精も多いのだと初めて知った。
おじいさんとエリンが出会ったのは、単なる偶然によるものだが、まだ小さかったおじいさんが弱ったエリンを見つけて、保護したのが二人の出会いだった。おじいさんの元ですっかり元気を取り戻し、エリンは妖精国へ帰ることができた。
その後、妖精国へ戻ったエリンから事情を聞いた妖精王に、エリンを助けた礼として常世の住人となることを許された。それをエリンが伝えに来た時、すでに家庭を持つ青年となっていた彼は、その申し出を丁重に断ったのだという。
それならば、と提案されたのが、人間界で寿命を全うした後、妖精国へ招待するというものだった。常世の住人になれても精霊になるわけではなく、永遠に住み続ける権利だという。
死んだ後も生き続けるとは不老不死と何が違うのかと思ったが、人生を謳歌した後ならばいいかと、おじいさんはその申し出をうけることにした。
すっかり若きおじいさんに懐いたエリンは、ある日とっておきの石を手に現れた。おじいさんの作りかけだった人形に、その石を使うことにした。それがミリアである。
エリンからするとあっという間の人の一生。おじいさんはいつしか初老の歳を迎えていた。お気に入りのミリアが、すっかり古ぼけてしまっていて、おじいさんは自分が居なくなった後の事が心配だと告げられた。
そこでエリンはおじいさんが妖精国の住人になったら、つまり人間界で死んだ後、ミリアを連れに来ることを約束した。そしておじいさんがこちらへ来た後、エリンは約束を思い出して人間界へ行ったのだが、すでにミリアが処分寸前だったのはご愛敬である。
ミリアは本来なら意思を持つ人形として、世界を渡る予定だった。ミリアが人間の体で常世でもない別世界の森へ降り立ったのは、おじいさんも知らなかったという。その答えは実にあっさりと告げられた。
「だから、王様があそこの精霊たちの手助けをしてくれたら、その体をミリアのものにして良いって言ってくれたんだよー」
「えーっと、ちょっと待って。助ける? 精霊を、私が?!」
「だから、さっきからそう言ってるじゃーん」
ミリアは目の前で忙しなく飛ぶエリンに、別の意味で目を回しそうになった。
「そんなの無理よ! 私は剣も握った事がないし、魔法だって使えないわ? 馬にも一人で乗れないのに」
「馬は別に乗れなくても問題ないんじゃない。今のミリアには足があるし」
「エリン、人間の足で歩ける範囲は限られておるぞ」
「俺様がどこへでも連れていくから問題ないよー」
「移動手段が問題ではないと思うのだけど!」
ミリアの座るソファーの横に、くつろいだ姿勢で座っていたアッシュが彼女の大きな声に少しだけ顔を上げた。せっかく淹れてくれたお茶は冷めてしまっただろう。
「ミリア、わしが交渉してみるから慌てて返事をしなくてもいい」
「おじいさん…、ありがとう」
「んー、でもさ。あそこ今結構まずい状態なんだよねー。馬鹿な奴らのせいで。あの黒い奴の国にも、影響出てるんじゃないかなー」
「え?」
ミリアは大きな目をぱちりと瞬いた。
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