最後の舞台
ひさしぶりの更新をつづけています。ぼちぼち更新です。
(55)最後の舞台
オーエンは部下からの報告を受け、一人書斎で重い息を吐く。ずるがしこいというか、臆病者のキリアンは決して自分の手を汚さない。これまでも何度か彼が黒幕だろう事件があったが、トカゲのしっぽ切りを繰り返してきて、決定的な証拠が挙がらなかった。そのどれも小事だったこともあり、見逃してきた経緯がある。
意図的に彼の交友関係をつぶして回った事など、気が付いていないのだろう。自分以外にさして興味がない彼は、取り巻きの顔など覚えていないのかもしれない。皇城の外にあった彼の私的財産は、名義がキーラの物だったこともあり、早々に差し押さえの対象で、国が召し上げている。今もキリアンが時々訪れても使えているのは、あえて泳がせているだけである。
そうまでしても、享楽的な時間を過ごすばかりで彼はなかなか事を起こそうとしなかった。そこで彼に支給される支度金を目に見えて減らすことにした。おそらく金の勘定などしたことがないキリアンは、まったく生活態度を変えることなく数年を過ごした後、唐突に管財人からの通告を受け取ったはずだ。
『これまでの国庫からの借入金をご返却いただかない限り、今後の支度金の支給は致しかねます』
その一部始終を確認していた部下からの報告は、実に爽快だった。目を見開いたまま大きく口をあけた顔はお世辞にも美麗とは言えない形相で、声にならない声を何度か上げた後、ようやく言葉を理解できたのか、慌てふためいて最後には管財人に詰め寄った。
『申し訳ありませんが、私は財務局の裁定をお伝えしに来ただけですので、お支払いや申し開きについては財務局の窓口を通してくださいませ。では、失礼いたします』
そう言って颯爽と立ち去った若い管財人には、拍手喝さいを送りたい。彼のような人物こそ、今後この国に必要な人材だ。ヒューバードにも彼の人事に色をつけるよう進言している。
しばらく喚き散らしていたキリアンは、さすがに人目が気になったのか逃げるように立ち去って行ったという。それから三か月、おそらくどうにも首が回らなくなってきたのだろう。そろそろ事を起こす頃だと注視していたのだが、キーラと結託して事を起こすとなれば、話が変わってくる。
キーラと手を組む事自体が皇国への反逆行為とみなされる。おそらくあの頭の足りない男は、その事実に気が付いていない。手続きの面倒なキーラとの面会も『息子の俺が母親に会うのに、何故許可が必要だ』と言い張り、押し切っていると聞いている。
正式に面会申請が出されていれば、ヒューバードは許可を出さない。口頭で一方的に宣言して押しかけているのだが、相手は曲がりなりにも皇族、皇位継承権第二位の皇子とあれば、無碍にもできず、対応に困ると現場から苦情が上がっている。
長い幽閉生活でとうに精神を病んでいるキーラは、すでにまともな判断ができない。それでも揺らがない唯一の彼女の持つ利権、隣国の王族という事実だ。だが、キーラと母国の関係は年々希薄になり、今後我が国に不当に手を出してくれば、国交を断ち断固戦うとヒューバードと取り決めている。十分に国力を蓄えた今なら、跳ね返すことができるだろう。
おそらくキリアンは美味い話を餌に釣り上げ、利用した後切り捨てるただの駒に過ぎないだろう。後がないのは、何もキリアンだけではない。隣国とてさして変わらない状態だ。
オーエンは引き出しを開け、中から小さな肖像画を取り出した。こちらに笑顔を向けている愛妻、アイーシャと腕に抱いている小さな赤子はダグラスだ。生まれて間もない頃、懇意にしていた絵師に密かに描かせたものだ。
城のギャラリーに並ぶ歴代皇族の絵はどれも無表情か張り付けたような微笑しかない。アイーシャの満面の笑みは、肖像画としては異端と言われるだろう。だがそれが何だというのか。オーエンはアイーシャのどんな表情も愛しいが、とりわけ弾けるような笑顔が一番似合うと思っていた。
「やっぱり、この笑顔を描いてもらって正解だったな…」
一緒に暮らせたのは二年にも満たない。それでも多くの喜びと愛をアイーシャと息子からもらった。オーエンは引き出しの奥に大事に絵をしまうと、指をならした。
「お呼びでしょうか、オーエン様」
オーエンの座る机の前にどこからともなく、黒ずくめの男が現れ、膝をついた。オーエンの隠密部隊だ。現れた男はオーエンの一つ年上の側近中の側近、かつてオーエンの懐刀と言われた男だ。年齢を感じさせない俊敏な動きは、いかつい見た目から想像できないだろう。
冷静沈着を絵に描いたような性格だが、実は情に厚く義に反する場面では熱い一面もみせる。主君が表の世界から姿を消すと決めた時、家族との縁を切って、裏の世界にまで着いてきてくれた一人だ。もちろんオーエン同様、陰ながら家族を支援し続けている。
(こいつもそろそろ解放してやらないとな。家族が健在な内に)
オーエンは笑みを浮かべると命令を出した。
「最後の舞台の幕を上げるよ」
「――御意」
ほんの少しの間の後、しっかりと顔を上げて男は返事をした。その口元には薄っすらと笑みが浮かんでいた。オーエンは頷くと目じりに皺を寄せて明るく笑った。
「全部終わったら、みんなで表へ帰ろう」
「オーエン様…っ。はっ、必ずや」
少しだけ声を詰まらせた男は、すぐに力強く頷いて頭を深く下げた。
読んでいただいてありがとうございます。




