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クレア離宮

久しぶりの更新です。初めましての人は1からどうぞ。ぼちぼち更新です。

 

(53)クレア離宮


 皇都から馬車で半日ほど進んだ山脈の裾野に、湖の名前を冠した離宮がある。クレア離宮だ。


 主に夏に使われた離宮で、皇都より気温が低く過ごしやすい。晴れた日にはクレア湖に小舟を浮かべて涼んだり、広大な森で狩りを楽しめる規模の大きな別荘地だ。よく霧がかかる湖畔は刻一刻とその姿を変え、避暑地で過ごすゆったりとした時間を、幻想的に演出してくれた。短い夏の間、貴族らを招いて度々饗宴が催されることでも有名だった。


 だが、二十五年前に起こった大火により、その様相は一変する。本屋敷はそのほとんどを焼失し、わずかに残ったのは、本屋敷から少し離れて建っていた二つの尖塔(せんとう)と、それらの塔に付随する小さな施設、焼け残った本屋敷の西の端にある数部屋のみだ。


 風光明媚(ふうこうめいび)だった離宮は、夜更けに上がった小さな火の手で、山からの吹きおろしにあおられ瞬く間に炎に包まれた。うねりを上げる大きな炎は、黒い夜空を赤く染め、遠く離れた皇都からも北の空が赤く染まって見えたという。


 鎮火したのは翌日の夕方。建物の焼失だけに留まらず、多くの死者を出してしまった。出火当時、使用人以外の滞在者はおらず、火事の原因が火の不始末と確定され、前皇帝は生き残った者に厳しく責任を追及した。一連の沙汰(さた)が下され、離宮で働いていた多くの者が、処刑されるか、処罰の上解雇という一大事件に発展した。


 大火の後も離宮が建て替えられることなく今日に至っている理由は、多くの死者、処刑者を出したことで、もはや離宮としては外聞が悪くなりすぎたからだ。さらに火事の後には、もっぱら幽霊が出るとの噂まで(ささや)かれ、今日まで建て替えの声は上がっていない。


 本来の離宮としての機能は失ったが、皇国直轄地でもある湖畔地方の拠点としての役割は、今も離宮のあったこの場所に置かれている。その主な拠点が西塔である。付随建物は詰所として、塔の上の小部屋は物見(やぐら)として今も使われている。


 さらに本屋敷の西端部分に焼け残った二部屋は、兵士と領地管財人の執務室に、広い部屋の間取りから小さな個室へと改修された。拠点としてだけなら、十分機能したのである。



 そして西塔と同じく焼け残った東塔の最上部には、十年前から『静養』している人物がいる。前帝の第二皇妃、キーラである。実質上の幽閉であることは、公然の秘密である。


 クレア元離宮にキーラが送られる事が決まり、曲がりなりにも「離宮」の名は彼女の滞在に大義名分を与えることになった。急遽(きゅうきょ)貴人用に部屋が整えられた。


 昼夜問わず交代で警護に当たるべく、人員も新たに増員された。細々と維持していた焼け残った離宮の施設では手狭になり、今では離宮近くの町に詰所が置かれ、元離宮は警護という名の監視が交替で詰めている。



 今ではかつての華やかな賑わいは消え、増えた兵目当ての商売や飲食店、娯楽施設も詰所近くに作られている。皇族の避暑地であった頃にはなかった庶民的な賑わいを見せている。


 キーラは東塔の最上部に近い小さな二部屋を、その階下には水回りと侍女の部屋をあてがわれた。隣国から嫁いで以来、ずっと彼女の身の回りの世話をしていた侍女らは、クレア離宮への同行を認められなかった。唯一残されたのは一番年若い、侍女ですらない女中だった。


 他の侍女らはすべてキーラが母国から連れてきた女たちで、彼女らは解雇されただけでなく、機密情報の漏洩(ろうえい)や貴金属の搾取(さくしゅ)といった罪でほとんどが処断された。わずかに解放された女も、逃げるように祖国へ帰ったと報告が上がっている。


 つまりキーラは母国の鎧を剥がされ、身一つでここへやって来た。基本的に塔から出るには皇帝の許可、すなわちヒューバードの認可が必要で、この十年、その許可がおりたことは一度もない。



 かつての離宮の雰囲気とは様変わりしたが、図らずもキーラが来たことで町がにぎわいを取り戻したのは事実だ。以前から住んでいた住人も離宮に何かしら携わっていた者が半数以上を占めていた小さな町だ。もちろん、その小さな町にもオーエンらの手は入っている。皇都から距離がある分、どれほど小さな変化であっても見逃すなと、指示が出ている。


 最初の一年を過ぎた辺りからめっきり大人しくなったキーラだったが、最近になってきな臭い動きがあると報告を受けている。彼の一人息子、キリアンの度重なる訪問である。


 彼の訪問回数に比例して、静かに過ごしていたはずのキーラの体調が悪くなっている。目下の最大懸念事項だ。



 ヒューバードの一歳年下の異母弟キリアンは、頭脳も剣術も魔力値すらヒューバードには遠く及ばないのに、昔から何かと勝手に対抗心を燃やしていて、ヒューバードにしてみれば迷惑でしかなかった。


 早熟だったヒューバードは早々にそんな義弟を見限り、彼と距離をとってきた。そんなヒューバードでさえ、表立ってはちゃんと義弟として丁重に扱う。家臣らの目があるからだ。


 だが、それすらもキリアンにはできない。どこででもあからさまな態度を見せるのだから、本当に自分の置かれた立場を理解していないとしか思えない。


 だが、そんな男でも皇子という立場は変わらない。むしろわかりやすく悪事に手を染めてくれた方が処断しやすいというのに、十年前から「静養」しているキーラよりも手を焼いているのは、今は義弟の存在だ。



 そんな義弟が数年前まで無関心を貫いていたにも関わらず、キーラの元を頻繁に訪れるようになった。もちろん、監視付きの面会で彼らの動向は逐一報告されているが、あの無駄を嫌う自分本位な男が、なんの目的もなく何度も訪れる訳がない。


 表向きは「母の見舞いとご機嫌伺い」とされており、確かにそれ以上の言動はなされていないのだが、これまでうるさい母親の目がなくなった事をこれ幸いとばかりに、皇都で自堕落に過ごしていた男が、急に母親の見舞いなど、不審極まりない。そんな事すら自覚がないのか、本当に頭が痛い存在だった。




読んでいただいてありがとうございます。

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