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黒く染まる大地

 

 (52)黒く染まる大地


『お待たせしました! できました!』


 目の下に濃いクマを作り、トーマスが天幕から飛び出してきたのは、スライゴ軍が討伐開始して4日目の昼過ぎのことだった。


『でかした! すぐ飛ばせるか?』

『はい、一応近場でのテスト飛行はしましたが』

『時間が惜しい、すぐ飛ばすぞ。それはどういう仕組みだ?』

『新しい魔道具の方は飛ぶだけだったので、その下に通信系の魔道具を組み合わせました。遠隔で通信機を作動させる調整に時間がかかってしまって』

『いや、いい。十分だ。おい、ちょっとここ任せるぞ』


 そういいながらスタンリーは矢を放った。すぐに背を向けたはるか後方で魔獣がまた一匹倒れた。


『天幕に行くぞ。昨日より数が減ってきた。せっかく作ってもらった道具も空振りになるかもしれないな。すまない』

『いえっ、とんでもない。そのお言葉だけで十分です!』


 トーマスが皇都で仕入れた魔道具は、あらかじめ決められた場所へ飛んでいく魔道具だ。今回は山の向こう側、数か所を設定してある。あとは付け足した通信機から送られてくる映像を、受信機で見られるはずだ。



『では、行きます』


 トーマスの声の後、四枚の羽根が一斉に回り始めた。少し浮かび上がるのに時間がかかったが、浮いてしまえば安定して飛行し始めた。『通信機が重いようで、離着陸時に多少注意が必要ですが、今回は目的地では地上まで降りませんので、リスクは少ないと思います』


『ああ。すごいな。もう見えなくなった』

『元々、僻地に薬を届ける目的で作られているので、あまり大きなものは運べませんが、巡航速度はかなり早いようですね』

『なるほど』

『飛行開始後、しばらくしてから通信を始めるように設定しています。そろそろです』


 受信機の前に二人で立った。よくある魔道具通信の玉だ。球体がゆえ、取り付けに余分な苦労があったが、玉より小さめに四角くくりぬいた箱に入れ、ひっくり返すという逆転の発想で解決できた。全方向の映像が四角い窓の範囲に狭まったが、様子を探るという目的は十分果たせるだろう。



『あ、映りました。もうすぐ山を越えます』

『早いな』

『目的地までは一直線に飛びますから最短距離です。設定地点では少し速度を落として周回するようにしました』


 受信機の映像は色がほとんどない。これもびっくりするほどの金を出せば鮮明な映像を映し出す通信機が手に入るが、よもや偵察に使用するとは思っていなかったのだろう。よくある一般的な通信機である。


『だいたい、この辺りですが』

『……ん? なんだ? あそこから色が濃くないか?』

『ほんとだ。植生の違いですかね?』

 そのまま映像は進み続け、ついに決定的映像を映し出した。


『なんだ、これは…』

『えっ、これって、まさか』


 さらに設定した奥の目的地へ休みなく飛び続ける魔道具から、送られてくる映像に二人は言葉をなくして立ち尽くしていた。


 山向こうに終わりの見えない魔獣の群れが、辺り一帯を黒く染めていたのだった。



 トーマスは万が一のことを考えて、送られてくる映像を記録できるよう別の魔道具を受信機側に取り付けていた。そうして記録された映像を何度見返してみても、山向こうの裾野からはるか先、まさに延々と続くかのように黒い塊、魔獣の大群がそこに映し出されていた。



『俺たちは、悪夢を見ているのか?』


 スタンリーがようやく発した言葉に、トーマスは返事できなかった。スタンリーも返答など期待していないのだろう。そのまま押し黙っていた。


 その沈黙が破られたのは、前線から天幕へ駈け込んできた部下の声によってだった。



『スタンリー様! でかい奴がまた!』

『っ、すぐ行く』


 スタンリーは天幕を出るべく足を向けるが、すぐに立ち止まってトーマスに向き直った。



『もはや一軍で手に負える規模じゃない。皇都へ報告だ。緊急通信の準備と、さらに詳しい映像解析を頼む』

『は、はいっ』


 トーマスの返事を聞いて、今度こそスタンリーは天幕を出て行った。



 これが皇都でアルバートが第一報を受け取る直前の話である。すぐに皇都へ呼び出され、仕方なく領地を離れる羽目になったが、皇都から十分な兵糧と銀矢などをせしめてきたので、タダでは転ばぬスタンリーとしては上出来である。


(あの時、トーマスが飛行魔道具を仕入れていなかったらと思うと、ぞっとするな)


 あり得た別の未来を思い浮かべ、思わず肝が冷える。


「そうなったら、潔く逃げるしかないか」

「え、何か言いましたか?」

「いや、なんでもない」

「スタンリー様! 今夜は久しぶりにゆっくり寝られると思うと、うれしいです~」

「そうか、今晩は満月か」


 昔から魔獣は満月の夜は姿を見せない、と決まっていた。どこへ消えるのか月明りが辺りを照らし始めると、忽然と姿を消すのだ。代わりに新月の夜は、反動のようにその勢力を増大させるので厄介でもある。それを考えると勝負はあと半月、次の新月までに決着をつけるべきだろう。


「月が出るまであと少し。お前ら、気を抜くなよ!」


 スタンリーは、皇都から持ち帰った魔力回復薬を一息で飲み干した。高価な回復薬は普段なら極力使わない主義だが、無償となれば話は別だ。


(それに今使わなくて、いつ使うって言うんだ)


 だるかった体に、魔力が体の隅々までみなぎってくる感覚をしっかり味わってから、スタンリーは凄みを増した顔を上げた。


「スライゴ軍の意地を見せつけろ! 行くぞ!」

 スタンリーの声に野太い声が時の声を上げた。



読んでいただいてありがとうございます!

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