出陣
(50)出陣
臨時議会後、皇都では皇都警備兵を残して、大急ぎで討伐隊を編成し、議会の翌日には先遣隊を円で送りだした。その二日後、大規模な魔獣討伐隊本隊が出陣する日を迎えた。かつてない早さでの編成で準備が間に合わない物資は追って、スライゴへ届けられる手筈になっている。
第一魔法騎士隊を筆頭に、第二魔法騎士隊、リーアム率いる(最後まで駄々をこねていたが)魔導士隊、通常の騎士隊が六隊、さらに歩兵隊が四隊と、砲門部隊の一個中隊規模だ。一度に動ける数としては最大である。
皇城内での個々の見送りは禁止していたが、皇城の門向こうには多くの市民が駆けつけていた。沿道で出陣を見送るつもりだろう。
それをある程度予想していたのか、ヒューバードは出立式前に城門塔に上り、門の上をつなぐ回廊に立った。門前に集まる市民に姿を見せる為だ。ヒューバードは魔力を込めた声を響かせた。
「今から我々は魔獣討伐に向かう。皆の大切な家族を誰一人失うことなく、皆でまたこの地へ帰ってこよう。しばらく不自由な思いをさせるが、我らも力の限りを尽くすと誓おう。皆も心を一つにして、待っていてほしい」
兵を動かす=物が動くと同意だ。兵は平時より多くの食料を必要とし、武器や防具はもちろんのこと、薬や魔法回復薬、予備の軍服や彼らの身の回りの世話をする人員の分も含めると、膨大な物と金が動くことになる。
それらの捻出や負担を負うのは最終的に国民である。実際にかかる費用は国庫から支出しているが、国庫は領地からの、ひいては国民の税収で成り立っている。本来なら国民の生活向上のために使うべき金だ。魔獣討伐は国民の安全な生活のためだが、大量消費は影響が出やすい。働き手の不在という不便を、すでに国民に強いている。
(影響を最小限にするのが、皇帝である僕の役目だ)
ヒューバードは皇帝の言葉に歓喜の声を上げる民衆に背を向けると、兵士らの待つ城壁内の広場へ向かった。
各隊員と隊長、副隊長、さらに小隊長と総長、ヒューバードの側近を含めて総勢二百名を超す大所帯である。隊ごとに並んだ姿は実に壮観だ。
一緒に出陣するヒューバードは攻撃魔法の名手でもある。身に着けた軍服に付けられた勲章は伊達ではない。皇帝のマントを翻し、兵の前面に設けられた演説台の上に立った。ゆっくりと端から端を見まわし、皆の顔を見ていく。
「これより我々は、魔獣討伐の任へ向かう。かつてない規模の魔獣が出現したとの情報は、皆も聞いているだろう」
凛としたよくとおる声は、後列の兵までしっかりと聞こえた。魔力を使わない本物の声だ。皆が皇帝の生の声にはっとして顔を上げた。
「皆の不安も当然のことだ。だが、我ら討伐隊もかつてない規模の編成である。先遣隊はすでに現地へ飛んでいる。さらに現地には魔獣との闘いに慣れたスタンリー辺境伯率いる、我が国最強のスライゴ軍が待っている」
一旦言葉を切ったヒューバードは、自信にあふれた声色で、堂々と宣言した。
「恐れることはない。我らは必ずこの戦いに勝利するだろう!」
片手を高々と突き上げたヒューバードに、二百名の兵士も拳を突き上げて応えた。大歓声は門の外にいる市民にも届いた。
「いざ、出陣!」
ヒューバードの号令で、最初に第一魔法騎士隊が馬上の人となり、門をくぐった。先頭を行くダグラスの姿が見えると、沿道に集まった人々は大きな声を上げた。
「ダグラス隊長! 行ってらっしゃい!」
「キャー、ダグラス様~」
「頑張ってこいよ!」
「頼んだぞ!」
「隊長様~! こっち向いてー!」
掛け声に黄色い声が混ざるのは、ここ数年見慣れた光景だ。市民の憧れの的、魔法騎士隊の隊長が若くて独身とあれば、若い娘が夢中になるのも無理はないだろう。平民あがりの隊長は、市民にとってみればまさに希望である。
これまでの隊長が軒並み髭を生やした既婚者だったとあって、ダグラスとアルバートのコンビは、羨望の眼差しを向けるにふさわしい将来有望な若人である。
その片割れがついに昨年結婚したこともあり、ダグラスに人気が集中するのも無理はない。本人に浮いた話がないのも、人気に拍車をかけてしまっているが、当の本人は無頓着である。
「…おい、ダグラス。ちょっとくらい反応してやれよ」
そんな仏頂面のダグラスの横にアレックスが並んだ。急遽帰城したまま職務復帰してしまったので、結局彼に渡す手土産など用意しておらず、皇城内で買った皇都の酒を渡したら「適当すぎる!」と憤慨された。それ以来、妙に絡んでくるので、正直うっとうしい。
「必要ない」
「かー、お前相変わらずだな。遊びに行ってちょっと丸くなったかと思ったら、変わってないじゃないか」
「遊び…? もしかして休暇のことを言っているのか? 遊びとは程遠いが、…まぁ、有意義…と言えるのか?」
「おっ、いい反応じゃないか。それで、いい子居なかったのか?」
「いい子?」
「女だよ、女! お前ってば、こんなに声掛けられても丸っきり無視だろ。旅先で新しい出会いはなかったのかよ」
女という言葉に思わず、手綱を握る左手に視線を向けた。袖と手袋に隠れて見えないが、魔玉石がついた革紐が巻かれた手だ。ほんの数日前まで四六時中傍に居たはずの存在を示す物は、今ではこの頼りない魔道具一つだ。
「おーい、ダグラス? どうなんだよー」
いつの間にか考え込んでいた。まだ続いていた話題に、むすっと口角を下げるとぶっきらぼうに答えた。
「………黙秘する」
「それは居たってことだな! おい、教えろ、どんな子だ」
「うるさい。先に行くぞ」
「あっ、待てって! おい、ダグラス!」
早駆けさせるダグラスにさらに黄色い声がかかるが、そのまま兵団は何事もなかったように、長い行列の歩を進めていった。
読んでいただいてありがとうございます!




