隊長代理/染み出す闇
ゆっくり更新ですみません。
(46)隊長代理
アルバートは焦っていた。今しがた辺境伯より受けた報告は、急を要する上に間違いなく最重要懸案事項だ。物的距離がある以上、十分な準備期間をとる暇もないだろう。
第一魔法騎士隊の副隊長という立場の彼は、隊長のダグラス不在の今、隊長職を兼務している。兼務とは名ばかりで、副隊長の職務は隊長の補佐であるからして、補佐なしで隊長の職務をこなしていることになる。その多忙を極める彼が、靴音を鳴らして先を急いでいた。
(間隔が短すぎる。しかも規模が桁違いだ…。よりによってあいつが居ないこんな時に)
アルバートはダグラスと同年入隊の同期だが、年はかなり上の今年二十九歳になる。十八歳で入隊はむしろ一般的で、ダグラスの入隊年齢が早すぎるのだ。
ダグラスが過去最年少で正騎士になって以来、あっという間に背も立場も抜かされて規格外の同期に隠れがちだが、この若さで副隊長とは出世頭なのは間違いない。部下になる隊員はまだ年上もいる。そんな将来有望なアルバートは初恋を貫いて昨年結婚し、愛する妻は妊娠中だ。
「ダグラスを呼び戻す…? いや、その決定は陛下次第だが、あいつが居ると居ないじゃ、まるで戦力が…」
「アルバート」
ぶつぶつと独り言を言いながら、歩を進めていたアルバートは自身を呼ぶ声に足を止めた。顔を上げると回廊の影から出てきたのは、見知った顔だった。
「パット! 陛下はご一緒じゃないのか? 今、執務室へ向かっている所だが」
ヒューバードの腹心、補佐官のパットだ。同い年の二人はヒューバードを警護する側と補佐官という立場以前に、親しい友人でもある。
余談だが、アルバートの妻とパットは同郷の幼馴染で、お互いに片思いをこじらせていた二人の仲を取り持ってやったのは、何を隠そうパットである。
「今朝はちょっと所用があってね。陛下なら執務室にいるはずだ。……何があった?」
察しの良い友人は、ちょっとした変化を見逃さないようだ。
「あぁ。……かなり厄介な事案だ。早急に議会の招集を頼むことになると思う」
「…わかった。とにかく陛下の所へ急ごう」
きりっと顔を引き締めた二人は、急ぎ足で執務室へ向かった。
「辺境伯から?」
「ええ、今朝連絡を受けました」
執務室ですでに書類と格闘していたヒューバードの所へ、アルバートとパットが一緒に入ってきた。護衛を廊下へ出し、三人になった所でアルバートは懐から一通の書類をヒューバードに渡した。
辺境伯の魔道具通信による報告を、正式文書に起こした書類だ。報告を受けたのは管轄である第一魔法騎士隊だが、その内容は一騎士隊で判断できる内容をはるかに超えていた。
ヒューバードは素早く中を確認して、きれいな眉を顰めた。そのまましばらく書類を眺めた後、パットに渡して腕を組んで目を瞑った。
「……早すぎるな」
「ええ、しかも規模が少なくとも、前回の倍以上と聞きました。これがもし本当なら、総力戦でも抑え込めるかどうか…」
書類を確認したパットも険しい顔つきになる。
「ダグラス隊長に早急な帰城要請と、臨時議会の招集をお願いいたします」
「うん、そうだね。さっそく午後に皆を集めて議会を開こう。魔法省の重鎮とリーアムも無理やりにでも引っ張ってきて。近衛以外の隊は隊長もしくは副隊長を呼ぶように。パット手配よろしく」
「はっ、畏まりました」
「あとは、そうだな。出陣に備えた準備もすぐに始めないと…。兵糧の確認と武器類の補充がすぐにどれだけ納入できるか、商会長も呼ぶか…。あとは――」
「陛下、あの、うちの隊長は…」
「あ~、それは必要ない。居るから」
「……は?」
アルバートは口を開けて、動きを止めた。言葉の意味は理解できるが、内容が理解できない。
「ちょっと事情があってね、昨日から城に居るよ」
「はぁ~!? …っと、失礼しました。じゃあ、あの野郎…じゃなかった、あいつ…じゃなくて、隊長はすぐに復帰ということですね。承知しました」
思わず出た声は思いの外大きく、この三ヶ月の彼の苦労がうかがえる。
「ははっ、ダグにも事情があってね。すぐにも旅先に戻る予定だったんだけど、これでそうもいかなくなったな…」
「取り急ぎ、各所に伝達を」
「そうだね。辺境伯から直接話を聞きたい。円って近くにあったかい?」
「馬で半日ほどの所にあります」
「じゃあ、特別通信ですぐに連絡を。少しの遅れは大丈夫だけど、議会中に必ず到着させて。アルバート、悪いんだけど議会には向かわせるから、それまでダグラスのことは伏せといてくれる? あいつの事情もちょっと厄介でね」
「はぁ、わかりました。では、私は先に失礼します」
「あ、アルバート」
アルバートが一礼して扉に向かおうと背を向けた所で、声がかかった。条件反射でかかとを揃えて振り向く。ヒューバードはこの日一番の笑みを浮かべた。
「君のとこ、そろそろ産まれる頃じゃないか? 家に帰れているのかい?」
「なんとっ、もったいないお言葉です! 自宅には、……先週と一昨日も帰りましたので、大丈夫です」
「ははっ、大丈夫とは言えないなぁ。奥さんに恨まれたら、僕のせいにしていいからね」
「とんでもありません! ダグラスに休暇を取らせなかった、我々も同罪ですので、大丈夫です!」
「まぁ、そういうことにしておくか。産まれたら知らせてくれる? お祝い送るから」
「陛下…っ、ありがとうございます! 家宝にいたします!」
「うーん、まだ贈ってないんだけど…」
ヒューバードは苦笑するが、アルバートは上機嫌で部屋を辞して行った。
(47)染み出す闇
アルバートが執務室を出て、ヒューバードは広い執務室に一人になった。パットはすでに各所へ指示を出すべく退出している。彼は執務室の椅子に深く背中を預け、ゆっくりと息を吐く。立て続けに由々しき問題が持ち上がり、さすがに頭が痛くなる。
(ミリアちゃんのことは、叔父上に託すしかなさそうだ。ダグの出陣は必須だろうしな。…あの女の事もあるが、後回しになるか)
「出現場所は東の森か…」
円を使わずに辺境伯の領地へ行くには、馬車で十日はかかる距離だ。先遣隊の派兵は円を使うつもりだが、一個中隊まるごと送るとなると、高魔力消費の転移魔法を何度も発動させることになる。それらを発動する魔導士自身も、貴重な攻撃魔法の術者であることを考えれば、陸路移動が無難である。
(馬で早駆けできればもう少し短縮できるだろうが、歩兵もいるしそうもいかないな)
「それにしても…」
ヒューバードは少し体を起こして、机に肘をついて顎を乗せる。
(何故、こんなに早い? 報告の通りなら、過去の出現数と比較にならない。前回でも過去最多だったというのに)
再び椅子の背に体を預けると、片腕を上げて目を覆った。
(我らの預かり知らぬ所で、一体何が起こっている?)
ヒューバードはパットが執務室に戻ってくるまで、そのまま深い思考の波を揺蕩っていた。
「東の森に魔獣の大群が?」
「ああ、午後に緊急議会を開く。すまないがいったん休暇はお預けだ」
「事情が事情なのでそれは当然構わないが…、ミリアは――」
「僕が責任持って対応するよ。だから、君たちはそちらに専念してもらって構わない」
オーエンの宮で顔を突き合わせているのは、昨夜と同じ面々だ。ヒューバードとパット、宮に居たダグラスとオーエンである。何かと目のある昼間の密談には、もってこいの場所だ。
「………よろしくお願いします」
ダグラスが深くオーエンに頭を下げた。オーエンは優しく笑ってその頭を上げさせた。
「父親が息子の大切に思う人を助けるのは、当然のことだよ。頭なんか下げなくても大丈夫だ。それに僕はきっと彼女の探索者に適任だと思うよ。君らが思う以上に僕の顔は広いんでね」
「何か進展ありましたか? 昨日の今日ですが」
「返答待ちってところかな。大丈夫、見当はついているから。それがだめでも二手も三手も用意してあるよ」
「一体だれと何を交渉しているのか、聞いても教えてくれないんでしょう?」
「まあね。守秘義務ってことで」
「父さん、ミリアの気持ちが何より優先ですから。……戻らないという決断でも、それを彼女が望むならそうしてあげて下さい」
「うん、わかってる。きっとそんな事にはならないと思うけど、ダグラスは心配性だなぁ」
「誰かさんに似たもので」
「ぷっ」
思わずヒューバードが小さく噴き出した。パットがちろりと視線を向けるが、小さく咳払いして澄ました顔をしている。
「あと、ヒュー。あの女の事だけど」
「はい」
「あれ以来、また動きが止まっている。でも何か様子がおかしい。表立ってはいつもと同じなんだが、何ていうかどうも引っかかる」
「こっちには報告は上がってないな…。どこがおかしいんでしょうか」
「それがハッキリとしない。…例えるならいつもと同じ部屋のはずが、どこか違和感が拭えない、何かがおかしいが、それがわからずもどかしく感じるような、そういった類の引っかかりだ」
「第二皇妃の事ですか」
「ダグラス。元、ね。叔父上と隠密部隊の目でもわからないなら、思い過ごしかもしれませんが、相手が相手だけに用心した方がいいですね」
「ああ、監視は強化してるよ。それと悟られないようにね」
「どちらにせよ、僕はしばらくこちらにかかりきりになるので、叔父上、よろしくお願いします。いざというときは、皇帝権限で好きにしてくださって結構です」
「それは最後のお楽しみにとっておきたいなぁ」
「…お楽しみ…」
思わずオーエンの言葉を反芻したダグラスに、当の本人は目尻に皺を寄せて笑った。
「アイーシャを手にかけた罪、きっちりお返しするつもりだからね」
顔は笑っているのに、ぞくりとする笑顔だった。
「ははっ、まぁまともに死ねるはずがないよね~」
続くヒューバードの言葉に無言で頷くパット同様、小さかったダグラスはさておき、ここに居る面々はキーラと直接相対してきた過去がある。キーラに対する憎悪は、直接被害にあったダグラスよりも深いのかもしれない。
ぼちぼちですが、進んでいきます!




